其の十三:ひだまりの再会と、大精霊の契約
【霧島怜の夢の中:懐かしい孤児院の庭】
(……あれ? ここは…)
気づけば、私は、懐かしい孤児院の庭に立っていた。
温かい日差し、子供たちの笑い声、そして、ブランコを優しく押してくれた、あの人の背中。
全てが、愛おしい、記憶の中の光景。
「――怜お姉さん」
ふと、背後から、澄んだ、しかしどこか懐かしい声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは、黒いコートとサングラスの、あの少女だった。
だが、今はフードを脱ぎ、サングラスも外している。
そこに現れたのは、息をのむほどに美しい、銀色の髪と、星々を宿したような深い瞳を持つ、一人の少女。
そして、その顔には、確かに、かつて自分が可愛がっていた、あの少しだけ人見知りで、でも賢かった少女、「朔ちゃん」の面影が、はっきりと残っていた。
「……さく…ちゃん…? なの…?」
私の声は、震えていた。
「はい。お久しぶりです、怜お姉さん」
少女――ルナ・サクヤは、寂しさと、そして再会できた喜びが入り混じった、複雑な笑みを浮かべた。
そして、彼女は、深々と、その小さな頭を下げた。
「…ごめんなさい、お姉さん。私が…私があの時、もっとしっかりしていれば、お姉さんをこんな形で、この世界に送り出すことにはならなかったはずなのに…。本当に、ごめんなさい」
その声は、神としての威厳など微塵もない、ただただ、恩人への罪悪感に苛まれる、一人の少女の声だった。
「…まあ、でも、お姉さんにも非はあるんだからね!? 私が、最高のチート能力をプレゼントしようとしてたのに、勝手に飛び出していくんだもの! あれには、私も本当に焦ったんだから!」
すぐに、顔を真っ赤にして、そう付け加えるあたりが、実に彼女らしい。
私は、その、あまりにも懐かしい「朔ちゃん」らしい姿に、思わず笑ってしまった。
「ふふっ。なあに、今更。私は、朔ちゃんが無事でいてくれただけで、本当に嬉しいんだから。それに、なんだか、すごく立派になっちゃって。お姉ちゃん、ちょっと感動しちゃった」
私がそう言うと、彼女は、もっと顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
「…お姉さん。あなたの決意、聞かせてもらったわ。あなたが『武器』になるというのなら、私は止めない。でも、その前に、本当に、それでいいの? あなたは、もう一度、人間として、新しい人生を歩むこともできるのよ? 私が、そうしてあげるから」
ルナは、真剣な眼差しで、私に問いかけた。
私は、彼女の言葉に、一瞬、心が揺らいだ。
人間として、もう一度? 食べる喜び、歩く楽しさ、誰かと語り合う温かさ。それらを取り戻せるのなら…。
だが、私は、静かに首を横に振った。
「ありがとう、朔ちゃん。でも、私はもう『霧島怜』じゃないの。私は、この世界で、新しい『レイ』として、生きていきたい。そして、今の私には、守りたい子たちがいる。フィリアちゃんたちを、私のこの力で、守ってあげたいの。それが、今の私の、一番の望みだから」
私は、きっぱりと言い切った。
「それにね、朔ちゃん。武器になるって言っても、悲観してるわけじゃないのよ? むしろ、ワクワクしてるくらい! 伝説の魔剣とか、聖剣とかって、格好いいじゃない? 喋る剣になって、フィリアちゃんに的確なツッコミを入れたり、時には人生の先輩としてアドバイスしたり…なんだか、すごく楽しそうだもの!」
私の、あまりにも前向きで、少しだけズレた決意表明に、ルナは、呆気に取られたように、ぽかん、としていた。
そして、次の瞬間。
「……もう! お姉さんってば、本当に、そういう人なんだから! 分かったわよ! 怜先生が、そこまで言うなら、私も全力で、あなたの『魔剣ライフ』をサポートしてあげる!」
彼女は、お腹を抱えるのではなく、少しだけ呆れたように、しかし心の底から楽しそうに、昔の、あの朔ちゃんの笑顔で笑った。
「でも、そうね。ベースは『精霊』…ううん、これからは『大精霊』になりましょう。剣が本体じゃなく、剣に宿った精霊。そうすれば、もし剣を破壊されたとしても、また別の、お気に入りの剣に宿ればいいんだからね!? その方が、効率的でしょ?」
その、あまりにも合理的で、そして私への愛情に満ちた提案に、私は、心の底から頷いた。
「うん! それ、最高! ありがとう、朔ちゃん!」
夢から覚めた私――レイの魂は、これ以上ないほどの充実感と、そして、新たな決意に満ちていた。
そして、その日から、私の「大精霊」への道は、頼もしい「妹(神様)」と、そして、どこか不器用な「あしながおじさん(古の神)」という、宇宙最強のサポーターを得て、本格的に始動することになるのだった。
(よし! まずは、フィリアちゃんに、どんな剣になって欲しいか、そこから話し合わなくっちゃね!)
私の冒険は、まだまだ、面白くなりそうだ。