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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第九章 神の箱庭、星々の対話
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第六話:銀河の夜明けと新たな火種


【ルナ・サクヤの神域:草原のティールーム】


二つの銀河の未来を左右する、長かったようで短かった「お茶会」は、終わりを告げた。

慈愛の星神エルダと、その同志であるゼピュロス、ガイア、ソラリス。彼らは、ルナ・サクヤの圧倒的な力と、その計り知れない器の大きさを目の当たりにし、新たな時代の幕開けを確信していた。

そして、その旅路には、予期せぬ、しかし何よりも心強い同行者が加わることになった。


「…では、お姉さま。行ってまいります」

アリアは、旅立ちの衣装――純白のシンプルなワンピースに、銀糸の刺繍が施されたケープを羽織った姿――で、ルナの前に静かに立った。その表情には、これからの旅への期待と、そして何よりも、敬愛する姉とのしばしの別れに対する、ほんの少しの寂しさが滲んでいる。


「……ふん。別に、そんなにかしこまらなくてもいいわよ。あなたは、私の『特別監査役』として行くのだから、堂々としていなさい。エルダたちが何かおかしなことをしたら、すぐに私に報告するのよ。遠慮はいらないわ」

ルナは、わざとぶっきらぼうな口調で言った。だが、その声は、微かに震えている。彼女は、アリアの小さな手を、ぎゅっと、しかし優しく握りしめた。

「…それと、アリア。もし…もし、本当に困ったことがあったら、いつでも私を呼びなさい。どんな場所にいても、私が必ず、あなたを守ってあげるから」

それは、神としての約束。そして、偽らざる本心だった。


『はい、お姉さま。…ありがとうございます』

アリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。彼女は、ルナの胸に、そっと顔をうずめる。ルナもまた、その小さな体を、愛おしむように、強く、強く抱きしめた。


やがて、エルダたち四柱の神と、そしてアリアの体が、柔らかな光に包まれ、神域から静かに姿を消していった。

後に残されたのは、一人佇むルナ・サクヤと、空になったティーカップ、そして、微かに残るアリアの温もりだけだった。

シン、と静まり返った神域。

ルナは、彼女たちが消えた空間を、しばらくの間、じっと見つめていた。

その完璧な神としての表情が、ゆっくりと崩れていく。

瞳が潤み、視界が滲む。ぎゅっと唇を噛みしめても、堪えきれない嗚咽が漏れた。

「……う……ぅう……」

大粒の涙が、次から次へと、彼女の頬を伝い落ちる。

アリアがいなくなってしまった。あの温もりが、もう、ここにはない。

その事実が、彼女の心を、まるでナイフで抉るように締め付けた。孤独という、忘れていたはずの感覚が、全身を凍てつかせる。

「……ばかみたい…私…なにを…今更……」

だが、次の瞬間。彼女は、ぐいっと涙を拭うと、まるで自分に言い聞かせるように、強く、そして少しだけ震える声で言った。

「……そうよ。何言ってるの、私。会いたくなったら、いつでも会いに行けばいいじゃない! 監査役がちゃんと仕事してるか『抜き打ち視察』に行くのは、上司として当然の権利だもの! そうよ、そうに決まってるわ!」

