第六話:神の裁きと、気まぐれな判決
神力吸収フィールドの起動から、わずか数刻。
グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガを欠いた「力ある者たちの連合」の大艦隊は、その全ての神力を吸い尽くされ、艦艇ごと、ルナが指定した惑星の地表へと静かに降り立っていた。かつて宇宙を支配した神々は、今や、ただの人間として、荒涼たる大地に無様に転がっている。
ギデオンは、自身の神力も失われ、その知略を失いかけた中で、ドン・ヴォルガの旗艦グラビトン・リーパーの艦橋から、その惨状を見下ろしていた。
「バカな……! この私が……このギデオンが、なぜこのようなことに……!」
彼の顔には、絶望と、そして自らの過ちへの深い悔恨が刻まれていた。
その全てを見届けたルナ・サクヤは、神域から、惑星の地表へと、静かに、しかし圧倒的な存在感を放ちながら「降臨」した。
彼女の姿は、いつもの漆黒のスーツにフードとサングラス姿。しかし、その全身から放たれるオーラは、まるで宇宙そのものを凝縮したかのようで、ただの人間に変貌した神々を、圧倒的な威圧感で押し潰す。
「――どうだったかしら、私の『おもてなし』は?」
ルナ・サクヤの声が、惑星全体に響き渡る。
荒涼とした惑星の地表に、ルナ・サクヤが指を鳴らした。
次の瞬間、彼女の目の前に、光の粒子が凝縮され、一つの奇妙な光景が姿を現した。
そこには、漆黒の木製らしき「奉行所の座」が鎮座し、その前には同じく木製の「お白洲」とでも呼ぶべき砂利の広場が広がる。広場の左右には、何本もの「のぼり」が立ち、風にはためいている。そののぼりには、意味不明な宇宙文字で「公平」「正義」「おやつ」といった文字が踊っているように見えた。
ドン・ヴォルガと、ギデオン、そして剛の五十柱の神々が、いつの間にか奉行所の前に正座させられていた。彼らの顔は、困惑と、そして神力喪失による混乱で、青ざめている。特にディープ・エコーは、他の神々よりも一際前方に引きずり出され、地面に額を擦り付けて震えている。
ルナ・サクヤは、ゆっくりと奉行所の座へと歩み寄り、そこに座した。彼女の手には、どこからともなく現れた「奉行扇子」が握られている。そして、その背後には、マスコット端末のシロ(システム)が、静かに浮遊していた。
「――これより、この『監獄惑星』において、特別『お仕置き』の儀、並びに、天の川銀河における新たな秩序に関する『聴聞会』を開始する。皆の者、面を上げよ」
ルナ・サクヤの声が、扇子をパチン、と叩く音と共に響き渡る。
神々が、おそるおそる顔を上げた。
「まずは、グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガ。貴様には、この天の川銀河への無許可侵入、並びに、我が『歓迎プロトコル』への不当な抵抗、そして何よりも、私の大事な地球を踏み荒らそうとした罪がある。異論はあるか?」
ルナ・サクヤが、ドン・ヴォルガを鋭い視線で射抜いた。
「くそっ! 月の女神よ! 貴様、この我を裁くなどと! 我は宇宙大総帥ドン・ヴォルガぞ! 貴様の仕掛けた小賢しい罠に、この私が……っ!」
ドン・ヴォルガは、脱力した体に鞭打ち、最後の意地を振り絞るかのように食ってかかった。
「異論なし、と受け取ろう」
ルナ・サクヤは、ドン・ヴォルガの言葉を遮り、扇子をパチン、と叩いた。その瞬間、ドン・ヴォルガの体が、目に見えない力に押し潰されたかのように、地面にめり込んだ。
「ぶべっ!!」
間抜けな音が響き、ドン・ヴォルガは砂利に顔を埋めて動かなくなった。
