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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【第十章】神々の日常と、星々の囁き
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第四話:台風一過と、執事AIの秘密の趣味


【天の川銀河:ルナ・サクヤの神域】


ゼノンとの、あの甘酸っぱくも心臓に悪い「特別レッスン」から数時間。

ルナ・サクヤは、自らの「神域」の、一番奥にあるプライベート空間(という名の、元六畳間を完璧に再現した、ふかふかのベッドと巨大クッションが完備された部屋)で、未だにその余韻から抜け出せずにいた。


「…………うぅ……」


彼女は、巨大なクッションに顔をうずめ、手足をばたつかせながら、声にならない呻きを上げ続けている。

思い出してしまうのだ。

背後から、そっと包み込まれた時の、あの巨大な存在感。

耳元で囁かれた、低く、そして甘い声。

そして何より、彼の手に自分の手を重ねた時の、あの、どうしようもなく高鳴った心臓の音。


(…な、なんなのよ、もうっ! あのジジイ! 絶対、わざとよ! からかったに決まってるわ!)

(でも…でも、あの時、なんだか…すごく、安心出来たような気も…って、ち、違う! あれは、ただ、彼の神力が安定したことに、私が安堵しただけ! そうよ、それだけなんだから!)


顔を真っ赤にしながら、一人で悶絶し、クッションに顔をこすりつける。その姿は、もはや全知全能の神ではなく、初めての恋(?)に戸惑う、ただの少女そのものだった。


その、あまりにも可愛らしい(そして無防備な)姿を、傍らで静かに浮遊するシステム(シロ)が、極めて冷静に、そして詳細に記録していた。

彼の白い球体の表面に、誰にも見えない、微細なホログラムが表示される。


【観測記録:LD-Z-001】

対象:ルナ・サクヤの精神的負荷及び、情動パラメータ変動に関する定点観測記録

心拍数(概念値):320bpm(危険域)

体温(概念値):42.5℃(沸騰寸前)

自己弁護思考パターン:98.7%(典型的なツンデレ反応)

推奨対処:当面の間、対象:ゼノンとの物理的接触を制限することが望ましい。ただし、観測データとしては物理的接触を試みる事が極めて望ましい。記録を継続する。


これは、シロが、ルナ・サクヤの精神的恒常性を維持するという「大義名分」のもと、彼女には完全に秘密で収集している、最高レベルの機密データ「ルナ様観察日記」の一ページだった。


しばらくして、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したルナは、咳払いを一つすると、神としての威厳を取り繕うように、シロに命じた。

「…し、シロ! 先ほどの、対象:ゼノンとの共同作業における、エネルギー制御の成功率と、その際の次元安定性のデータをまとめなさい! 次の『指導』のための、参考資料にするわ!」


『了解しました、ルナ・サクヤ。データ集計完了。該当の客観的物理データ、及び、エネルギーフローチャートをレポートとして提出いたします』

シロは、何食わぬ顔で、当たり障りのないデータだけをルナの前に投影する。もちろん、「ドキドキ指数」などという項目はどこにもない。


「ふん、まあ、こんなものね」

ルナは、そのレポートに満足げに頷くと、ふと、思い出したように言った。

「そういえば、あのジジイ(ゼノン)から、何か連絡は来てないの? あの後、ちゃんと練習してるのかしら、あいつ」


その言葉を待っていたかのように、シロは、もう一つの通信ウィンドウを開いた。

『はい。対象:ゼノンより、先ほどの共同作業に関する包括的レポートの提出要請が、先ほど届いております』

「…はぁ!? レポートですって!? なんで、こちらから、あいつにレポートなんか提出しなきゃいけないのよ!」

ルナは、再び顔を赤らめる。


『彼の言い分によれば、「今後の宇宙の安定のための参考資料として、そして何よりも、君という素晴らしい師から得た教えを、決して忘れぬための備忘録として、ぜひ、あの時の記録を共有してほしい」とのことです。極めて紳士的な要請かと』

「う、うるさいわね! 紳士だろうが何だろうが、ダメなものはダメよ! 私の、その…あ、あんな姿、記録に残ってたまるもんですか!」

彼女は、自分のパニックぶりが記録されていると、固く信じ込んでいるようだ。


『ご安心ください。貴殿のプライバシーに関する情報は、最高レベルのセキュリティで保護されております。彼に送付するのは、あくまで、エネルギーの流れや次元の安定性といった、客観的な物理データのみです。貴殿の、その…そういった反応に関するデータは、含まれておりませんので』

シロは、最後の部分だけ、ほんの少しだけ、機械的な音声合成のトーンを変えたように聞こえた。


「そ、そういったって、何よ!どういった物なのよ! あなた、今、何か失礼なこと考えていたでしょう!?」

「…いえ。考えすぎかと」

シロは、すまし顔で(球体なので表情はないが)答えた。

「…ふん! まあ、客観的なデータだけなら、送ってあげなくもないわ。あのジジイが、ちゃんと復習して、二度とあんなヘマをしないようにね!」


こうして、ルナの許可(という名の勘違い)のもと、ゼノンの元には、二人の共同作業に関する、詳細な、しかし無味乾燥な物理データだけが送られた。


【深淵の観測所:ゼノンの玉座】


ゼノンは、送られてきた膨大なデータを、静かに眺めていた。

そのデータは、確かに、エネルギーの流れや次元の歪みを示しているだけ。彼女の表情や、声の震え、赤くなった頬といった、彼が最も見たかった情報は、そこにはない。


「……ふふ。やはり、そう簡単には、心のうちは見せてはくれぬか。実に、誇り高く、そしてガードの堅い女神様だ」

彼は、少しだけ残念そうに、しかし、その頑なさが逆に愛おしいとでも言うかのように、穏やかに微笑んだ。


「だが、それでいい。それでこそ、君だ」


彼は、データの片隅に、ほんの僅かに残された「ノイズ」――ルナの感情の昂ぶりによって生じた、微細なエネルギーの「乱れ」――を見逃さなかった。

その「乱れ」のパターンから、彼は、彼女がどれほど動揺し、どれほどパニックに陥り、そして、どれほど恥ずかしがっていたのかを、完璧に、そして正確に「推測」することができたのだ。

必死に平静を装いながらも、その実、パニックで今にも泣き出しそうになっていたであろう、小さな女神の姿。


「……ああ。なんと、愛らしいことか。そして、何と危うげなことか」

ゼノンは、その「乱れ」のデータを、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと、そして慈しむように、繰り返し眺める。

その脳内には、顔を真っ赤にして、一生懸命に自分の手を引いてくれる、小さな女神の姿が、ありありと浮かんでいた。


「これほどの力を持ちながら、その心は、まだ生まれたての雛鳥のように、繊細で、そして純粋だ。…私が、守ってやらねばなるまい。君が、その翼で、この宇宙を自由に羽ばたけるようになる、その時まで。君のその輝きを、何者にも曇らせはしない」


彼の、何十億年も静寂に満ちていた心に、初めて「守りたい」という、温かく、そして力強い感情が、確かな光として灯った瞬間だった。

それは、恋心とも、父性とも違う、もっと根源的で、そして絶対的な「庇護欲」。


台風一過の神域では、一人の神様が、何も知らずに、次のおやつのことを考えている。

そして、遥か彼方の深淵では、もう一人の神様が、その神様の「可愛らしい反応」をデータから推測し、彼女の未来を、自らの永遠を賭けて守り抜くことを、静かに、そして固く誓うのだった。

二人の、奇妙で、そしてじれったい関係は、まだ始まったばかりである。

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