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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第九章 神の箱庭、星々の対話
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第三話:慈愛の星神と星空のティールーム


【ギャラクシー・ギルドニア銀河:複数の星系】


ルナ・サクヤとアリアの「遠足」は、ギャラクシー・ギルドニア銀河の、ドン・ヴォルガの圧政が特に色濃く残る星々を巡る旅となった。

ある星では、枯渇した資源を巡り、人々が互いに憎しみ合い、争いを続けていた。

またある星では、ドン・ヴォルガの残した「恐怖」という名の呪縛に囚われ、誰もが他者を信じられず、孤独と絶望の中で生きていた。

その度に、アリアの瞳からは静かに涙がこぼれ落ち、その涙から生まれた「癒やし」の波動が、ほんの少しずつだが、人々の荒んだ心を解きほぐしていく。

アリアは、自らの力が、人々の「心」に直接作用し、悲しみを和らげ、憎しみを鎮める力であることを、実感し始めていた。それは、ルナ・サクヤの、物理法則すら書き換えんとする圧倒的な「力」とは、全く異なる性質のものだった。


(……この力は、私が「お掃除」した後の、荒れた大地に、新しい芽吹きをもたらすための、優しい雨のようなものなのかしら)

ルナは、アリアの変化を静かに見守りながら、そんなことを考えていた。

自分にはできない、自分にはない力。それを、アリアは持っている。

その事実は、ルナの心に、ほんの少しの寂しさと、それ以上の、誇らしさのような感情をもたらしていた。


そんな旅の途中、システム(シロ)からの報告が、ルナの意識に届いた。

『ルナ・サクヤ。以前より情報介入を続けていたギャラクシー・ギルドニア銀河の「善神」グループの中心人物、『慈愛の星神』エルダより、当システムに対し、正式なコンタクト要請が入りました。彼女は、ドン・ヴォルガ体制の崩壊後の、ギャラクシー・ギルドニア銀河の未来について、貴殿と直接対話することを望んでいます』


「……そう。彼らも、ようやく行動を起こす気になったのね」

ルナは、静かに頷いた。

「シロ、そのエルダという神に、返信を。『あなた方の声、確かに届きました。対話の用意はあります。場所と時間は、こちらで準備します』と、そう伝えなさい。そして、アリア…」

ルナは、隣で星々の悲しみを感じ、心を痛めているアリアに、優しく語りかけた。

「あなたも、その会談に同席しなさい。あなたと同じ『慈愛』を司るという神が、どんな考えを持っているのか、その目で見て、その耳で聞くのは、きっと良い経験になるわ」


『……はい、お姉さま』

アリアは、少しだけ緊張した面持ちで、しかし力強く頷いた。


【ギャラクシー・ギルドニア銀河:エルダの神殿上空】


数時間後。

自らの神殿で、ルナ・サクヤからの返信を待っていたエルダは、ふと、神殿の外の空気が変わったことに気づいた。

見上げると、神殿の上空、星々が瞬く宇宙空間に、何の気配もなく、一つの瀟洒なテラスカフェが、まるで蜃気楼のように浮かび上がっていたのだ。

白亜のテーブルと椅子、揺れるランタンの柔らかな光、そして、そこから微かに漂ってくる、未知の、しかし心地よいお茶の香り。

あまりにも非現実的な光景に、エルダは言葉を失った。


次の瞬間、彼女の意識に、直接、穏やかな声が響いた。

『――エルダ。お待ちしていました。さあ、こちらへ』


エルダは、意を決して、光の階段を上るようにして、その「星空のティールーム」へと足を踏み入れた。

そこには、フードを目深に被り、その表情を窺い知ることはできないが、明らかに宇宙の理を超越した存在――ルナ・サクヤが、優雅にティーカップを傾けている。そして、その傍らには、銀色の髪を星の光に輝かせ、澄み切った瞳でこちらを静かに見つめる、神々しいほどに美しい少女、アリアが座っていた。


