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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第一章 孤独な戦域
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第九話:霞を掴む手


内閣府地下、災害対策本部の一室。蛍光灯の白い光が、隈の刻まれた男たちの顔を無機質に照らし出していた。

部屋には、コーヒーの焦げた匂いと、何日も泊まり込んでいる人間の汗の匂いが混じり合い、重苦しい空気が澱んでいる。

その一角で、若手官僚の小野寺拓海おのでらたくみは、分厚い報告書の束と睨めっこをしていた。彼の所属は、今回の「第二次大襲撃」を受けて急遽増強された情報分析チームだ。


「……やはり、この〇〇市のデータだけが、突出して異常だ」


小野寺は、モニターに映し出された全国の被害状況を示すグラフと、各都市から上がってくる戦闘詳報を比較しながら、独りごちた。

第二次大襲撃は、日本全土に未曾有の被害をもたらした。死者・行方不明者は数十万人に上り、負傷者はその数倍。どの都市も、ラビット・ホーンの猛威の前に蹂躙され、自衛隊や警察、そして覚醒した能力者たちの抵抗も虚しく、甚大な人的・物的損害を被っている。


だが、その中で一つだけ、明らかに異質なデータを示す都市があった。

月詠朔の住む、〇〇市。

いや、正確には、〇〇市の中でも、第二次襲撃の際にラビット・ホーンが集中して出現した南々東エリアだ。


「他の激戦区と比較して、このエリアの民間人死傷者数は、統計的にあり得ないほど少ない。ラビット・ホーンの出現数は、むしろ他よりも多かったという報告もあるのに……」


最初はデータの誤りかと思った。しかし、何度確認しても数字は変わらない。

現場からの報告も奇妙だった。

「突如、空から無数の何かが降り注ぎ、ラビットだけを的確に排除していった」

「まるで神の見えざる手だった」

「気がついたら、敵がいなくなっていた」

そんな、まるでファンタジー小説の一節のような証言が、複数の避難民や、現場にいた警察官、自衛隊員から上がってきているのだ。


「『スカイフォール・スナイパー』……か。ネットの連中が好き勝手に名付けているが、あながち的外れでもないのかもしれないな」


第一次襲撃の際にも、同様の噂はあった。しかし、その時はまだ信憑性の低い都市伝説の域を出なかった。だが、今回は違う。あまりにも多くの目撃情報と、そして何よりも「結果」が、その正体不明の存在の活動を裏付けている。


「問題は、それが一体何者なのか、ということだ」


小野寺は、こめかみを押さえた。

政府は、能力者の登録と組織化を急いでいる。すでにいくつかの有力な能力者団体とは接触し、協力関係を築きつつある。だが、この「スカイフォール・スナイパー」に関しては、全く手がかりがない。

どの組織にも属さず、誰とも連携せず、ただ圧倒的な力で一方的に敵を殲滅し、そして忽然と姿を消す。


「自衛隊の秘密兵器…という線は薄い。あれほどのものを開発・運用しているなら、もっと情報統制が徹底されるはずだ。それに、現場の自衛官たちも完全に不意を突かれた様子だった」

「では、どこかの国の特殊部隊か? いや、それも考えにくい。他国が、これほど大規模な介入を、何の事前通告もなしに行うとは…」


小野寺の思考は堂々巡りだった。

彼は、この「スカイフォール・スナイパー」が、単独の能力者である可能性を最も高く見積もっていた。しかし、もしそうだとしたら、その力はあまりにも規格外すぎる。

他のSランク級と目される能力者たちですら、ここまでの広範囲殲滅能力は持っていない。彼らはあくまで一点突破型か、あるいは小規模な集団戦を得意とする者がほとんどだ。


「もし、この『スカイフォール・スナイパー』を我々が確保し、コントロール下に置くことができれば……戦局を一変させる切り札になり得る。だが……」


その「だが」の先が、小野寺を悩ませていた。

これほど強力で、かつ隠密性に優れた存在が、やすやすと政府の呼びかけに応じるとは思えない。むしろ、その正体を暴こうとすれば、かえって反発を招き、敵対視される危険性すらある。


「……まさに、霞を掴むような話だな」


小野寺は、深いため息をついた。

上層部からは、この正体不明の戦力の特定と接触を急ぐよう、強いプレッシャーがかかっている。だが、具体的な手がかりは何もない。

ただ、一つだけ確かなことがあるとすれば、この「スカイフォール・スナイパー」は、既存のどの勢力にも属さず、独自の判断で行動しているということ。

そして、その存在は、良くも悪くも、今後の世界のパワーバランスを大きく左右する、ジョーカーのような存在になるだろうということだ。


「まずは、〇〇市の南々東エリアの監視体制を強化し、どんな些細な情報でも拾い上げるしかないか……」


小野寺は、新たな指示を出すために、受話器に手を伸ばした。

その視線の先には、依然として解決の糸口が見えない、巨大な謎が横たわっている。

そして、その謎の主が、今頃、六畳間の自室で淡々と次の「レベル上げ」に勤しんでいることなど、彼には知る由もなかった。


「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」

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