「では、貴様への判決だ。ドン・ヴォルガ。貴様には、天の川銀河における『宇宙一美味しい抹茶ケーキ』の製造責任者の任を命じる。そして、その総指揮は……ディープ・エコー。彼が貴様の指揮官となる。よいな?」
ルナ・サクヤの言葉に、ドン・ヴォルガは、地面に顔を埋めたまま、ピクリとも動かない。ディープ・エコーは、その場で泡を吹いて倒れた。
その時、ルナの指示で、どこからともなく、与力らしきルナ・エコーが数体、音もなく現れた。彼らは、倒れたディープ・エコーを仰向けにひっくり返すと、冷たい宇宙の水をバケツで顔にぶっかけた。
「ゴホッ! ゲホッ! ……な、なんだ!?」
ディープ・エコーは、咳き込みながら目を覚ますと、すぐさま与力に両肩をがっちり掴まれ、無理やり正座の体勢に戻された。その顔には、絶望と屈辱が入り混じっていた。
ルナ・サクヤは、次にディープ・エコーに視線を向けた。
「ディープ・エコー。貴様には、ルナ・サクヤ様、素晴らしい読本(コードネーム:『月の光は愛の証、智慧の源泉』)の朗読プロジェクト総責任者の任も併せて命じる。そして、第一朗読者は……グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガ。彼を厳しく指導し、私の偉大な御業を、心ゆくまで朗読させよ。朗読が詰まったり、間違えたり、感情が込められていなければ、その場でディープ・エコーの指示により最初からやり直し。よいな?」
ディープ・エコーは、もはや恐怖で言葉も出ない。その瞳には、ルナ・サクヤへの底知れない畏怖が入り混じっていた。
「さて、次の議題は……」
ルナ・サクヤは、次の神柱へと視線を移そうとした。しかし、その時だった。
「.....ふぅ。」
ルナ・サクヤは、突然、奉行扇子を静かに閉じ、奉行所の座からゆっくりと立ち上がった。その顔には、先ほどまでの冷徹な裁定者の表情はなく、ただひたすらに、興味が失せたことへの、退屈そうな表情が浮かんでいた。
ざわざわと、神々たちの間に困惑が広がる。
「な、なんだ……?」
「...あー。もういいや。めんどくさいからシロ、まかせていいかしら。こういった細かいのは、あんたの方が向いてるわ...」
ルナ・サクヤは、そう言うと、指を鳴らした。
次の瞬間、奉行所の座や、お白洲、のぼり旗といった「奉行セット」が、光の粒子となってフワリと宙に舞い上がり、瞬く間に消失した。
ルナ・サクヤは、代わりにその場に出現した豪華なアンティーク調のテーブルと椅子に、優雅に腰を下ろした。テーブルには、温かいコーヒーと、湯気を立てる焼きたての抹茶ケーキが、美味しそうな香りを漂わせている。その周囲だけが、まるで別空間のように華やかだった。
ルナ・サクヤは、コーヒーカップを手に取り、優雅に一口飲むと、それを傍らに座るアリアに差し出した。アリアは、澄んだ瞳でそれを見つめ、微かに頷いた。
「よろしくね~」
ルナ・サクヤは、そう言って、抹茶ケーキを一口頬張った。その顔には、満ち足りた満足げな笑みが浮かんでいる。まるで、目の前の惨劇など、存在しないかのようだ。
彼女は、完全に「観覧モード」に切り替わっていた。
『……了解しました、ルナ・サクヤ。残りの『お仕置き』と『聴聞会』、及び『天の川銀河における新秩序の役割分配』のプロセスを、当システムが効率的に引き継ぎます。』
シロの無機質な声が、荒涼たる惑星の地表に響き渡る。その声は、消えたルナ・サクヤの気まぐれに、かすかな「ため息」のようなものを滲ませているかのようだった。
ドン・ヴォルガたちの顔が、今度こそ真の絶望に染まった。神に裁かれるよりも、その「気まぐれ」に放置される方が、ある意味で恐ろしい。そして、その後の「事務的なシステム」による采配が、いかに効率的かつ容赦ないものであるかを、彼らはまだ知らない。