表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【第十一章】天下一冒険者大会と、祭りのあと
143/197

第六話:二人だけの秘密


全てが終わり、空間の歪みが修復され、二人は、何事もなかったかのように、アリーナの中央へと、そっと戻されていた。

人々は、二人が無事にクエストをクリアしたのだと思い、再び、割れんばかりの歓声と、温かい拍手を送る。


だが、さくとアサヒくんの間には、もはや以前のような、ぎこちない空気は、微塵も存在しなかった。

さくは、力の全てを使い果たしたかのように、ふらり、と、その場に倒れ込みそうになる。

その、愛おしい者を、意識を取り戻したアサヒくんが、力強く、そして優しく、抱きとめた。

「……さくちゃん!」

「…アサヒ…くん…よかった…生きて…る…」

さくは、彼の腕の中で、安心しきったように、そう呟くと、そのまま、すぅっと意識を手放した。


その瞬間、アリーナの空気が変わった。

どこからともなく現れた、黒服の、しかし明らかに「普通ではない」雰囲気を纏った集団が、音もなく二人を取り囲み、周囲の観客や関係者を、穏やかに、しかし有無を言わせぬ圧力で遠ざけ始めた。彼らは、ルナの神域直属の「後始末部隊」である。


「皆様、ご安心ください。ただの、クエストによる疲労です。医務室まで、我々が責任を持ってお連れします」


ステージの袖で、胃をキリキリさせながら事の成り行きを見守っていた小野寺拓海の隣に、ふわり、と何の気配もなく、いつものフードとサングラス姿の少女――ルナ・サクヤが姿を現した。彼女は、あまりにも心配なあまり、いつの間にか神域からここまで来てしまっていたのだ。


「……まぁまぁ、小野寺さん。ここからは、私に任せておいてくれるかしら?」

ルナの声は、平静を装ってはいたが、その奥には、さくとアサヒくんを「二人きりにしなければ!」という、神にあるまじき、強い意志が燃え盛っていた。

「る、ルナ様!? い、いつの間に…! は、はい、承知いたしました…!」

小野寺は、もはや彼女の神出鬼没ぶりに驚くことすら諦め、力なく頷いた。彼は、この後の後始末が、全て自分に丸投げされることを、痛いほど予感していた。

(君が原因だろう!)と心の中で絶叫しながらも、彼は、後始末部隊に冷静な指示を出し始める。その背後では、ひかりが「きゃー! ルナ様、降臨ー!」と、一人感激に打ち震えていた。


ルナの指示により、アサヒくんは、腕の中で眠るさくを抱きかかえ、後始末部隊に案内されるがまま、アリーナの地下に用意された、最高級ホテルのスイートルームのような、豪華な医務室(という名の、ルナが創り出した特別個室)へと通された。

「彼女が目覚めるまで、ここでゆっくりとお休みください。必要なものは、全て用意させていただきます」

黒服の男は、そう言うと、静かにお辞儀をして部屋を出ていった。


部屋に二人きりになると、アサヒくんは、さくをそっとベッドに寝かせた。そして、その寝顔を、愛おしそうに、そして畏敬の念を込めて、じっと見つめていた。

(…君は、ただの女の子じゃなかったんだな。でも、そんなことは、どうでもいい)

彼は、眠るさくの手を優しく握った。

(君が、どんな秘密を抱えていても。君が、どんな力を持っていようとも。今度は、俺が、君のその全てを、絶対に守ってみせるから)

その誓いは、彼の心の中で、揺るぎないものとなっていた。


やがて、さくが、長いまつ毛をふるわせ、ゆっくりと目を開けた。

「……ん…あれ…? アサヒくん…?」

ぼんやりとした頭で、自分が彼の腕の中にいたこと、そして、すぐ目の前に、心配そうな、しかしどこか熱を帯びた彼の瞳があることに気づく。状況が、理解できない。

「……ここは…? 私、たしか…」


「さくちゃん!」

彼女が完全に目覚めたことを確認した瞬間、アサヒくんの心の中で、安堵と、そしてこれまで抑えつけていた想いが、一気に弾けた。

彼は、衝動のままに、ベッドの上のさくを、その小さな体が壊れてしまいそうなほど、力強く、しかし優しく、抱きしめた。

「よかった…! 本当に、よかった…! もう、君に会えないかと思った…!」

その声は、震えていた。彼が、どれほど本気で心配していたか、その全てが伝わってくる。


「え…あ…あわ…あわわわ…!?」

突然の、そしてあまりにも密着したハグに、さくの思考回路は完全にショートした。

アサヒくんの胸板の感触、彼の鼓動、そして、シャンプーとは違う、彼自身の匂い。その全てが、さくのキャパシティを、一瞬でオーバーフローさせた。

顔が、カッと、ありえないほど真っ赤に染まる。視線は、どこにも合わせられず、ただ虚空を彷徨うだけ。小さな手は、彼の背中に回すこともできず、ただ、もじもじと行き場をなくしている。

「あ、あの…あ、アサヒく…ん…ち、近い…です…」

かろうじて絞り出した声は、蚊の鳴くような、か細い声だった。そのかわいい狼狽ぶりは、アサヒくんにとって、先ほどの聖女の姿以上に、彼の心を強く、そして甘く締め付けた。