「……あなたが、慈愛の星神エルダ。ドン・ヴォルガの圧政に苦しみながらも、民の平和を願い続けた、心優しき神よ」

エルダは、息を飲んだ。目の前の存在は、自分の素性も、そして心の奥底にある願いまでも、全てを見透かしている。

「よ、よくぞご存知で…貴女様こそ、天の川銀河を統べるという、偉大なる月の女神、ルナ・サクヤ様でございますか…?」

エルダは、その場に膝をつき、深く頭を垂れた。


「まあ、そんなところよ。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。さ、お座りなさい。あなたに聞きたいことが、いくつかあるの」

ルナの、穏やかだが有無を言わせぬ言葉に、エルダは恐る恐る席に着いた。

テーブルの上には、彼女の故郷の星でしか採れないという、幻の果実を使ったタルトが、いつの間にか置かれている。


ルナ・サクヤとエルダの「会談」が始まった。

ルナは、ギャラクシー・ギルドニア銀河の現状、ドン・ヴォルガの支配体制の実態、そして何よりも、エルダたちが望む「未来」について、単刀直入に、しかし的確な質問を投げかけていく。

エルダは、その圧倒的な存在感を前に、緊張しながらも、誠実に、そして必死に、自分たちの現状と、平和への願いを訴えた。


その間、アリアは、ただ静かに、二人の会話に耳を傾けていた。

彼女は、エルダの言葉の端々から、ギャラクシー・ギルドニア銀河の星々が抱える深い悲しみと、それでも失われることのない、平和への切実な祈りを感じ取っていた。

そして、エルダの瞳の奥に宿る、自分と同じ「慈愛」の光に、強い共鳴と、そしてある種の「共感」を覚えていた。

(この方も…私と同じように、苦しむ人々を、ただ救いたいと願っている…)


会談が一段落した頃、ルナは、ふと、エルダにこう尋ねた。

「…エルダ。あなたは、なぜドン・ヴォルガに逆らってまで、民を救おうとするの? 力で支配される方が、ある意味では『楽』だったのかもしれないのに」

それは、試すような、そして彼女自身の哲学を問うような、鋭い質問だった。


エルダは、一瞬言葉に詰まったが、やがて、静かに、しかし確信に満ちた声で答えた。

「…力による支配は、いつか必ず、より大きな力によって打ち破られます。それは、憎しみと復讐の連鎖しか生みません。真の平和とは、力がもたらすものではなく、互いを思いやり、慈しみ合う心の中からしか、生まれないものだと…私は、そう信じております」

その言葉には、彼女が長年抱き続けてきた、揺るぎない信念が込められていた。


その言葉を聞いた瞬間、アリアの瞳が、これまでになく強く、そして美しく輝いた。

『……私も、そう思います』

初めて、アリアが自らの意志で、会談に口を挟んだ。

その声は、まだか細かったが、その場にいたルナとエルダの心を、確かに揺さぶる響きを持っていた。

『力は、誰かを傷つけるためにあるのではない。誰かを守り、そして、癒やすためにこそ、あるべきなのだと…私も、そう思います』


アリアの言葉に、今度はエルダが息を飲んだ。目の前の、神々しいほどに美しい少女から放たれる、純粋で、そしてあまりにも強大な「慈愛」のオーラ。それは、彼女自身が持つ力を、遥かに凌駕するものだった。

(…この御方こそ、真の…)


ルナ・サクヤは、そんな二人のやり取りを、静かに、そしてどこか満足げに眺めていた。

(…アリア。あなたには自由に、自分の進むべき道を見つけて欲しいわ。まずは、やりたい事を見つけないと。一緒に来て、よかったわ)


ひとりぼっちの神の「遠足」は、思いがけず、二つの銀河の未来を繋ぐ、重要な出会いの場となっていた。

そして、その中心には、いつも、自らの運命を切り開き始めた、一人の少女の姿があった。

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