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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【第十章】神々の日常と、星々の囁き
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第三話:観測者の贈り物と、月の女神の過負荷(オーバーロード)


【深淵の観測所:ゼノンの玉座】


ルナ・サクヤとの、実に愉快な最初のコンタクトを終えたゼノンは、満足げに紅茶を一口すすると、早速、彼女から提示された「試練」に取り掛かることにした。

「さて、と。まずは、彼女の愛する『お姉さん』の冒険譚を、より輝かしいものにするための、ささやかな『舞台演出』から始めるとしようか」

彼の視線は、観測盤に映し出された、異世界「ドラゴニア・クロニクル」へと注がれる。

そこには、Aランクパーティー『月影の爪』が、ゴブリンの巣穴と思しき洞窟へと入っていく様子が映っていた。


「ふむ。ただのゴブリンの巣穴では、彼女の活躍の舞台としては物足りない。ここは、古代竜の棲み処であったという『設定』を、少しだけ加えてやろう。そして、最深部には、彼女にふさわしい『贈り物』を…」

ゼノンが、指先で軽く空間をなぞる。

それは、彼にとっては、本当に「ささやかな悪戯」のつもりの一振りだった。

何十億年も力の加減など気にしたこともなかった神にとって、惑星規模の因果律に、ほんの少しだけスパイスを加える程度の、軽い気持ち。


だが、その一振りは、彼自身の想像を、そしてドラゴニア・クロニクルの次元許容量を、遥かに超えるものだった。

彼が放った「ささやかな奇跡」のエネルギーは、時空の法則を捻じ曲げ、ただの洞窟を「古代竜の墳墓」へと、物理的に、そして強制的に書き換え始めたのだ。

洞窟の壁が、彼の意図を超えておぞましく隆起し、古代文字が眩いばかりの光を放ち始める。そして、その過剰なエネルギーは、彼の制御を離れ、次元そのものを崩壊させるほどの、危険な奔流へと変わり始めた。


「…おや? いかん…! やりすぎたか…!」

ゼノンは、自らの「やらかし」に気づき、何十億年ぶりに、その冷静な表情に焦りの色を浮かべた。彼は、慌てて暴走するエネルギーを回収しようと試みるが、一度解き放たれた力は、簡単には収まらない。


