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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【第十章】神々の日常と、星々の囁き
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第二話:深淵からの招待状


月詠朔――ルナ・サクヤが、正体不明の「ストーカー」の視線に、神としての威厳も忘れ、本気の恐怖と怒りに震えていた、まさにその時。

彼女の「神域」の、その中心に、何の兆候もなく、一枚の、漆黒のベルベットのような質感を持つ、美しいカードが、ふわりと現れた。

それは、空間から滲み出すようにして生まれ、静かに、そして確かな存在感を放っている。


「……なっ!?」

苛立ちのあまり、神域内をグルグルと歩き回っていたルナは、そのあまりにも唐突な出現物に、ピタリと足を止めた。

傍らを浮遊していたシステム(シロ)が、即座に警告を発する。

『警告! 未知のオブジェクトを神域内に検知! エネルギーパターン、既知のデータベースと不一致! 物理法則、及び、高次元構造に干渉しない、特殊な概念で構成されている可能性が…!』

「分かってるわよ、そんなこと!」


ルナは、目の前のカードを睨みつけた。

敵意は感じられない。だが、自分の完璧な防衛システムを、いとも容易く、そして何の前触れもなく突破してきた、このカードの存在そのものが、彼女にとって最大の脅威であり、そして屈辱だった。

(…これが、あのストーカーからの…『挨拶』だっていうの…?)

彼女は、警戒しながらも、ゆっくりとカードへと手を伸ばした。


その指先が、カードに触れた、瞬間。

滑らかで、落ち着いた、それでいて宇宙の深淵を思わせるような深い響きを持つ、ナイスミドルな男性の声が、彼女の意識に直接、優しく語りかけてきた。


『――初めまして、天の川の愛らしい月の女神、ルナ・サクヤ。私は、ゼノン。ただの、宇宙の物語を観測する者に過ぎない』


その声には、ドン・ヴォルガのような傲慢さも、システムのような無機質さもない。ただ、長大な時を生きてきた者だけが持つ、絶対的な落ち着きと、そしてどこか楽しげな余裕が感じられた。


『まずは、私の無粋な視線によって、君に不快な思いと恐怖を与えてしまったことを、心から謝罪したい。レディのプライベートを、断りもなく覗き見るなど、紳士としてあるまじき行為だった』


紳士的で、詩的な謝罪。

そのあまりに予想外なアプローチに、ルナの思考は、一瞬、完全にフリーズした。


(な、な、な、なんなのよ、この人ーーーっ!?)

(ストーカーじゃなかったの!? いや、結果的にストーカーだけど、こんな…こんな謝り方されたら、怒るに怒れないじゃない!)


彼女がパニックに陥っていることなどお構いなしに、ゼノンの声は、さらに続ける。

『だが、弁解を許してほしい。君という存在、君が紡ぐ物語は、何十億年という私の退屈な永遠の中で、初めて私の心を震わせた、唯一無二の輝きだったのだ。君の怒り、君の喜び、君の戸惑い…その全てが、私にとっては、どんな星々の煌めきよりも美しい』


その、あまりにもストレートで、甘い言葉の奔流。

それは、恋愛経験値ゼロのルナにとって、あまりにも刺激が強すぎた。

彼女の顔が、サンクチュアリ・ゼロのコアよりも赤く熱を帯びる。


「うああああああ!」

声にならない悲鳴を上げ、ルナはどこからともなく錬成した巨大なクッションに顔を埋めると、神域の床をゴロゴロと転がり始めた。

(無理無理無理無理! 私、そういうの、全然わかんないし! 大人の男性とか、一番苦手なタイプよ! ていうか、何よ、パートナーって! 私が、誰かと!? 私はひとりぼっちが一番効率的なのよ!)


『ルナ・サクヤ。対象:ゼノンの思念波に、敵意及び欺瞞のパターンは検出されず。彼の発言は、現時点では真実である可能性が98.9%と算出されます。論理的判断としては、対話のテーブルに着くことが、貴殿の戦略的利益に繋がるかと』

パニックに陥る彼女の傍らで、シロが冷静に分析結果を報告する。

「う、うるさいわよ、シロ! そんなこと、あなたに言われなくても分かってるわよ!」

ルナは、なんとか立ち上がると、クッションをぎゅっと抱きしめ、頬を赤らめながらも、必死に神としての威厳を取り繕うとした。

(…でも、確かに、このゼノンとかいうの、ドン・ヴォルガたちとは比べ物にならないくらい、格が違う…。それに、彼の言葉…なんだか、少しだけ…ほんの少しだけ、胸が…ドキッ…と、しなくも、なかった、かも…? い、いやいやいや! ないない! 断じてないわ!)


