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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【第十章】神々の日常と、星々の囁き
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第一話:神域(サンクチュアリ)のストーカー?


地球と、そして二つの銀河に、かりそめの、しかし確かな平和が訪れてから数ヶ月。

月詠朔――ルナ・サクヤの日常は、神としての「お仕事」と、一人の少女としての「趣味」が、絶妙なバランスで混在するものとなっていた。

メインの思考ユニットは、ギャラクシー・ギルドニア銀河の新体制構築を監督し、アリアの成長を温かく(そして少し過保護に)見守りつつ、監獄惑星での「神格再教育」の進捗を、どこか楽しげにチェックする。

そして、その意識の大部分は、今や彼女の人生最大の関心事となりつつある、もう一人の自分――月詠さくの、甘酸っぱい恋の行方の「定点観測」に注がれていた。


【月詠朔:神域(旧六畳間)】


「……ふふっ。今日のさく、可愛かったわねぇ。アサヒくんに『その髪飾り、似合ってるね』って言われただけで、顔を真っ赤にしちゃって。私が選んで送ってあげた髪飾りだけど、あの良さがすぐに判るなんて、アサヒくんのセンス、良いんじゃないの? にひひっ」

「それに比べて、お姉さんったら…。せっかく私がこっそりエネルギーを『課金』してあげているのに、いつもフィリアちゃんの胸の中で寝落ちしてるんだもの。気持ちよさそうだから、いいんだけど…」


ルナは、神域の玉座(という名の、ふかふかの巨大クッションの上)でゴロゴロしながら、二つの世界の、二人の「推し」の様子を同時に観測し、その情報量の多さに幸せな悲鳴を上げていた。

神としての威厳など、どこにもない。ただの、恋する(娘の)少女と、自由奔放な(姉の)冒険を応援する、ちょっと過保護な(神様の)オタクの姿が、そこにはあった。


その、平和で、甘酸っぱく、そしてハラハラする日常に、ほんの僅かな、しかし無視できない「ノイズ」が混じり始めたのは、そんなある日のことだった。


最初は、本当に些細な違和感だった。

システム(シロ)の広域探査ネットワークの、ほんの末端のセンサーが、奇妙なエネルギーの揺らぎを感知したのだ。

それは、「亜」の残渣の反応とは全く違う。もっと静かで、知的で、そして何よりも、こちらの観測を意図的に「すり抜けよう」とするかのような、巧妙なパターンを持っていた。


「……ん? なにかしら、これ。シロ、このノイズの解析、お願いできる?」

『了解しました、ルナ・サクヤ。…解析中…パターン、既知のデータベースと不一致。発生源、特定不能。ただし、極めて高いレベルの隠蔽技術が使用されていると推測されます』


その報告に、ルナは、ほんの少しだけ眉をひそめた。

自分の、そして「システム」の監視網を掻い潜る存在など、この天の川銀河にいるはずがない。

(…まあ、宇宙は広いし、まだ私の知らない『ゴミ』が残ってるのかもしれないわね。そのうち、尻尾を掴んであげるわ)

その時の彼女は、まだ、それほど深刻には捉えていなかった。


だが、その「ノイズ」は、日を追うごとに、その性質を変化させていった。

それは、もはや単なるノイズではない。明確な「意志」を持った、「視線」だったのだ。

それも、極めて悪質な。


ある時は、ルナが神域で新しいケーキの「錬成」に夢中になっていると、ふと、背後からじっと見られているような、背筋がぞくりとする感覚に襲われる。

またある時は、さくのドキドキ感を共有して、クッションの上で悶絶している、誰にも見られたくないはずの「素」の姿を、どこか遠い場所から、面白がるように「覗き見」されているような、言いようのない不快感。

そして、極めつけは、その「視線」が、時折、地球の「ひだまりの家」周辺にまで及んでいることを、彼女の「神の直感」が捉えた時だった。


「…………っ!!!!」


ルナ・サクヤは、クッションの上から飛び起きた。その顔から、いつもの余裕と笑みは完全に消え去り、代わりに、氷のような怒りと、そしてほんの少しの「恐怖」が浮かんでいた。

