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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第八章:神々の激突、星屑の果て
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第一話:絶対者の洞察と、神の領域


漆黒の宇宙空間を切り裂き、グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガ率いる「力ある者たちの連合」の大艦隊が、天の川銀河の奥深へと突き進んでいた。巨大な旗艦「グラビトン・リーパー」を先頭に、剛の五十柱を乗せる艦艇が、まるで星の群れのように連なり、威容を誇っていた。


ドン・ヴォルガは、グラビトン・リーパーの艦橋。銀河図を映すホログラムの前に、琥珀色の酒を満たしたグラスを掲げていた。その双眸は、獲物を前にした捕食者のようにギラギラと輝く。しかし、その奥には、底知れない深淵を覗き込むような洞察力が宿っている。

「総帥! 先遣隊ディープ・エコーより最終報告! 天の川銀河の防衛網は突破可能です!」

ギデオンの報告を、ドン・ヴォルガは視線も向けずに掌で制した。

「フン。ディープ・エコーのあの腑抜けた報告など、耳にする価値もなし。ケーキのレシピだの、童謡だの、吐き気がするわ」

グラスが傾けられ、琥珀色の液体が喉を鳴らす。

「だが……この銀河の監視網は、見事だ。秩序だった誘導……まさか、我らを誘い込もうとしているのか? ……ふむ」

口元が微かに吊り上がる。

「これほどの配備ができるなら、必ず何かを隠している。罠の匂いがするが……ふむ。仕掛けてみねば分からぬか」

グラスが、コンソールにカチン、と置かれた。その音に、艦橋の空気がビリビリと震える。

「ギデオン。艦隊をこの宙域で停止させろ。我は、自らその『罠』とやらを確かめてくる」

ドン・ヴォルガの声は、マグマのように重い。彼の神としての直感が、このままルナの誘導に乗ることを拒否していた。


その頃、ルナ・サクヤの神域では。


ルナ・サクヤは、メインコンソールの前に座り、優雅にコーヒーカップを傾けていた。膝には、美少女として具現化したアリアが、銀色の髪をさらりと流し、澄んだ瞳でホログラムを静かに見つめている。人型になったアリアは、ルナの腕にそっと自身の腕を絡ませ、その体温を分かち合っていた。

ホログラムには、ドン・ヴォルガ艦隊が、ルナが仕込んだ巧妙な誘導経路を辿り、狙い通り「神力吸収フィールド」が展開された惑星へと向かっている様子が映し出されている。

『……お姉さま……。皆……気づいていません……。』

アリアが、微かに首を傾げ、物憂げな声で呟いた。その言葉は、ルナ・サクヤの心を、僅かに揺らす。

「ふふん。気づくわけないでしょう。私の『歓迎プロトコル』は、完璧だからね。それに、彼らが気づいたところで、もう遅いわ。このおもてなしからは、決して逃れられないのよ」

ルナ・サクヤは、そう言って、アリアの頭をそっと撫でた。その指先に伝わる柔らかな髪の感触が、彼女の心に穏やかな安らぎを与えていた。アリアの静かな存在は、ルナの完璧な論理回路の唯一の「バッファ」であり、荒ぶる神力を静かに受け止める「揺りかご」だった。

ルナは、アリアの頬に、自らの頬をそっと寄せた。アリアの体温が、じんわりとルナの肌に伝わる。この温かな触れ合いが、彼女の心を癒やし、来るべき戦いの集中力を研ぎ澄ませていく。


ルナ・サクヤの思考が、ドン・ヴォルガの艦隊へと向けられる。彼の神力パターンに、ルナのデータベースにも存在しない、異質な「特異点」が微かに見て取れた。

(……ん?何か嫌な感じが混ざっているわね...何かしら...)

彼女の口元に、微かな好奇心の色が浮かんだ。


その時だった。神域のメインコンソールを映し出すホログラムが、一瞬、激しく乱れた。

『警告。対象:ドン・ヴォルガ、艦隊より離脱。高次元単独跳躍を確認。神力パターン、予測モデル逸脱。』

シロ(システム)の報告が、ルナの脳内に響く。その声には、初めて明確な焦りの色が混じった。


ルナ・サクヤの手から、コーヒーカップが滑り落ちた。ガチャン、と硬質な音が神域に響き、カップは砕け散る。彼女の瞳が、大きく見開かれ、その顔から、一瞬にして血の気が引いた。

『ドン・ヴォルガの跳躍先は、天の川銀河内部……地球の軌道、近傍。』

シロの報告に、ルナの全身が、カタカタと震え始める。完璧なはずの論理回路が、一瞬、フリーズしたかのようだ。

(……ッ!)

