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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第九章 神の箱庭、星々の対話
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第二話:神々の庭への遠足


【月詠朔:神域(草原のティールーム)】


監獄惑星での「神格再教育プログラム」が、システム(シロ)の管理下で順調に(そして極めてシュールに)進行しているのを見届けた月詠朔――ルナ・サクヤは、次なる「お仕事」へと意識を向けていた。

彼女の視線は、天の川銀河を遥かに超え、ドン・ヴォルガたちの故郷である「ギャラクシー・ギルドニア(GG)」へと注がれている。


(……ドン・ヴォルガみたいな、ああいう脳筋で傲慢な『雑草』が、ポンポン生えてくる土壌って、一体どうなってるのかしらね。一度、この目で見ておかないと、また面倒なことになりそうだわ。それに、放置しておくと、第二、第三のドン・ヴォルガが生まれて、また地球(私の庭)を荒らしに来ないとも限らない。根本から『土壌改良』して、効率的に管理できる体制を整えておくのが、一番手っ取り早いわね)


彼女らしい、極めて効率主義的な、そしてどこか上から目線の「視察」の動機。

彼女は、傍らで静かにホログラムを眺めていたアリアに、優しく声をかけた。


「アリア、ちょっと『遠足』に行きましょうか」

『……遠足、ですか? お姉さま』

アリアは、こてん、と首を傾げた。その仕草は、無垢な子供そのものだが、その瞳の奥には、宇宙の真理を覗き見るかのような、深い知性の光が宿っている。


「ええ。私たちの銀河のことわりとは、少し違う場所へね。ドン・ヴォルガたちが、どんな環境で育ち、どんな価値観を持っているのか、見ておくのも悪くないでしょう? あなたにとっても、良い『勉強』になるはずだわ」

ルナは、アリアの頭を優しく撫でながら言った。それは、アリアに宇宙の多様性を見せ、彼女が自らの力の意味を考えるきっかけを与えるための、ルナなりの不器用な「教育」でもあった。


『……はい、お姉さま。お供させていただきます』

アリアは、静かに、しかし力強く頷いた。自分とは全く異なる起源を持つ「神」の存在に、彼女は強い興味と、そしてほんの少しの好奇心を抱いていた。


【ギャラクシー・ギルドニア(GG)銀河:ドン・ヴォルガ支配下星系】


ルナ・サクヤとアリアは、シロ(システム)の転移能力によって、瞬時にギャラクシー・ギルドニアの、とある星系へとその姿を現した。

もちろん、彼女たちの姿は、完璧な認識阻害フィールドによって、誰にも感知されることはない。

二人が降り立ったのは、かつてドン・ヴォルガの直轄領だったという、巨大な工業惑星の上空だった。


「……ひどい…」

アリアが、思わずといった様子で、小さな声で呟いた。

眼下に広がる光景は、まさに地獄絵図だった。

空は、工場から吐き出される黒煙で淀み、大地は、無秩序に掘削された鉱山の跡で、痛々しい傷跡のように抉られている。川は、七色の毒々しい液体となって流れ、生命の気配はどこにも感じられない。

そして、この星に住まう人々(神々とは異なる、労働力として使役される下位の種族たちだ)は、ドン・ヴォルガ配下の監督官たちに鞭で打たれ、栄養失調で痩せ細った体で、過酷な強制労働に従事させられていた。その瞳からは、完全に光が失われている。


「これが、ドン・ヴォルガの『支配』よ。力で全てを奪い、搾取し、そして使い潰す。これは、ただの、短絡的で、際限のない『欲望』の結果ね。非効率で、無駄が多くて、そして何よりも…美しくないわ」

ルナは、冷ややかに、しかしその声の奥に、確かな怒りを滲ませて言った。


アリアの白い手が、ぎゅっと握りしめられる。

彼女の魂に、この星の、そしてここに生きる人々の「悲しみ」と「苦しみ」が、まるで冷たい雨のように、直接流れ込んでくるのを感じていた。

それは、かつて彼女自身が「器」として、リリアン星で感じた、あの絶望的な痛みに似ていた。理不尽な力によって、全てを奪われる者の、声にならない叫び。

『……可哀想……。どうして、こんな酷いことを……。彼らも、ただ、静かに生きたいだけなのに……』

アリアの澄んだ瞳から、一筋の涙が、きらりと零れ落ちた。

その涙が、彼女の頬を伝い、そして宇宙空間へと散った瞬間。周囲の空間に、ほんのわずかな、しかし確かに温かい「癒やし」の波動が広がった。

強制労働させられていた人々の、疲弊しきった心と体に、ほんの少しだけ、温かい光が灯ったのだ。


「……アリア?」

ルナは、その変化に気づき、アリアの顔を覗き込んだ。

アリアは、自分の身に起きた変化に戸惑いながらも、その瞳には、これまでになかった、新しい種類の「光」が宿り始めていた。

それは、他者の痛みを、自らの痛みとして感じ、そして、それを癒やしたいと強く願う、純粋な光。


(……これが、あなたの力なのね、アリア)

ルナは、心の中で静かに呟いた。

彼女は、アリアの中に眠る、この計り知れないほどの「癒やし」の力の可能性に、改めて気づかされた。そして、その力をどう使うべきか、彼女自身が考える時が来たのかもしれない、と。


「さあ、アリア。次の場所へ行きましょう。この銀河には、まだ見るべきものが、そして…私たちが『土壌改良』してあげるべき場所が、たくさんあるみたいだから」

ルナは、アリアの手を優しく握った。その手は、まだ少し震えていたが、確かに温かかった。

二人の「神」の、異銀河視察の旅は、まだ始まったばかりだ。

その先に何が待っているのか、それはまだ、誰にも分からない。

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