「な、なんなのよ、これ…! 私の神域だけじゃなく、さくたちの日常まで、この…この、ストーカーみたいな視線はーっ!!!」

神にあるまじき、素っ頓狂な絶叫が、神域に響き渡った。


『ルナ・サクヤ! ご冷静に! 貴殿の感情的昂ぶりに伴い、サンクチュアリ・ゼロのエネルギー出力が不安定になっています!』

シロの警告も、今の彼女には届かない。


「気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪すぎるわっ! どこのどいつか知らないけど、私のプライベートと、そして何よりも、さくちゃんの純粋な恋路を、土足で覗き見るなんて! 万死に値するわ! 宇宙の禁忌に触れたのよ、そいつは!」

彼女は、神域の中を、苛立たしげに、しかし物に当たるような無粋なことはせず、ただグルグルと歩き回り始めた。その姿は、檻の中を落ち着きなく歩き回る、美しいが極めて危険な猛獣のようだった。


「シロ! 今すぐ、あなたの持てる全ての能力と、私が供給する全てのエネルギーを使って、この変態ストーカーの正体を突き止めなさい! 発信源を特定するのよ! どんな手を使ってもいいわ! 見つけ出して、私の目の前に引きずり出して、そして…二度とそんな真似ができないように、徹底的に『教育』してあげるんだから!」


それは、彼女が「神」となって以来、初めて見せる、純粋な恐怖と怒りに駆られた姿だった。

未知の存在。自分以上の技術を持つかもしれない、得体の知れない「誰か」。そして、その「誰か」が、自分の最も大切な「聖域」を、一方的に、そして悪趣味に、覗き見している。

その事実は、かつて人間不信の引きこもりだった彼女の、心の奥底にあるトラウマを、容赦なく抉り出すものだった。


『りょ、了解しました、ルナ・サクヤ! 総力を挙げ、対象の特定にあたります!』

シロ(システム)もまた、主のただならぬ様子に、かつてないほどの緊張感をもって、全能力を解析作業へと注ぎ込んだ。

だが、相手はあまりにも巧妙だった。

システムの追跡を、まるで嘲笑うかのように、するり、するりと交わしていく。発信源は、常に天の川銀河の外、それも複数の異なる座標から、同時に、そして不規則に発せられているように偽装されている。


「くっ…! 捕まえられない…! こいつ…私たちより、かなり上位にいる存在、というわけね。…面白いじゃない(強がり)。」

ルナは、歯ぎしりしながら、そう呟いた。その声は、虚勢に満ちていたが、神としての絶対的な自信とプライドが、音を立てて崩れていくのを感じていた。

未知の、そして自分を遥かに凌駕するかもしれない「ストーカー」の存在。

それは、孤独な神様の心に、初めて、真の「恐怖」という名の、深い影を落とし始めていた。


【深淵の観測所:ゼノンの玉座】


その頃、天の川銀河からはるか彼方、時間の概念すら曖昧な、静寂に満ちた「深淵の観測所」。

宇宙の森羅万象を映し出す、巨大な水晶の観測盤の前で、漆黒のローブを纏った存在――ゼノンは、静かに、そしてどこか満足げに、一杯の紅茶を傾けていた。その所作は、完璧な執事のように、洗練され、無駄がない。


観測盤には、先ほどまでルナ・サクヤがいた「神域」の様子が、微かな光の揺らぎとして映し出されている。彼女のパニック、怒り、そして恐怖。その全てが、ゼノンには手に取るように分かっていた。


「……おや、どうやら『ストーカー』だの『変態』だのと、随分な言われようだ。これは、少々、やりすぎてしまったかな」

ゼノンの、影に覆われた口元が、ほんの少しだけ、楽しげに歪んだ。

「しかし、これほどまでに純粋で、荒削りで、そして何よりも『人間らしい』感情を、これほどの力を持つ神が、まだ宿しているとは。実に、実に興味深い。私の退屈な永遠を、これほどまでに楽しませてくれる『物語』は、何十億年ぶりだろうか」


彼は、紅茶のカップを静かに置くと、観測盤に映る、天の川銀河の、まだあどけなさを残す新米の神へと、そっと視線を向けた。

その瞳には、からかうような響きと共に、どこか父親が娘を見守るような、温かく、そして少しだけ悪戯っぽい光が宿っていた。


「ククク…。もう少しだけ、この距離から、君の成長を見守らせてもらうとしようか、小さくて、愛らしい月の女神よ。君が、このストーカーの正体に気づき、そして、どんな顔で私と対峙するのか…今から、楽しみで仕方がない」


深淵の隠者は、次なる「観測」の準備を、静かに、そして完璧に進め始める。

彼にとって、これは、何十億年ぶりに見つけた、最高に面白い「戯曲」の、まだ序章に過ぎないのだから。

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