ゼノンの声が、再び優しく響く。

『…では、月の女神よ。もし、この謝罪を受け入れていただけるのなら…この退屈な永遠を共に歩む、対等なパートナーとして、君と交友を結びたいのだが…いかがだろうか?』


「…………っ!」

ルナは、深呼吸を繰り返し、平静を装うと、震える声(を必死に抑えながら)、返信を試みた。

「――初めまして、観測者のゼノン。あなたの、その回りくどい挨拶、確かに受け取ったわ」

(まずは、主導権を握らないと!)

「あなたの謝罪が、本心からのものであるというのなら、今回の無粋な『覗き見』は、不問としてあげなくもないわ。ただし!」

彼女の声に、いつもの不敵さが戻ってくる。

「私と『パートナー』になりたい、ですって? 面白いことを言うじゃない。でも、残念ながら、今のあなたに、その『資格』があるとは思えないわね」


「私と対等な関係を結びたいというのなら、まずは、あなたが、私にとってどれほどの『価値』があるのか、それを証明して見せなさいな。例えば…そうね。私が知らない、この宇宙の、とびっきり面白い『物語』を一つ、私に聞かせてくれるとか。あるいは、私の可愛いお姉さんが冒険している『ドラゴニア・クロニクル』で、彼女がピンチになった時に、私に代わって、こっそり、スマートに助けてあげるとか」

「それができたら、あなたの『お付き合い』の申し込み、考えてあげなくもないわ。せいぜい、私を感心させてみなさいな。話は、それからよ」


超強気で、超上から目線な、しかし、ちゃっかり自分の「推し活」のサポートまで要求する、あまりにもルナらしい「お返事」。

その健気な虚勢と、隠しきれない好奇心に満ちた返事を受け取ったゼノンは、深淵の観測所で、しばしの沈黙の後、その影に覆われた口元に、慈愛に満ちた、深い笑みを浮かべた。


それは、声に出す笑いではない。

ただ、彼の周囲の空間そのものが、ふわりと、温かな光に満たされるような、そんな穏やかで、そしてどこまでも優しい微笑みだった。


『……ふふ。ああ、本当に、君は面白い子だ』


彼の、静かだが、心の奥底まで響き渡るような声が、ルナの意識に優しく届く。

その声には、まるで腕白な孫娘の、可愛らしい強がりを、目を細めて聞いている祖父のような、どこまでも温かい響きがあった。


『よろしい。君のその『試練』、謹んでお受けしよう。私に「価値」を証明しろ、か。実に、愛らしくも、君らしい、誇り高い挑戦だ』

『では、見せてあげよう。この宇宙が、どれほど広大で、どれほど多くの物語に満ちているのかを。そして、君が愛するその『お姉さん』の冒険譚が、より輝かしいものとなるよう、私にしか描けない、ささやかな『奇跡』という名の舞台装置を、用意して差し上げよう』


その言葉は、彼女の要求を全て受け入れる、絶対的な肯定。しかし、そこには、彼女を試すような響きも、見下すような響きもない。ただ、これから始まる新しい関係への、純粋な喜びと期待だけが込められていた。


『君が、いつか、私のこの退屈な永遠の隣で、共に物語を観測してくれる日が来るのを、楽しみに待っているとしようか。私の、小さくて、愛らしい月の女神マイ・ディア・ルナよ』


その言葉は、もはや単なる返答ではない。

これから始まる、二人の神の、壮大で、そして奇妙な関係性を予感させる、深淵からの「契約の囁き」。

ルナは、そのあまりにも大人で、そしてどこか甘い響きを持つ言葉に、再び顔を真っ赤にしながらも、心のどこかで、これから始まる新しい「ゲーム」に、これ以上ないほどの興奮を覚えている自分に気づくのだった。

(…価値の証明、ですって? 面白いじゃない。せいぜい、私を感心させてみなさいな、観測者のゼノン)

彼女は、これから彼がどんな「物語」と「舞台演出」を見せてくれるのか、ほんの少しだけ、期待を込めて待つことにした。

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