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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【第十一章】天下一冒険者大会と、祭りのあと
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第二話:祭りの前のすれ違い


オアシス・トーキョーは、沸騰していた。

ルナ・サクヤによる「神託」――『第一回・天下一冒険者大会』の開催決定は、復興から再生、そして発展へと歩み始めた人々の心に、新たな、そして最高に刺激的な「炎」を灯したのだ。アークラインは連日、世界中のオアシスから押し寄せる観光客や、一攫千金を夢見る冒険者たちで満員となり、街のホテルは数ヶ月先まで予約で埋め尽くされている。


街の中心部に、神の御業によって一夜にして出現したという、白亜の巨大なコロッセオ「ルナ・グランアリーナ」。その周辺には、色とりどりの屋台が軒を連ね、活気に満ちた呼び込みの声が飛び交っていた。ファンタジーゾーンで採れたばかりの、串焼きにした巨大なトカゲ肉の香ばしい匂い。ゴブリンの牙を加工したという、いかにも切れ味の悪そうなアクセサリー。そして、聖女ソフィアの薬草ギルドが試験的に販売する、微かな回復効果があるという「初心者向けポーション」の露店には、長蛇の列ができている。


「聞いたかよ、今回の優勝賞品! なんでも、この大会の謎の主催者と、その神域のティールームとやらで、秘密のお茶会ができる権利なんだと!」

「マジかよ! そりゃ、国家レベルの連中が、目の色変えて参加してくるわけだ!」

「それだけじゃねえ! 大会の勝敗を賭ける、公式の『神域ギャンブル』も開催されるらしいぞ! しかも、その対象が『宇宙植物バレーボール』ってんだから、意味が分からねえ!」


人々の会話は、期待と興奮で弾けている。子供たちは、エース冒険者ケンジの活躍を描いた絵本を手に駆け回り、大人たちは、どのパーティーが優勝するか、真剣な顔で予想を戦わせている。この星が、ほんの数年前まで滅亡の危機に瀕していたことなど、まるで遠い昔の御伽話のようだ。


そんな喧騒の真っ只中、月詠さくは、一人、中学校の教室の窓から、その浮かれた街の様子を眺めていた。ガラス窓に映る自分の顔は、どこか不機嫌に見える。クラスメイトたちの「大会、誰を応援する?」「絶対『ハウリング・ブレイズ』でしょ!」といった、楽しげな会話も、今の彼女の耳には、どこか遠い世界の音のようにしか聞こえなかった。


(……はぁ)

小さく、誰にも聞こえないように、ため息をつく。

原因は、分かっている。

最近、アサヒくんの様子が、おかしいのだ。

休み時間になると、いつも、隣のクラスの生徒会長――才色兼備で、誰からも頼りにされている、あの完璧な先輩と、何やら楽しそうに、そして真剣な顔で話し込んでいる。書類を広げ、指をさし、時折顔を見合わせて、ふっと微笑み合う。その距離は、自分と話す時よりも、ずっと近いように見えた。


『アサヒくん、この大会ボランティアのシフト表なんだけど、警備担当の人数が少し足りなくて…。あなたの意見を聞かせてもらえないかしら?』

『なるほど。確かに、このエリアは人の流れが複雑だから、もう少し人員を割いた方が安全ですね。僕の方で、何人か心当たりのある後輩に声をかけてみましょうか?』

『本当!? 助かるわ、アサヒくん! あなたって、本当に頼りになるのね!』


廊下で偶然耳にしてしまった、そんな会話。

頼りになる、か。

私なんて、いつも彼に助けてもらってばかりだ。勉強を教えてもらったり、重い荷物を持ったり。頼りにされるどころか、ただの、手のかかる後輩。生徒会長さんみたいに、彼の隣で、対等に話せるような存在じゃない。

そう思うと、胸の奥が、チクリと痛んだ。


その日から、さくは、無意識のうちにアサヒくんを避けるようになっていた。廊下ですれ違いそうになると、わざとトイレに駆け込んだり。図書室で彼を見かけると、そっと棚の陰に隠れたり。自分でも、馬鹿げたことをしているとは分かっている。でも、彼の隣にいる、あの完璧な生徒会長の姿を想像すると、どうしても、一歩が踏み出せないのだ。


アサヒくんもまた、そんなさくの態度に、深く戸惑っていた。

(最近、さくちゃん、俺のこと避けてるみたいだ…。この前、廊下で会った時も、なんだか慌ててどこかに行っちゃったし…。俺、何か、彼女を怒らせるようなこと、しちゃったんだろうか…)