【アリーナ舞台袖:小野寺の隣】


「…………………っ!!(ぼんっ!!!!)」

小野寺の隣で、その一部始終を「観測」していたルナ・サクヤの神域で、何かが爆発したかのような、凄まじいエネルギーの奔流が巻き起こった。

彼女の思考回路は、さくがアサヒくんに抱きしめられた瞬間、完全に焼き切れた。

フードとサングラスで表情は窺えないが、彼女の体が、ふらり、と、まるで糸が切れたように、前のめりに傾いだ。尊すぎる供給の前に、完全に限界を突破してしまったのだ。


完全に無防備に地面に倒れ込み始める、その寸前。

彼女の背後の空間が、音もなく、そして誰にも気づかれることなく、ほんのわずかに歪んだ。

そこから現れた、漆黒のローブを纏った巨大な手が、倒れゆくルナの体を、ふわりと、そしてどこまでも優しく受け止めた。

それは、まるで舞い落ちる一枚の羽根を、そっと掌で受け止めるかのような、完璧で、洗練された所作だった。

ゼノンは、ルナの体を軽々と、しかしどこまでも優しく横抱きにする――いわゆる「お姫様抱っこ」の体勢になると、すぐ隣にいる小野寺にだけ聞こえるように、静かに、そして楽しげに囁いた。


「――この後のことは、君に任せたよ、小野寺君」


「えっ?」

小野寺が、その声に驚いて振り返った時には、そこにはもう誰もいなかった。

先ほどまで隣にいたはずの、フード姿の少女の気配も、そして今聞こえたはずの、低く、そして威厳のある声の主の気配も、跡形もなく消え去っている。

ただ、どこからともなく、極上の紅茶のような、芳醇な香りが、ほんの一瞬だけ、鼻先をかすめたような気がしただけだった。

「……今の…は…? ルナ様は、どこへ…?」

小野寺は、あっけにとられて、その場に立ち尽くす。


「きゃー!きゃー! 小野寺さん、見ました!? 今の! なんだか、すごくロマンチックじゃなかったですか!?」

隣で、秘書官の陽気ひかりだけが、何かを察したかのように、一人、頬を赤らめて興奮していた。


後に残されたのは、アリーナの喧騒と、口をあんぐりと開けたままの小野寺、そして何が起きたのか全く理解できないまま、それでも何か素敵なことがあったと確信しているひかりだけだった。

小野寺の胃痛は、この日、新たな、そしてより不可避なステージへと突入した。

そして、奇麗に終わらないあたりが、実に、ルナらしい結末だった。


【深淵の観測所:ゼノンの玉座の隣のソファ】


ふかふかの、ベルベットのようなソファの上で、ルナ・サクヤは、ゆっくりと意識を取り戻した。

(……ん…あれ…? 私、たしか、小野寺さんの隣で、さくたちの様子を…)

ぼんやりとした頭で、ゆっくりと目を開ける。

目に飛び込んできたのは、見慣れた神域の天井ではなかった。

そこは、宇宙の深淵そのものを切り取ってきたかのような、静寂と、そして無限の星々に満たされた、荘厳で、しかしどこか落ち着く空間。

そして、自分が、極上のシルクのシーツがかかった、とんでもなく寝心地の良いソファに、丁寧に横たえられていることに気づいた。


「おや、目覚めたかね、愛らしい月の女神よ」

すぐ傍らから、あの、低く、そして楽しげな声がした。

ハッと顔を向けると、そこには、漆黒のローブを纏ったゼノンが、優雅に玉座に腰掛け、一杯の紅茶を片手に、こちらを慈しむように見つめていた。


その瞬間、ルナの脳裏に、意識を失う直前の光景――さくとアサヒくんの、あまりにも尊いハグ――と、そして、自分が完全にキャパシティオーバーを起こして、無防備に倒れただであろうという、最悪の記憶が、フラッシュバックした。


「…………っ!!!!」


ということは、つまり。

私が、神としての威厳も何もかも失って、無様に気絶している姿を、この男は、全部、見ていた?

そして、この場所に、私を運んできた?

ということは、この男に、私は、その…「抱っこ」を、された…?

無防備な顔も、寝顔も、全部間近で見られながら…?


思考が、そこまで至った瞬間。

ルナの顔が、今度こそ本当に、サンクチュアリ・ゼロのコアが暴走したかのように、真っ赤に染まった。


「な、な、な、な、ななななななななななっ!!!!」

彼女は、ソファから飛び起きると、ゼノンに向かって、プルプルと震える指を突きつけた。

「あ、あなた、一体、私に何をしたのよ!? い、いつから見てたの!? て、ていうか、ここはどこよ! 私は、いつの間にこんなところに!」

しどろもどろ。支離滅裂。

神としての威厳は、もはや宇宙の塵と化していた。


そんな彼女の、あまりにも可愛らしい狼狽ぶりを、ゼノンは、心の底から愛おしそうに、そして満足げに、見つめていた。

「ふむ。君のその反応が見たくて、少しばかり、悪戯をさせてもらった。…どうやら、私の『贈り物』、気に入ってはもらえなかったかな?」

彼は、そう言って、静かに、そして優雅に、紅茶を一口すする。

その瞳の奥には、これから始まる、この初心で、誇り高くて、そして最高に愛らしい女神との、新しい「物語」への、尽きることのない期待が、煌めいているのだった。

神様のプライドは、今、完全に、そして美しく、砕け散った。そして、新たな、じれったい関係の幕が、静かに上がったのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うわぁ、なんもわかんにゃいぃぃ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