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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【Side Story:霧島怜編】一番星のレイ
122/197

其の四:空き部屋の出会いは突然に


宿屋の廊下を、壁にぶつかりそうになりながらも、先ほどよりはいくらかマシなコントロールで漂う。

客室の扉が並んでいる。どの部屋も閉まっているか、中から話し声がする。

あった! 一番奥の部屋の扉が、ほんの少しだけ開いている!


(よし、ここだ!)


祈るような気持ちで、その隙間から部屋の中へと滑り込んだ。

あ〜私、空いてなくても入れたかも?まぁ、いいか。

部屋の中には、旅人のものらしき荷物がいくつか置かれている。なんか、いい花の香りがするような気がする。ベッドは整えられているが、誰かが使っている部屋のようだ。でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


ふう、とようやく意識が安定する。

なんとか、あの場からは逃げられた。


(……なるほどね。精霊のエネルギー補給って、こういう感じなんだ)


ベッドの脇に置かれた、簡素な木のテーブルの上あたりに、力なく、しかし先ほどよりは安定して漂う。

改めて、自分が置かれている状況の異常さと、そして新たな発見を反芻する。

人間としての記憶を持ったまま、気づけば低級精霊?

魔石?に閉じ込められて、エネルギーを吸い取られていた。

そこから必死で抜け出し、そして、観葉植物からエネルギーを「吸収」して、自分の存在を保つことができた。

あの植物、最初は結構「濃い」感じがしたけど、最後の方はなんだかスカスカだったな……。もっとこう、質の良い、自分の存在をしっかりと繋ぎ止められるようなエネルギー源を見つけないと。


(生き延びるためには、効率よくエネルギーを「吸収」しないと。燃料なんか、されてたまるか〜!)


霧島怜としての倫理観が頭の片隅で「植物が可哀想」と囁いたが、それを「放っておいたら私が消えてたし、生きるためだし!」という生存本能が力強くねじ伏せる。

使い潰されるのは真っ平ごめんだ。私は生きる。この異世界?だよね?...で、何としてでも。

そのためなら、色々なものを「試して」みる必要があるだろう。


(まったく。ここ、どこなのよっ?! この世界は一体、なんなの?! まずはもっと情報収集して、もっと効率よく、そして「質の高い」エネルギーを吸収する方法を見つけないと!)


私は、この小さな部屋の中で、途方もない不安と混乱の中にありながらも、同時に、生き残るための確かな手応えと、新たなエネルギー源への探求心、そして燃えるような闘志を感じ始めていた。

自我のある生存欲求の高い精霊?である私は、ここからが本番なのだ!きっと。

拡散して消えるなんて、絶対に許さない!

とはいえ、立て続けの出来事で、精神的にひどく疲弊していた。

魔石?からの脱出、観葉植物からのエネルギー吸収、そして宿屋の従業員からの逃走。

精霊に睡眠が必要なのかはわからない。他の自我の薄い精霊たちは、ただそこに「在る」だけで、眠るなんてことはしないだろう。

でも、霧島怜としての私は、疲れたら眠るのが当たり前だった。

そして今、猛烈に「疲れた」と感じている。


部屋には、簡素ながらも清潔そうなベッドが3つ。そのうちの一つに、私はふわりと近づき、横たわるようなイメージで、その空間に自分の意識を定位させた。

(ああ…なんだか、落ち着く…すぴー…)

人間だった頃の習慣なのだろうか。

目を閉じる器官もないのに、目を閉じたような感覚になり、意識がゆっくりと沈んでいく。

このまま少しだけ……ほんの少しだけ、意識を休ませよう。

そう思ったのが最後だった。私は、まるで深い眠りに落ちるように、意識を手放した。


ガチャリ、と扉が開く音が響いた。

「ふぅー、今日も疲れたけど、結構な稼ぎだったね!」

「まったくだ。あのゴブリンの集落、思ったより数が多い上に、変な罠まで仕掛けてきやがって」

「でも、リズの罠解除と、ミラの不意打ちが完璧だったから!」


部屋に入ってきたのは、三人の若い女性だった。どうやら、この部屋の宿泊客らしい。冒険者だろうか、それぞれ特徴的な装束を身にまとっている。


最初に入ってきたのは、小柄で、いかにも身軽そうな少女。しなやかな革鎧を身に着け、腰には短剣を二本差している。顔立ちは綺麗だが、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべていて、素早さが自慢の斥候タイプといった風情だ。


次に、その少女より少し背が高く、フード付きのマントを深く被った女性。手には木製の杖を持っている。フードで顔はよく見えないが、落ち着いた声の調子から、冷静な魔法使いか神官タイプだろうか。