生徒会長からの、半ば強引なボランティアの相談に追われていた彼は、さくとの間に生まれた、見えない、しかし確かな壁に、ただ胸を痛めることしかできずにいた。彼にとっては、大会の成功よりも、彼女の曇った表情の方が、よっぽど気がかりだった。


【月詠朔:神域】

「……………(イライラ…イライラ…)」

ルナ・サクヤは、神域の玉座で、巨大なクッションの角を、むぎゅーっと握りしめていた。メインコンソールには、さくとアサヒくんの、あまりにもじれったいすれ違いの様子が、リアルタイムで映し出されている。

「もうっ! なんでよ! なんで、とてもいい雰囲気だったのに、ここでギクシャクしちゃうのよ、あの二人は! このままじゃ、私が最高の舞台を用意したっていうのに、全部台無しじゃない!」

彼女は、クッションに顔をうずめ、足をバタバタさせる。その神威の余波で、遠い銀河の小惑星が、いくつか軌道を外れたかもしれないが、今の彼女に、そんなことを気にする余裕はなかった。


その、あまりにも人間的で、可愛らしい(そして宇宙的には極めて危険な)パニックを、すぐ隣の空間から、一人の神が、楽しげに見守っていた。

何の気配もなく、音もなく、ルナの隣に、瀟洒なアンティーク調のティーテーブルと椅子が顕現し、そこに、漆黒のローブを纏ったゼノンが、優雅に座っている。

「おや、月の女神よ。どうやら、君の愛らしい人形劇は、少しばかり、君の脚本通りには進んでいないようだね。それもまた、物語の醍醐味というものだろう?」

その声は、低く、そして楽しげな響きを帯びていた。


「――って! あんたいつからそこにいたのよ!?」

ゼノンの存在にようやく気づいたルナは、素っ頓狂な声を上げ、クッションを盾にするようにして飛びのいた。顔が、カッと赤くなる。

「いつから、だと? 愚問だね。君のいる場所こそが、私にとっての、唯一無二の一等席なのだよ。…分かりきったことを聞くものではないさ、愛らしい女神様」

ゼノンは、少しキザな、しかし嫌味のないセリフと共に、ウインクのような仕草を見せた。


「なっ…! ば、馬鹿なこと言わないで! この、朴念仁! それに、勝手に人の神域に入ってきて、お茶までしてるんじゃないわよ!」

「ふむ。君があまりにも熱心に地上の恋物語に夢中になっているものだから、つい、ね。邪魔をするつもりはなかったのだが、君のその可愛らしい憤慨を見ていると、少しだけ、からかってみたくなってしまってね。許しておくれ」

ゼノンは、悪びれる様子もなく、ルナの反応を心の底から楽しんでいる。


「うるさいわよ、朴念仁! あなたが、余計な『スパイス』とか言うから、こんなことに…! いや、違う、これは私の計算通り。そう、これは、二人の絆をより深めるための、必要な『試練』なのよ! そうに決まってるわ!」

強がってはみるものの、その声は明らかに動揺している。

『ルナ・サクヤ。対象:小野寺さくの精神状態、軽度の抑うつ傾向を検知。これに伴い、地球全体のポジティブ・バイタルエネルギーに、0.0001%の低下が見られます。早急な対策を推奨します』

システム(シロ)からの、冷静すぎる報告が、彼女の焦燥感をさらに煽った。


「…分かってるわよ! 見てなさい…! この私が、この天下一冒険者大会という最高の舞台を使って、あなたたちのそのじれったい空気を、一発で、跡形もなく吹き飛ばしてあげるんだから…!」

神様プロデューサーの「推し活」は、ルナにとって、今、ほんの少しだけ、歪で、しかし熱烈な方向へと、その情熱を燃やし始めていた。彼女の脳裏には、大会中に「偶然」二人きりになるための、ありとあらゆる「ハプニング」のシナリオが、猛烈な勢いで構築されていく。

その神威の無駄遣いに、遠い銀河の星々が、またいくつか、迷惑な軌道修正を強いられたかもしれないが、今の彼女に、そんな些末なことを気にかけている余裕は、微塵もなかった。

祭りの前の、甘酸っぱくも、じれったい時間は、こうして、ルナにとっても、ゆっくりと過ぎていくのだった。

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