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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第九章 神の箱庭、星々の対話
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其の二:絶体絶命! 私、燃料にされるってマジですか?!


ぼんやりと、温かい何かに包まれている感覚があった。

まるで陽だまりの中にいるような、心地よい微睡まどろみ。


微かに、パチパチと薪が爆ぜるような音。ジュウジュウと何かが焼ける芳醇な香り。包丁がまな板を叩くリズミカルな音。活気のある、どこか心地よい喧騒。

(…活気があって、いい場所ね。大きな宿屋か、酒場かしら。忙しないけど、なんだか心地いいわ。んー?あれ?昨日は確か、アパートのベッドに潜り込んで…あ、いや...孤児院に子供達の笑顔を見に行ったんだったか?)


その瞬間だった。

頭を鈍器で殴られたような衝撃と共に、まるで堰を切ったように、膨大な記憶の濁流が意識の中へとなだれ込んできた。

霧島きりしま れい、二十歳、大学生。趣味は海外ミステリーの読破と週末のボルダリング。好物は行きつけのイタリアンのペペロンチーノ。苦手なものは満員電車と母親の説教。よく通っていた孤児院の子供たちの、あの可愛い笑顔が――。

そして、最後に見た光景。燃え盛る炎、熱風、そして、小さな体を庇って、崩れ落ちる梁の下敷きに……。


「ええええええええええええええっ?!」


声にならない絶叫が、意識の奥底で木霊した。

(何これ?! 私、霧島怜きりしまれいだよね?! じゃあ、今のこの「ぼんやりとした何か」は一体何なのよ?!)

パニックで思考が真っ白になりかけるのを、必死で堪える。

(落ち着け、私。よし、まずは状況把握だ。深呼吸、深呼吸…って、そもそも呼吸する器官があるのか、私?!)


感覚を研ぎ澄ませてみる。

視界はない。いや、そもそも「見る」という器官が存在しないようだ。

けれど、周囲の「気配」のようなものは感じる。

熱い。すぐ近くで、いくつもの炎がごうごうと燃え盛っているような、強烈な熱源を感じる。

油の匂い、香辛料の刺激的な香り、パンが焼ける甘い匂い、野菜を炒める香ばしい匂い、それらが混ざり合って鼻腔…いや、意識をくすぐる。

そして、私自身もその熱源の一部として、絶えずエネルギーを吸い出されているよ...う...な、強烈な虚脱感!!!って!


(これ、まずい。めちゃくちゃまずい!)

記憶の中のファンタジー小説やゲームの知識が、今の状況と最悪の形で結びついていく。

(ここは、異世界。そして私は…何かの道具――魔石か何かに封じられた「魔力そのもの」?! 火力の源として、消化されていってる?!)


「火を強めろ!」「まだ肉が焼けねえぞ!」

すぐ近くで、荒々しい男の怒鳴り声が聞こえる。その瞬間、私から吸い出されるエネルギーの速度が、さらに増した!

(くっ...ひょぉ~! う、うわあぁあ!強めるなっ! やめてっ! 私が、私がなくなっちゃう!)


周囲の気配を探ると、私と同じような「魔力の塊」がいくつかある。でも、彼らには意思がない。ただそこにあるだけの、純粋なエネルギー体。自我を持つのは、私だけ。

(ふざけるな! 私は違う! 私には霧島怜としての二十年間の記憶と、確固たる自我があるんだ!)

このまま無抵抗で力を吸い取られ続けて、消滅なんて真っ平ごめんだわ!


「燃料扱いなんて、死んでも、おっことわりだ〜! うおおおおおおおおっ!」


心の叫びと共に、ありったけの「自分」という存在を、一点に凝縮させるイメージを繰り返す。

(外へ、外へ! この忌々しい石ころから!)

その瞬間、私を閉じ込めているモノの表面が、ほんのわずかに、ピシッと微かな音を立てて震えた。

(いける!)

希望が見えた、その時だった。

厨房の片隅で、魔石の在庫を管理していた店の主人が、ふと眉をひそめた。

「ん? なんだ、この魔石…他の奴より、妙に輝きが強いな。しかも、心なしか振動しているような…? まあ、火力は安定しているし、気のせいか。むしろ、質の良い当たり石かもしれん」

男は、特に気に留めることもなく、再び帳簿に目を落とした。


【ドラゴニア・クロニクル、鉄の街上空】

『…対象の魂の反応、捕捉できませんね。私の担当地域、広すぎないかなぁ...。魔石、魔法道具、人々の思念。ノイズがいっぱいでよく判んないよ。これは、お姉さんがなにかやらかしてくれないと、見つけられないかも…』

一体のルナ・エコーが、ため息をつくように、その思考を他の監視チームへと飛ばした。

『みんな、お姉さん居た~?見つかりそうかな~?』

彼女たちは、「霧島怜の魂の発見」という最重要任務に、焦燥感を募らせていた。

(見つけ出して、おねえさんの無事が確認できないと...。もう、心配で気になって気になって…魂の核に施したプロテクトのおかげで、消失する危険はまず無いからいいんだけど...でも、もし、おねえさんが記憶を取り戻したりしたら、混乱して大騒ぎするだろうなぁ...。あ...まぁ、それで見つけられるだろうから、それで良いのかな)

彼女たちは、心配を少しでも和らげるため、そして、怜がパニックを起こす前に保護するため、今日もまた、広大な街のスキャンを続けるのだった。


その頃、厨房の魔石の中では、私の意識は限界に近づいていた。

(だめ…意識が…遠のく…)

エネルギーを吸われすぎたせいか、思考がまとまらない。

(でも…諦めたら…試合終了…)

霧島怜としての、最後の意地だった。

「おい、そこの魔石、そろそろ交換だ。こっちに寄越せ」

どうやら、私のエネルギーが尽きかけていると判断されたらしい。新しい魔石と交換されるようだ。

男の手が、私(の入った魔石)を掴み、そして、無造作に、床に置かれた麻袋の中へと放り込んだ。

ゴロン、と他の使い古しの魔石にぶつかる衝撃。

そして、麻袋の口が、固く縛られた。

(…最悪だわ。このまま、ゴミとして捨てられるってこと…?)

だが、それは、私にとって、千載一遇のチャンスでもあった。

厨房の熱源から離れたことで、エネルギーの流出が、完全に止まったのだ。

(…今しかない!)

私は、残された最後の力を振り絞り、魔石の亀裂へと、全ての意識を集中させたのだった。


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