そして、最後の1人は、可愛らしい、もふもふとしたアライグマ?の着ぐるみ……いや、着ぐるみではない。よく見ると、それは分厚い獣毛のような素材でできた、全身を覆う防具のようだ。その防具のあちこちに、微弱ながらも複数のエネルギーのカタマリがある。特殊な加工でエネルギーを大量に封じ込めた、強力な魔法防具なのだろう。私が起きていたら、エネルギー源として使われてしまう...と、びくびくして逃げ出してしまっていたかも知れない……。


「あー、もう汗かいちゃった!早くこれ脱ぎたい!」

着ぐるみの少女が、もぞもぞと動きながら言う。


フードの女性がくすくすと笑いながらマントを脱ぐと、意外なことに、その下からは豊かな胸元と、包容力のある優しそうな笑顔が現れた。長い栗色の髪を揺らし、彼女は杖を壁に立てかける。

「フィリア、着ぐるみ温度調整効いてるじゃない。でも、大変そうだね。でも、いつも助かっているよ」

「えへへー、そうかな? 」


着ぐるみの少女――フィリアと呼ばれた子は、よっ!と声を上げながら、その分厚い防具を脱ぎ始めた。

すると、中から現れたのは、驚くほど華奢で可愛らしい少女だった。薄手の簡素なシャツと短いズボンという、いかにも涼しげな格好だ。

「ふぅー、生き返るー!」

フィリアはそう言って、ベッドにどさりと倒れ込んだ。


すると、ミラが優しく言った。

「こらっ、フィリア、寝る前に、清潔魔法をかけますよ。リズも、ね?」

「ん、お願いするわ、ミラ」

リズもベッドに腰掛けながら答える。

「着ぐるみも、お願い〜」

ミラは軽く杖を構え、小さな魔法陣を展開した。

「《浄化ピュリファイ》」

柔らかな光が周囲を包み込み、ふわりと石鹸のような清々しい香りが漂った。

フィリアは気持ちよさそうに「んふー」と息を漏らし、リズも「ああ、さっぱりした」と満足そうだ。


そして、清潔になったフィリアは、改めてベッドにごろんと横になり……私の「寝床」に潜り込んできた。


(ん……なんか、あったかいの……きた……むにゃ……)


私の意識はまだ眠りの淵を漂っている。

すぐそばに、温かくて柔らかい何かが近づいてきたのを感じた。

まるで、日向ぼっこをしている猫が、さらに心地よい場所に移動するように、私は無意識にその温もりへとすり寄った。

(......いい、匂い〜♪)


フィリアは、私が意識を定位させているまさにその場所で、ごろんと寝返りを打ち、無意識の私を抱き枕にするような格好になった。

もちろん、物理的に触れているわけではない。けれど、彼女の温もりや、微かな寝息が、すぐそばで感じられる。


(んん……きもちい……抱きぃ……すぅ……すぅ……)


斥候風の少女、リズがそれを見て苦笑する。

「フィリア、またそんな格好で。風邪ひくわよ」

「だいじょーぶだって...。ミラ姉も早く寝よう...」

フードを脱いだ女性――ミラは、優しく微笑んで頷いた。

「そうね。明日に備えて、しっかり休みましょう」


リズとミラも、それぞれ手早く寝る準備を始める。

部屋の明かりが、魔法の灯りなのか、ふっと消えて暗くなった。


フィリアは、すっかり私のことを(もちろん本人は気づいていないが)抱きしめて、すーすーと安らかな寝息を立て始めた。

彼女の身体から発せられる、暖かく、そして穏やかな生命エネルギーが、まるで極上の羽毛布団のように私を包み込む。

それは、植物から吸収した時のような、一方的なエネルギーの流れではない。

ただ、そこにあるだけで心地よい、優しい波動。


(……きもちよくて……んん〜……すぴ……)


彼女のエネルギーを「吸収」していたりするわけではないようだった。

基本、自我のある存在からは、簡単には吸収できないということがあるのかもしれない。いまは、ただ、密着して吐息を感じて居るだけで、満たされていく。

この心地よさに身を委ねていたい。


フィリアの寝息に合わせて、私の意識も再び深く、深く沈んでいく。

先ほどまでの不安や緊張が嘘のように和らぎ、深い安堵感に包まれていた。

今の私は精霊?みたいな存在だけど、この感覚は、霧島怜だった頃の記憶と確かに繋がっている。


(……おやすみなさい……むにゃむにゃ……)


心の中で呟く間もなく、私は再び、穏やかで、そしてとても温かい眠りへと落ちていった。

まさか、異世界に来て早々、全く知らない女の子とこんなに密着して眠ってしまうなんて、思ってもみなかったけど。


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