其の七:ギルドの洗礼?いえ、私たちAランクですから!
(ギルドかぁ。情報収集にはもってこいかも)
私は再びフィリアちゃんの頭にしがみつき、三人についていく。
どんな情報が得られるか、そして、どんな「美味しい」エネルギー源が見つかるか。
少しだけ、ワクワクしてきた。
ギルドへ向かう道すがら、私の「目」はキョロキョロと忙しく動いた。
見るもの全てが珍しい。露店で売られている不思議な果物、職人が火花を散らして何かを鍛造している工房、吟遊詩人が奏でる異国の音楽。
人間だった頃の好奇心がむくむくと顔を出し、思わずフィリアちゃんの頭から離れて、ふらふらと露店の光り輝く装飾品に吸い寄せられてしまった。
虹色に輝く宝石、細やかな細工が施された銀の髪飾り、なんだか不思議なオーラを放つ小さな偶像……。
(わー、綺麗……! これ、なんていう石かな? こっちは……ん? なんか微かに力の気配が……)
夢中になって露店の商品を「眺めて」いるうちに、ふと我に返った。
(……あれ? フィリアちゃんたちは?)
周囲を見回しても、あの特徴的なアライグマの防具は見当たらない。リズの快活な声も、ミラの落ち着いた話し声も聞こえない。
完全に、見失ってしまった。
(うわあああ! やっちまったー!!)
せっかく憑いていくと決めたのに、こんな初歩的なミスで逸れてしまうなんて!
私ってば、本当にドジなんだから……。
(どうしよう……このままじゃ、また一人ぼっちだ……)
途方に暮れて、その場に力なく漂う。
せっかく見つけた快適な「移動手段」兼「癒やしスポット」だったのに。
(落ち着け〜私。何か方法があるはず……。フィリアちゃんたち、どこに行ったんだろう。ギルドに行くって言ってたよね?)
必死に、フィリアちゃんたちの気配を探ろうとする。
でも、雑多な人々の気配が入り混じる街中では、特定の個人を見つけ出すのは至難の業だ。
さっきまでフィリアちゃんの頭の上にいたから、彼女の放つ微かな生命エネルギーの「匂い」のようなものは覚えている。それを頼りに……。
(ギルド……ギルドに行けば会えるはず……!)
意識を集中し、フィリアちゃんたちが向かっていたであろう「ギルド」という場所を強くイメージする。
さっき、彼女たちが話していた内容、ギルドという言葉の響き、そして、もし見つけられたら、という切実な願い。
不意に、私の「視界」――というより意識の中に、鮮明なビジョンが映し出された。
それは、フィリアちゃんたちが大きな建物の扉を押し開け、中へと入っていく光景だった。建物の看板には、剣と盾を組み合わせた紋章が描かれている。あれが冒険者ギルドに違いない。
フィリアちゃんのアライグマの尻尾が、扉の向こうに消えるのがはっきりと見えた。
(え……? なにこれ、見えた! フィリアちゃんたちだ!)
驚きつつも、そのビジョンに意識を集中する。
行きたい! あの場所へ! フィリアちゃんたちのもとへ! もう二度と見失いたくない!
そう強く念じた途端、ふわりと身体(というより意識体)が軽くなり、次の瞬間には、私は本当にギルドの入り口の、フィリアちゃんのお尻にしがみついていた。
(……え?! い、移動できた?! しかも一瞬で?! さっきのビジョンは、今まさに起こっていることだったの?!)
さっきまで露店街で途方に暮れていたはずなのに、まるで瞬間移動したかのようだ。
もしかして、私、こういうこともできるの?
ただ漂うだけじゃなくて、行きたい場所や、会いたい人を強くイメージすれば、そこへ移動できる?
これは……すごい発見かもしれない!
(私、スゲーかも! ドジったけど、スゲーかも!)
