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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第九章 神の箱庭、星々の対話
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其の一:ひだまりの残照と、一番星の旅立ち


【ルナ・サクヤの神域:観測の間】


アリアが、慈愛の御子としてギャラクシー・ギルドニア銀河へと旅立ってから、数ヶ月。

ルナ・サクヤの「神域」には、以前とは違う種類の、深い静寂が満ちていた。

アリアという、温かく、そして少しだけ手のかかる「妹」の存在がなくなったことで、ルナの心には、ぽっかりと穴が空いたような、漠然とした寂しさが広がっていたのだ。

神としての「お仕事」は山積みだ。だが、ふとした瞬間に、無意識に、あの銀色の髪を探してしまう自分がいる。


(……アリア、ちゃんとやってるかしら。エルダたちに、いじめられたりしてないでしょうね…)


そんな、人恋しさにも似た感情に駆られ、彼女は、自らの記憶の深層へと、意識を沈めていった。

温かい記憶。優しい思い出。かつて自分が「月詠朔」として、確かに感じていた、人間との繋がりを求めて。

そして、その記憶の旅の果てで、彼女は「それ」を見つけた。

地球の霊的次元の片隅で、今にも消え入りそうに、しかし、ひだまりのように温かく輝く、一つの魂の光。


(……この光…この、懐かしい温かさは…まさか…)


ルナの思考が、一瞬停止する。

彼女は、全並列思考ユニットを動員し、その「光」の正体を、凄まじい速度で解析し始めた。

そして、導き出された結果に、彼女は、息を飲んだ。

それは、かつて心を閉ざした彼女に、温かく見守ってくれていた、あの孤児院の先生...ボランティアのお姉さん――霧島怜きりしま れいの、魂の欠片だった。


「……怜…お姉さん…!」


ルナの瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。

アリアを失った(と感じていた)寂しさが、この予期せぬ再会によって、歓喜と、そして後悔の入り混じった、激しい感情の奔流へと変わる。

「……そう…だったのね。ずっと、一人で…こんなにか細い光で、この世界を彷徨っていたなんて…。ごめんなさい…気づいてあげられなくて…!」


彼女は、すぐさま、そのか細い魂の欠片を、自らの「神域」へと優しく、そして丁寧に転移させた。そして、その魂の「核」が、二度と消え入りそうなことがないように、自身のルナティック・フォースで、何重にも、そして温かく包み込むように、絶対的な防御シールドを施した。

これで、ひとまずは安心だ。


(…でも、このままじゃ、怜お姉さんは、ただの魂のままだわ。ちゃんとした体を与えて、もう一度、新しい人生を歩ませてあげないと。そうだわ…! あの世界なら…!)


ルナの脳裏に、剣と魔法、そしてドラゴンが舞う、壮大なファンタジーの世界、「ドラゴニア・クロニクル」が浮かんだ。

(あそこなら、『転生』という形で、怜お姉さんに新しい体と、最高の第二の人生をプレゼントできるはず! よし、決めたわ!)


彼女は、怜の魂に、こっそりと、しかし愛情を込めて、ありったけの「チート能力」を付与しようとした。幸運値MAX、全属性魔法適性EX、ユニークスキル「絶対生存本能」…。

(ふふん、これだけあれば、どんな世界でも、お姉さんなら楽しくやっていけるでしょ。私が保証するわ!)


そして、ルナは、ドラゴニア・クロニクルへと続く、限定的な次元ゲートを開いた。

ゲートの向こう側には、色とりどりのマナが渦巻き、未知なる冒険の予感に満ちた、壮大な世界が広がっている。

怜の魂は、その光景を感知した瞬間、これまで見せたことのないほどの、強い輝きを放った。

まるで、ずっと檻の中にいた鳥が、初めて大空を見たかのように。

その魂は、ルナの制御を離れ、本能的な「好奇心」と「活動性」に突き動かされるように、ゲートへと向かって、ふわりと漂い始めたのだ。


「あ、ちょっと、お姉さん! まだ、準備が…! 私の最高のチート能力パッケージ、まだインストール出来て、ないんだけど!」

ルナは、慌てて声をかけた。

だが、怜の魂は、そんなルナの制止などどこ吹く風とばかりに、もっと面白そうな、新しい世界へと、ただただ引き寄せられていく。

そして、ルナが手を伸ばす間もなく、怜の魂は、「ついっ」と、まるで吸い込まれるように、次元ゲートの向こう側、ドラゴニア・クロニクルの広大な世界へと、消えていってしまった。


「…………ああぁっ!?」


後に残されたのは、ぽかんとした表情のルナと、そして、彼女が付与しようとしていた、行き場のない膨大な「チート能力」のエネルギーだけだった。

「お、お姉さーん! 早すぎるってーっ!? まだ話が…!」

神の威厳などかなぐり捨てた、素っ頓狂な声が、神域に響き渡る。


しばらくの間、その場で固まっていたルナだったが、やがて、がっくりと肩を落とし、深いため息をついた。

「……まったく…。そういえば忘れていたけど、昔からそういうところあったよねぇ、怜お姉さんって。思い立ったら吉日というか...周りの人の話をあまり聞かないまま、大丈夫!大丈夫だよって...。いつも、私はそんなお姉さんに助けられていたんだけど、本当に、もう、落ち着きがないんだから…」

彼女は、寂しさと、ほんの少しの呆れと、そして何よりも、変わらない「お姉さん」への、深い愛情を込めて、小さく笑った。

(……ほんとは、チート能力マシマシにして、最強の転生者にしてあげたかったんだけどなぁ…。まあ、いっか。お姉さんが、楽しそうなら)


「…シロ。ルナナンバーの中から、最も隠密行動と索敵能力に優れたユニットを選抜して、専属の監視チームを編成しなさい。ドラゴニア全土をスキャンして、怜お姉さんの魂の反応を探し出すのよ。ただし、直接の干渉は禁止! 彼女の冒険を、陰から、絶対に見守り続けるの!見つけたら私に知らせてね! いいわね!」

ルナは、そう指令を出すと、少しだけ元気を取り戻した。

(…そうよ。お姉さんのことだから、きっと、どこかで元気に、そして、とんでもない『やらかし』…いえ、大冒険をして、私にもその情報が届くはずだわ。うん、きっとそうよ。楽しみに待っていましょう)


こうして、ルナ・サクヤは、怜お姉さんの新しい旅立ちを、そっと見守ることを決めた。

そして、彼女はまだ知らない。

その「大冒険」が、想像以上に早く、そして、とんでもなくコミカルな形で、彼女の元へと届くことになることを。


ひとりぼっちの神様の、新たな心配の種(という名の、楽しみ)は、こうして、静かに、しかし確実に、芽吹いてしまったのだった。

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