表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第十二章 深淵の神の追憶
147/197

第三話:永遠の孤独と、一筋の光


ルナ・サクヤの意識が、ゼノンの記憶の深淵から、現実の「深淵の図書館」へと引き戻された時。

彼女の頬を、一筋の、熱い雫が伝っていた。

それは、ゼノンの悲しみに、彼の途方もない孤独に、自らのことのように共鳴し、流した涙だった。

目の前には、ただ、静かに佇む、漆黒のローブの超越者の姿があるだけ。だが、今の彼女には、その影の奥で、何十億年もの間、癒えることのない傷を抱え、たった一人で、永遠の孤独に耐え続けてきた、一人の「神」の、悲痛な魂の慟哭が、はっきりと聞こえていた。


(……そう。だから、あなたは、ただの『観測者』になったのね。もう二度と、自分の力で、誰かを傷つけないように。愛する物を、壊してしまわないように…)


彼がルナに惹かれた理由も、今なら分かる。

危なっかしくて、力の加減を知らない、かつての自分と、どこか重なって見えたのだろう。だから、ちょっかいを出し、からかいながらも、その実、彼女が同じ過ちを犯さないように、誰よりも案じ、見守っていてくれたのだ。


その、あまりにも不器用で、そしてあまりにも深い愛情。

それを知ってしまった今、ルナの心は、感謝と、切なさと、そして、ほんの少しの怒りで、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられていた。


普通なら、ここで、優しい言葉をかけるべきなのかもしれない。

「あなたのせいじゃない」と、慰めるべきなのかもしれない。

だが、彼女は、月詠朔ルナ・サクヤだ。


ルナは、自分の頬を伝う涙を、まるで鬱陶しいものでも払いのけるかのように、ぐいっと、乱暴に拭った。

そして、ゼノンに向き直ると、いつもの調子で、しかし、その声には、これ以上ないほどの真剣な響きを込めて、言い放った。


「……何よそれ。馬鹿みたい」


その、あまりにも予想外な第一声に、ゼノンの気配が、ぴくりと揺れた。


「いつまでも、終わった物語を引きずって、メソメソしてるんじゃないわよ、この、何十億年も生きてるくせに、子供みたいなんだから!」

彼女は、腰に手を当て、ぷんぷんとした態度で、言葉を続ける。

「あなたのその過ち、確かに取り返しはつかないわ。エリアーナさんや、アーケイディアの民が、もう戻らないのも、事実よ。でも!」

彼女は、ゼノンの影の中心を、その小さな人差し指で、びしっ!と指さした。

「だからって、いつまでも何もしな、傍観者のままでいるなんて、私が許さないわ!」


それは、あまりにも真っ直ぐで、不器用で、しかし、何よりも力強い「救い」の言葉だった。

罪を慰めるでもなく、同情するでもなく、ただ「前を向け」と、その小さな体で、自分を迷いの闇の中から引っぱり出そうとしてくれている。


ゼノンは、しばしの沈黙の後、その影の奥で、ふっと、自嘲するような、しかしどこか救われたような、複雑な笑みを浮かべた。

「……ああ。君の言う通りだ。私は、どうやら、過去に囚われすぎていたらしい」

彼の声には、まだ、深い哀しみの色が滲んでいる。

「…ありがとう、我が女神よ。君は、私の、凍てついていた永遠の夜に、確かに、一筋の光を灯してくれた。…私は、乗り越える努力を始めようと思う。君と共に、歩めるのなら」


そして、彼は、ルナへと、その影に覆われた顔を向けた。

その奥にある瞳が、これまで見せたことのないほど、切実な光を宿しているのを、ルナは感じ取った。

それは、助けを求める、迷子の子供のような、どこまでも弱く、そして純粋な眼差しだった。


「…もしも、君が許してくれるのなら…」

彼の声が、ほんの少しだけ、震えた。

「その、君がこれから紡いでいく、新しい、温かい物語の片隅に、この私を、いさせてはくれないだろうか。君のその輝きを、ただそばで感じているだけでいい。それだけで、私は、きっと、前に進む力を、得られるような気がするのだ」


それは、何十億年も孤独だった神が、初めて、誰かに見せた「弱さ」。

そして、誰かと「共に在りたい」と願う、切実な懇願だった。

その、あまりにも不器用な「お願い」に、ルナの心は、どうしようもなく、締め付けられた。


(…なんなのよ、もう…)

(そんな顔で、そんなこと言われたら…断れるわけ、ないじゃない…!)


彼女は、ぷいっ、とそっぽを向いた。その頬が、再び赤く染まっているのを、隠すように。

「……べ、別に、私は構わないけどっ!」

その声は、ぶっきらぼうで、しかし、どこまでも優しかった。

「ただし! あなたが、私の物語の邪魔をしないっていうのが、絶対条件だからね! 勝手に悲劇のヒーローぶって、雰囲気を暗くしたりしたら、即刻、退場させるんだから! 分かった!?」

「ああ…」

「それと! 私が、さくたちのことで、やきもきしてたり、お姉ちゃんのことでハラハラしてたりするのを、いちいち面白がって見てるのも禁止! ちゃんと、真剣に、私の『推し活』をサポートすること!」

「…ああ」

「あと! 私が、何か美味しいものを食べてる時に、横からじっと見て、感想を求めるような視線を送ってくるのもやめなさい! 恥ずかしいでしょ!」

「…………ああ。善処しよう」


次々と繰り出される、神の願いとしては、あまりにも小さな「条件」。

その一つ一つに、ゼノンは、ただ、穏やかに、そして心の底から愛おしそうに、頷き続けた。

彼の、永遠に続くかと思われた孤独な夜は、今、この、小さくて、口うるさくて、しかし誰よりも温かい、一筋の光によって、終わりを告げようとしていた。


こうして、二人の神の間には、これまでの、どこかアンバランスな関係を超えた、絶対的な信頼と、そして、共に未来を歩む「パートナー」としての、新しい絆が結ばれた。

ゼノンは、もはや、ただの観測者ではない。

そして、ルナもまた、ただのひとりぼっちの神様では、なくなった。

この、あまりにも大きな「変化」が、やがて、彼女自身の未来に、そして、この宇宙の運命に、どんな影響を与えていくのか。

それは、まだ、神様自身にも予測できない、新しい物語の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