【ドラゴニア・クロニクル:崩壊する竜の墳墓】


まさに、エネルギーの濁流がフィリアたちを飲み込もうとした、その瞬間。

彼女たちの前に、漆黒のスーツに身を包んだ、神々しい少女――ルナ・サクヤが降り立った。

「――間に合いなさいっ!!」

彼女は、両手を広げ、暴走するゼノンの「贈り物」のエネルギーを、その小さな体で、真正面から受け止めた。

「ぐっ…! うぅぅぅ…!」

凄まじい圧力が、彼女の全身を襲う。

「な、何よ、この無駄に高純度で、馬鹿みたいに濃密なエネルギーは! あのジジイ、ジョウロで水をやるつもりが、消防車の放水ホースを全開にしたようなもんじゃないの!」

ルナは、必死に悪態をつきながらも、そのエネルギーを、サンクチュアリ・ゼロへと強制的に転送し、なんとか無力化していく。


その時、彼女の背後に、慌てふためいた様子のゼノンが、時空を裂いて現れた。

「ルナ・サクヤ! すまない! 私としたことが…! 大丈夫か!?」

ゼノンは、ルナが自らの暴走したエネルギーを必死に受け止めている姿を見て、さらに狼狽し、彼女の身を案じてアワアワとし始めた。


やがて、嵐が過ぎ去り、ダンジョンには静寂が戻った。

ルナは、その場にへたり込み、ぜえぜえと肩で息をしている。神として、これほどの消耗は初めてだった。

目の前に立つ、巨大な漆黒のローブの存在を、潤んだ瞳で、上目遣いに、むーっ!と睨みつけた。

その表情は、怒りと、そしてほんの少しの安堵が入り混じった、複雑な色を浮かべている。


その剣幕に、何十億年も動じることのなかった古の神が、心底申し訳なさそうな気配を漂わせた。

「……すまない。どうやら、少し…力の加減を、間違えたようだ。君の愛する者たちを、危険な目に合わせてしまったこと、心から詫びよう」

その声は、本当に、心底、反省していた。

「詫びて済む問題じゃないわよ! お姉さん、消えそうだったんだから! フィリアちゃんたちだって、死んでたかもしれないのよ!? あなた、それでも神なの!?」

ルナは、立ち上がり、腰に手を当てて、ぷんぷんとした態度で詰め寄る。その姿は、神の威厳というよりは、拗ねた少女そのものだった。


「本当に、申し訳ない…。この埋め合わせは、必ず…。だから、どうか…」

ルナに許しを請いながら、その時ゼノンはつい

「うーむ、何がいけなかったのかな…? こうか…? いや、もっと繊細に…」

彼は、反省の意を示すためか、自らの手元で、エネルギー制御の練習を始めた。

しかし、力の加減を忘れた神の「練習」は、再び、ダバッ!と、制御不能なエネルギーの奔流を生み出しかけた。

「うわっ!?」

ゼノンの顔が、青ざめる。


「ああっ!もうっ!」

そのエネルギーが暴走する寸前、ルナが再びその前に立ちはだかり、ふんぬっ!と気合で受け止めた。

「あなたねぇ! 少しは学習しなさいよ!」

ルナは、完全にキレた。

「もういいわ! ちょっと来なさい!」

彼女は、ゼノンの巨大なのイメージを、その小さな手でグイッと掴むと、有無を言わせず、二人きりになれる、しかし何をしても大丈夫な、無人の小惑星へと一瞬で転移した。


「いい!? よく見てなさいよ! まずは、私がやってみるから!」

ルナは、ゼノンの前に立つと、両手を前に突き出し、自らのルナティック・フォースを、絹糸のように繊細に、そしてコントロールして、空間に美しい光のオーロラを描いてみせた。

「ほら、こうやって…心臓の鼓動みたいに、ゆっくり、そして優しく…エネルギーを送り出すイメージで…じわっと…」


「……なるほど。イメージは理解できた。だが、この微細なコントロールが、私にはどうにも…」

ゼノンが、困ったように呟く。


「もうっ! じれったいわね!」

ルナは、大きなため息をつくと、観念したかのように言った。

「…仕方ないわね。私の手を、あなたの手で、上から包み込むように持って。そして、私の神力の流れを、直接感じ取りなさい。いい? 一回しかやらないんだからね!」

彼女は、顔を赤らめながらも、そう言って、再び両手を前に突き出した。


ゼノンは、一瞬、影の奥の瞳を見開いたが、すぐに、その口元に深い笑みを浮かべると、ルナの背後に、そっと回り込んだ。

そして、彼女の小さな両手を、自らの大きな手で、上から、そして後ろから、優しく包み込んだ。

ゼノンの右手が、ルナの右手の甲を、完全に覆う。


その瞬間、ルナの全身が、びくんっ!と跳ねた。

背中に感じる、ゼノンの、巨大で、しかしどこまでも穏やかな存在感。

両手を優しく包み込む、彼の、ひんやりとしているようで、しかしどこか温かい手の感触。

そして、彼の呼気(のような気配)が、すぐ耳元で感じられるほどの、あまりにも近い距離。

彼女は、完全に、ゼノンの懐の中に、包み込まれてしまっていた。


(か、かはっ! ち、ちちち、近すぎっ…! な、なな、なんで私、こんなことを…!?)

ルナの顔が、一気に沸騰した。思考回路が、完全にショート寸前だ。


「……なるほど。こうか。君の神力は、まるで宇宙の揺りかごのように、温かく、そして優しいな…」

ゼノンの、すぐ耳元で囁かれる、低く、そして甘い声。

その声に、ルナの心臓は、もはや限界を超えて高鳴り、全身から力が抜けそうになる。


「い、いいから、早く、トレースしなさいよ、この、朴念仁!」

彼女は、震える声で、それだけを言うのが精一杯だった。

「ああ、すまない。あまりの心地よさに、つい…」

ゼノンは、そう言いながらも、ルナの手を離す気配はない。


(う、うわあああああ! 私、何やってるんだ…!? こ、これじゃ、まるで…!)

さくとアサヒくんの、あの甘酸っぱい光景が、強烈なデジャヴとして脳裏をよぎる。

自分の行動が、それと酷似しているどころか、それ以上に進展してしまっていることに気づき、ルナは、もう、恥ずかしさで消えてなくなりたかった。


ゼノンは、その内心を知ってか知らずか、ただ、この初心うぶで、一生懸命で、そして何よりも愛らしい女神の、温かな手の感触と、耳元で聞こえる可愛いパニックの声を、心の底から楽しんでいた。

(…ああ。なんと、微笑ましいことか。これは、私の退屈な永遠にとって、最高の贈り物かもしれんな)

彼の、彼女に対する好感度は、今、間違いなく、限界を突破していた。


二人の神による、不器用で、そして甘酸っぱい「特別レッスン」は、しばらくの間、誰にも知られることなく、無人の小惑星で、続くのだった。


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