内心でガッツポーズをしながら、今度こそフィリアちゃんたちを見失わないように、しっかりと彼女の肩に位置取り、ギルドの中へと足を踏み入れた。
中は予想通りの活気に満ち溢れていた。
屈強な戦士風の男たち、ローブを纏った魔術師らしき人々、軽装の弓使いや盗賊風の者たち。様々な種族の冒険者たちが、酒場で騒ぐようにがやがやと話し込んだり、掲示板に貼り出された依頼書を真剣な顔つきで眺めたりしている。
その喧騒の中、フィリアちゃん、リズ、ミラの三人は、まっすぐに受付カウンターへと向かおうとしていた。
その時だった。
「よう、嬢ちゃんたち。見かけねえ顔だな。どこの馬の骨だい?」
いかにも柄の悪そうな、顔に大きな傷跡のある大男が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら三人の前に立ちはだかった。取り巻きらしき男たちも数人、後ろに控えている。典型的な「絡んでくるチンピラ」だ。
(うわー、出たよ、テンプレなやつ)
私はフィリアちゃんの頭の上で、やれやれと溜息をつきたくなった。
これは、私がこっそり何かして助けてあげた方がいいのだろうか? 例えば、男の足元に何か見えない障害物を作って転ばせるとか……。
そう思いかけた矢先だった。
「――私たちの進路を塞ぐなら、それなりの覚悟があってのことでしょうね?」
凛とした声でそう言ったのは、リズだった。いつもは悪戯っぽい笑みを浮かべている彼女の目が、今は氷のように冷たい光を宿している。腰の短剣に、そっと手が添えられた。
ミラの表情も、普段の穏やかさが消え、杖を握る手に力が込められているのがわかる。
そしてフィリアちゃんは……もふもふのアライグマの頭(防具)を少し傾げ、小首をかしげるような仕草をしながらも、その大きな瞳は一切笑っていなかった。むしろ、何かを試すような、底光りするような光をたたえている。
大男は一瞬怯んだようだったが、すぐに虚勢を張って声を荒らげた。
「なんだと、このアマ! 新参者のくせに生意気な口を……」
言い終わる前に、男の顎が跳ね上がった。
フィリアちゃんが、誰も気づかないほどの速さで踏み込み、アライグマの「手」(もちろん防具だ)で男の顎を的確に打ち抜いたのだ。ゴッ、という鈍い音が響く。
「きゃうんっ」と可愛らしい声を上げながら(それはフィリアちゃんの声なのか、防具の機能なのか?)、男は巨体を揺らして数歩後ずさり、そのままドシンと床に尻餅をついた。
取り巻きの男たちは、一瞬何が起こったのかわからず呆然としている。
「……邪魔しないでいただけますか?」
ミラが静かに、しかし有無を言わせぬ迫力で告げる。
リズは短剣の柄をポンポンと叩きながら、楽しそうに口の端を吊り上げた。
(……えっ? あれ? 私の出番、なし……?)
あまりの鮮やかな返り討ちに、私は呆気にとられてしまった。
チンピラたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、ギルド内の他の冒険者たちも、遠巻きに見ていただけで誰も手出しをしようとしなかった。
(この子たち……もしかして、結構、強い……?)
三人は何事もなかったかのように受付カウンターへ向かい、若い女性の受付嬢と話し始めた。
私はこっそりその会話に聞き耳を立てる。
「――先日はゴブリンキングの討伐、お疲れ様でした、フィリアさん、リズさん、ミラさん。さすがはAランクパーティー『月影の爪』ですね」
受付嬢が、尊敬の眼差しで三人に微笑みかける。
(Aランク?!)
Aランクと言えば、普通は国一つ救えるレベルの実力者集団じゃなかったっけ? 私の生前のゲーム知識によれぽ、だけど。
確かに、さっきのチンピラを一撃で黙らせたし、実力はすごそうだ。
「大したことありませんよ。それより、何か新しい依頼は入ってますか?」
ミラがにこやかに応じる。
「はい、いくつか。……この辺りを受けて頂けたら助かります。
最近こちらのギルドに移籍されてきたばかりだと言うのに、申し訳ありません。」
(へえええええ! そうなんだ!)
なるほど、だからさっきのチンピラは、彼女たちの実力を知らずにちょっかいを出してきたのか。
そして、周りの冒険者たちが手出ししなかったのは、彼女たちがAランクである事か、あるいはその実力を知っていたからだろう。
フィリアちゃん、ただのもふもふの可愛い担当じゃなかったんだ……。
むしろ、パーティーの切り込み隊長的な?
これは……思った以上に頼りになる(そして面白い)パーティーに憑いてしまったかもしれない。
そして、私のこの新しい「移動能力」も、うまく使えばかなり便利そうだ。ドジな私でも、これなら安心(?)して、ついて行けそうな気がした。