第八話:蠢動する駒たちと新たなツール
世界が未曾有の悲劇に打ちひしがれる中、しかし、時間は容赦なく流れ、それぞれの立場の人々が動き出していた。
まず、政府の対応は迅速、かつ強硬だった。
これほどの国家的危機において、悠長な議論をしている暇はないと判断したのだろう。超法規的措置も辞さない構えで、矢継ぎ早に新たな方針を打ち出してきた。
『政府、国家非常事態を宣言。全国民に対し、生活必需品を除く買い占め行為の禁止、及び不要不急の外出自粛を要請』
『能力者に対し、緊急招集及び登録を義務化する新法案、本日中に成立の見込み。正当な理由なくこれを拒否した場合、罰則も』
『自衛隊及び警察に加え、登録能力者による「災害派遣特殊部隊(仮称)」の編成を発表。指揮権は政府に』
テレビの臨時ニュースが、次々とそうした情報を伝える。
それは、国民の自由を大幅に制限し、能力者を国家の管理下に置こうとする、強権的な内容だった。当然、ネット上では反発の声も上がったが、それ以上に「仕方ない」「これで少しでも秩序が保されるなら」といった、諦めに近い容認の声も少なくなかった。あまりにも被害が甚大すぎたのだ。人々は、強力なリーダーシップと、目に見える「秩序」を求めていた。
そして、この混乱と政府の強硬策は、水面下で力を蓄えていた者たちにとって、格好の活動開始の合図となった。
『速報!旧・〇〇武道連盟を母体とする能力者集団「武皇」、自衛隊と協力し、△△地区のラビット掃討及び人命救助を開始!』
『新興宗教団体「生命の光教団」、全国の支部で炊き出しと負傷者への「癒やしの祈り」を実施。教団所属の回復能力者が奇跡を起こしているとの情報も』
『ネット上で活動していた能力者チーム「ワイルドハント」、独自のルートで武器を調達し、都市部の残存ラビット狩りを開始。ただし、その過激な手法には批判も』
これまで鳴りを潜めていた、あるいは小規模な活動に留まっていた能力者団体が、堰を切ったように表舞台に現れ始めた。
彼らは、それぞれの理念や目的――それが覇権の確立であれ、純粋な慈善活動であれ、あるいは単なる自己顕示欲であれ――に基づき、精力的に動き出す。
ある者は、政府や自衛隊と連携し、秩序回復に貢献することで社会的な地位を確立しようとする。
ある者は、独自の救援活動を展開し、民衆の支持を集めようとする。
またある者は、法や秩序の及ばない場所で、自らの力を誇示するかのように暴れ回る。
まさに、群雄割拠の時代の幕開けだった。
彼らの装備や練度は、最初の襲撃時よりも明らかに向上しているように見える。この数週間で、彼らなりに経験を積み、あるいは何らかの支援を受けて強化されたのかもしれない。
朔は、そうした情報を、自室のモニターで淡々と眺めていた。
世界の歯車が、凄まじい勢いで回り始めている。
その喧騒の中で、自分一人の存在など、取るに足らないもののように思えた。
今回の戦闘でも、自分の行動が世間に大きな影響を与えたという実感は、まだない。
せいぜい、自分が担当したエリアの被害が、他の地域より「マシだった」という程度だろう。それすらも、膨大な情報の中に埋もれて、誰にも気づかれていないかもしれない。
(……それでいい)
そう思った時だった。
不意に、脳裏にあの冷たく無機質な「感覚」が、以前よりも鮮明に流れ込んできた。
『第二次脅威対処、完了を確認。対象エリアにおける民間人被害、最小限。総合評価、更新』
その「感覚」と同時に、朔の視界の端、ゴーグルを装着していないにも関わらず、半透明のパネルのようなものが、ふわりと浮かび上がった。いや、これもまた、脳内に直接投影されているイメージなのだろう。
そこには、いくつかの文字列と数値が、まるでゲームのリザルト画面のように表示されていた。
【月詠 朔 総合戦績評価】
脅威排除貢献度:SSS (前回C+)
隠密行動維持度:A+ (前回B)
エネルギー効率:S (前回C)
生存性:SSS (前回A)
総合ランク:No. 7 (World Ranking) (前回 No. 87,542)
(……ほう)
朔は、その数字の羅列を冷静に目で追った。
前回とは比較にならないほど評価が上がっている。特に総合ランクの跳ね上がり方は異常だ。8万位台からいきなり7位。
なるほど、今回の「ラビット・ホーン空中掃射」は、あの「システム」の評価基準においては、相当にポイントが高かったらしい。
(7位、か。まあ、悪くない)
神とか英雄とか、そういう大げさなものはどうでもいい。
だが、この「評価」が、具体的な「メリット」に繋がるのであれば話は別だ。
ゲームで言えば、高難易度クエストをクリアして、レアアイテムと大量の経験値をゲットしたようなものか。そして、その結果、さらに強力なスキルや装備が手に入るなら、それは歓迎すべきことだ。
『ランクS以上の活動継続者に対し、追加リソースの供給、及び装備カスタマイズ範囲の限定的拡張を許可。詳細は別途通達』
思った通りだ。
「システム」からの情報が、朔の期待を裏切らない形で続く。
「追加リソース」と「カスタマイズ範囲の拡張」。
それはつまり、自分のライフルやスーツを、もっと自分の思い通りに、もっと効率的に、もっと「楽に」戦えるように改造できるということだ。
そして、うまくいけば、政府のような面倒な組織の目から、もっと巧妙に逃れるための手段も手に入るかもしれない。
(うわー……これ、色々できそうじゃん)
朔の口元に、ほんのわずかだが、笑みが浮かんだ。
それは、喜びというよりは、新しいオモチャを手に入れた子供のような、純粋な好奇心と期待感に近いものだった。
もっと静かに、もっと遠くから、もっと確実に。
そして、誰にも気づかれずに、全ての面倒事を終わらせる。
そのための「レベル上げ」なら、いくらでもやってやる。
朔は、モニターに映る、政府の強権的な動きや、能力者たちの自己顕示欲に満ちた活動を、改めて見渡した。
彼らが旧態依然とした権力闘争や、泥臭い縄張り争いに明け暮れている間に、自分はもっとスマートに、もっと効率的に、この「ゲーム」を進めていく。
(次の「お告げ」は、いつかな)
その思考は、もはや以前のような義務感や嫌悪感だけではなく、どこか新しいステージへの挑戦を楽しむような、そんな色合いを帯び始めていた。
六畳間の工房での、新たな「カスタマイズ」プランが、すでに彼女の頭の中でいくつも組み上がり始めていた。
面倒くさいのは嫌いだ。だからこそ、徹底的に効率を追求する。
月詠朔の「ひとりぼっちの最終防衛線」は、彼女自身のゲーム攻略のような、そんな奇妙な様相を呈し始めていた。