其の九:神様は紅茶がお好き?
しばらく森を進むと、新たな魔物の群れに遭遇した。
フィリアちゃんはアライグマ防具のパワーを全開にし、敵陣へと突っ込んでいく。その頭の上にしがみついている私は、もう大変だ。
(うっきゃーーーっ!! すごいすごい! フィリアちゃん、かっこいいー!)
(あははははははっ! まるで絶叫マシンみたい! もう一回、もう一回!)
恐怖よりも楽しさが勝ってしまい、私はフィリアちゃんの頭の上で、キャッキャとはしゃいでいた。
もちろん、声に出しているわけではない。意識の中で、そう感じているだけだ。
でも、この高揚感は本物だ。人間だった頃の記憶が混濁しているけれど、心の奥底で、何かを「楽しい」と感じる純粋な魂が、今、ここで歓喜の声を上げている。
【ドラゴニア・クロニクル、鉄の街近郊の森・上空】
その頃、あと一歩のところでお姉さんを取り逃がし、必死の捜索を続けていたルナ・エコー7号の元に、チームの一員から歓喜の報告が届いた。
『隊長! 発見しました! 対象の魂の反応を再捕捉! 現在、森の中を高速で移動中です!』
『なんですって!?』
ルナ・エコー7号は、すぐさま全ユニットの意識をその座標へと集中させた。
ホログラムマップには、一つの光点(怜)が、まるでジェットコースターのように、目まぐるしく動き回っている様子が映し出される。
『…これは…戦闘中…? いや、この魂の波長の揺らぎは…恐怖や緊張ではない…? むしろ…これは…『歓喜』…?』
『お姉さん...Aランクパーティーの戦闘の真っただ中で、それを『楽しんで』いる…?』
ルナ・エコーたちは、そのあまりにも規格外な「お姉さん」に、困惑を隠せない。
『……と、とにかく、報告を! これ以上、見失うわけにはいきません!』
【天の川銀河:ルナ・サクヤの神域】
『――発見いたしました! 対象:霧島怜の魂の反応を、ついに捕捉いたしました!』
ルナ・エコー7号からの報告が、もたらされた。
「ほぇ?」
ふかふかのソファに身を沈め、優雅にティーカップを傾けていたルナ・サクヤは、その報告に、ピクリと眉を動かした。
「よかった〜、見つかったんだ。 お姉さんは、今、何をしているのかな?」
(あははは!なんだか、すごく楽しそうにしてますね、お姉さん)
意識をそちらへ向けてみると、彼女は小柄な冒険者の少女の頭の上にしがみつき、戦闘の真っ只中で、きゃっきゃ、うふふと大はしゃぎしているではないか。
その様子に、胸の奥がチクリと痛むような、でも、どこか温かい気持ちになる。
(ふふっ。まあ、ちゃんと元気にしているし、なんだかんだで新しい世界を楽しんでいるみたいだし……)
(よしっ! このまま、もうしばらく、お姉さんの「冒険」をこっそり見守ってみよう! にひひひっ!)
私は新しいティーカップに紅茶を注ぎながら、ちょっとイタズラっぽい笑みを浮かべた。
これも、ある種の「推し活」だ。うん、そうに違いない。
そこへ、追い打ちをかけるように、ルナ・エコー7号からの詳細な報告が続く。
『…ルナ・サクヤ。対象:霧島怜の魂の反応、極めて活発。現在、Aランクパーティー『月影の爪』に同行中。特筆すべきは、対象が、短距離の瞬間移動能力、及び、限定的なエネルギー吸収能力に覚醒している点です。これは、当初の予測を大幅に上回る成長速度ですが…』
「……うそぉ?......さすが?と言うかなんというか......」
ルナは、ティーカップを持つ手を止めた。
「お姉さん、私がチート能力を付与し損ねたっていうのに、自力でそんな便利な能力を身に着けたんだ…? ……まったく。本当に、昔から、私の想像の斜め上を行く人なんだから…」
ルナは、呆れたように、しかしどこか誇らしげに、小さく笑った。
(まあ、いいわ。お姉さんなら、きっと大丈夫でしょう。面白いじゃない)
私は再び、甘美な午後のティータイムへと意識を戻したのだった。
お姉さんが幸せになれるなら、どんな形だっていい。