彼女は、開き直った。その顔には、もう涙の跡はなく、代わりに、いつもの不敵な、しかしどこか吹っ切れたような笑みが浮かんでいた。


【ギャラクシー・ギルドニア銀河:エルダの神殿】


一方、ギャラクシー・ギルドニア銀河へと帰還したアリアとエルダたちを待っていたのは、ドン・ヴォルガの圧政と、その後の混乱に疲弊しきった星々の、絶望的な光景だった。

だが、アリアの存在は、まさに闇夜を照らす銀の月のように、人々の心に希望の光を灯し始めた。

エルダは、アリアを「月の女神より遣わされし、慈愛の御子」として、民に紹介した。

彼女が訪れる星々は、その圧倒的な「癒やし」の力によって、次々とその輝きを取り戻していく。

枯れた大地からは清らかな泉が湧き、争いに満ちていた都市には穏やかな風が吹き、人々の心からは憎しみが消え、互いを思いやる心が芽生え始めた。

やがて、人々は、その銀色の髪を持つ美しい少女を「銀の女神」「慈愛の御子」と呼び、心からの感謝と敬愛を捧げるようになった。


ギャラクシー・ギルドニア銀河の中心、かつてドン・ヴォルガが支配の象徴としていた神殿は、今、新たな時代の始まりを告げる場所へと生まれ変わっていた。

エルダ、ゼピュロス、ガイア、ソラリスをはじめとする、新たな統治者となった神々が、アリアの前に恭しく跪き、忠誠を誓おうとしていた。

「我ら、ギャラクシー・ギルドニアの神々は、慈愛の御子アリア様を、我らの新たな指導者としてお迎えし、この身命を賭してお仕えすることを誓います」

エルダが、代表してそう告げた。


しかし、アリアは、静かに首を横に振った。

そして、跪く神々一人一人の元へ歩み寄り、その手を、優しく取った。

『…顔を上げてください。私は、あなたたちの上に立つ者ではありません』

彼女の声は、聖堂に響き渡る鐘の音のように、清らかで、そして荘厳だった。

『私は、あなたたちと共に歩む者。共に悲しみ、共に喜び、そして、共にこの銀河の未来を築いていく、ただの『仲間』です。私の力は、支配のためではなく、癒やしのためにあります。この銀河に生きる全ての命が、愛と調和の中で輝けるように…さあ、手を取り合いましょう。私たちの新しい物語を、ここから始めるのです』

アリアがそう言うと、彼女の全身から、温かく、そして力強い慈愛の光が溢れ出し、神殿全体を、そして銀河の隅々までを、優しく包み込んでいった。

神々は、その圧倒的な、しかしどこまでも優しい光の中で、自分たちが真の指導者を得たことを悟り、涙ながらに、しかし確かな希望と共に、アリアの手を固く握り返した。

それは、ギャラクシー・ギルドニア銀河の、新たな創世神話の、始まりの一ページだった。


【天の川銀河:ルナ・サクヤの神域】


天の川銀河の「神域」から見守っていたルナ・サクヤは、一人、満足げにコーヒーを飲んでいた。

ホログラムには、活気を取り戻していくギャラクシー・ギルドニア銀河の様子と、そこで人々に囲まれ、優しく微笑むアリアの姿が映し出されている。


「……なかなか様になってきたじゃない、アリア。私の『妹分』としては、まあ、及第点ってとこかしらね」

ルナは、少しだけ誇らしげに、そして少しだけ寂しげに、そう呟いた。


その時、シロが、新たな情報を投影した。

『…ところで、ルナ・サクヤ。先日より、我々の観測網が届く、最も遠い深宇宙の領域――ギャラクシー・ギルドニア銀河よりもさらに彼方の「異銀河宇宙」と思われる所より、これまでとは異なる、極めて知的で、かつ異質な『思念波』を断続的に感知しています』

ホログラムに、天の川銀河の遥か彼方、漆黒の宇宙空間に浮かぶ、揺らぎが映し出される。

『彼、或いは彼らは、天の川銀河だけでなく、ギャラクシー・ギルドニア銀河の急激な安定化も観測しており、その原因である貴殿の存在に、強い興味を抱いていると考えられます…』


「ふーん」

ルナは、その報告に、コーヒーカップを静かに置いた。

「やっぱり、宇宙は退屈させてくれないわね」


彼女の口元に、新たな「ゲーム」の始まりを予感させる、いつもの不敵な笑みが浮かんだ。

アリアが、そして地球の、ギャラクソー・ギルドニア銀河の人々が築き始めた、この平和な「箱庭」。

それを脅かすというのなら、相手がどこの銀河の、どんな神であろうと、容赦はしない。

ひとりぼっちの神様の、次なる戦いの舞台は、もはや銀河を超えた、壮大な宇宙そのものになろうとしていた。

そして、その戦いの鍵を握るのは、あるいは、遠い銀河で「慈愛の神」として、人々の心をまとめ始めた、一人の少女、なのかもしれない。

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