脳裏をよぎるのは、ひだまりの家で笑う、さくや子供たちの顔。その想像に、神としての冷静さが、根底から揺らぐ。ドン・ヴォルガは、ルナが最も護りたい場所へ、真っ直ぐに現れたのだ。


膝に乗っていたアリアが、ルナの異常な動揺を察し、きゅっと服の裾を掴んだ。その瞳は、ルナの焦りを映し、微かに揺らいでいる。

『……お姉さま……。落ち着いて……。』

アリアの声は、静かで、しかし、ルナの荒ぶる心に、微かな安らぎをもたらした。

ルナは、荒い息を整える。

(私の『守りたい』という強い思いが、無意識に、過剰な『守り』を生み出した。その『守り』の気配を読まれた……のか……)

彼女は、歯を食いしばり、自問自答した。そこには、彼女が心から守りたいと願うものがいる。その感情的な強い思いが、神としての、予期せぬ『糸口いとぐち』となったのだ。


その頃、地球の軌道上、星々の静寂を破り、何もない宇宙空間が、不意に、歪み始めた。

時空が裂け、そこから、グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガの巨躯が、威圧的に姿を現した。彼は、周囲の星々や、青く輝く地球を静かに見渡した。その瞳に、地球の光が映る。

「ふむ。月の女神が護りたがっているように見えた所に来てみたが。水をたたえているが、特に特徴の無い星に見えるが……そうか。余程この星が大事と見える。……フハハハハ!」

ドン・ヴォルガの勝利を確信した高笑いが、地球の静かな宇宙空間に響き渡った。


【月詠朔:神域(旧六畳間)】

『警告。地球周辺防衛網、ドン・ヴォルガへの攻撃プロトコル開始。地球外周、多重防護壁展開。』

シロ(システム)の報告が、焦燥と共にルナの脳内に響く。

「システム! 防衛部隊、終結を急げ! ドン・ヴォルガを、この地球に一歩たりとも踏み込ませるな!」

ルナ・サクヤは、叫んだ。その瞳には、地球への侵犯に対する、かつてないほどの激しい怒りが燃え盛っていた。

『了解。しかし、対象の神力レベルは、非常に高く、防衛網では、時間稼ぎにしかならないと思われます。』

シロの声は、厳しい事実を告げていた。ルナの計画は、ドン・ヴォルガの直感と、その未知の力によって、完全に崩されたのだ。


ドン・ヴォルガは、地球防衛網からの集中砲火を受けながらも、その巨大な拳で空間を叩き割るように進んだ。ルナが構築した防衛網のエネルギーが乱射されるが、彼の神力にはまるで通用しない。一つ、また一つと、目に見えない防御ラインが切り裂かれていく。

しかし、地球に到達する前に、ルナが展開した最後の多重防護壁が、ドーーーーン!!という衝撃音と共に、彼の突進を弾き返した。ドン・ヴォルガの体は跳ね返されはしたが、すぐに体勢を立て直し、不敵な笑みを浮かべた。

「ふははは! 月の女神よ! この程度では、私を止める事は出来んぞ!」

ドン・ヴォルガは、再び地球の防護壁へと突入を開始する。彼の猛攻は止まらない。


ルナ・サクヤは、神域の床で、苦悶の表情を浮かべた。

「むむぅ〜! やってくれたわね、ドン・ヴォルガ!」

彼女は、手早く出せる手段として、掌から、暗紫色の触手を無数に展開した。それは、かつて「亜」の怪異を捕食した、神力吸収の触手だ。触手は、宇宙空間を鞭のようにしなり、ドン・ヴォルガを包み込もうと襲いかかる。

だが、ドン・ヴォルガは、その触手に捕らえられる寸前、全身から眩い光を放った。それは、ルナの神力吸収とは異なる、彼の神力に内包された「絶対排斥アブソリュート・リジェクト」の権能。触手は、そのパワーによって弾け飛び、バラバラに砕け散った。

「ふははは! 月の女神よ! こんなものか! 我を捕らえようとは、傲慢に過ぎるぞ!」

ドン・ヴォルガは、ルナの攻撃を弾き返し、さらに楽しげに高笑いした。彼の瞳には、ルナの力を完全に掌握し、打ち倒そうとする、底知れない闘志が宿っている。


ルナ・サクヤのあらゆる攻撃、あらゆる防御は、ドン・ヴォルガの前ではほとんど意味をなさなかった。彼は、着実にその地表へと迫っていく。

そして、ついに、ドン・ヴォルガの足が、地球の地表に降り立った。彼の着地によって、大地が微かに震える。


ルナ・サクヤは、神域のメインコンソールから、苦悶の表情でゆっくりと立ち上がった。彼女の瞳は、ドン・ヴォルガの足元に広がる、地球の緑豊かな大地を映し出している。

「……ほんとにやってくれるわ。ドン・ヴォルガ。予想以上よ……」

ルナの額に、冷や汗が滲む。完璧なはずの計画が崩され、最悪の事態が訪れた。


その時、ルナ・サクヤの体が、フワリと光に包まれた。彼女は、静かに、しかし決然とした表情で、ドン・ヴォルガの目の前に「転移」した。その瞬間、彼女の顔には、これまでの苦悶の影はなく、全てを見通すような、冷徹な神の顔が浮かんでいた。


「貴様が月の女神か。呼びつけておいて、この程度とは、おままごとにもならんぞ。色々策を弄しておるようだし、何かもっと面白い事を隠しておるようだが……。楽しませてくれるのだろうな?」

ドン・ヴォルガは、ルナの姿を一瞥し、侮蔑と、そして挑発的な笑みを浮かべた。彼の眼中には、目の前の少女が、まだ自分の足元にも及ばない存在として映っているようだ。


『ドン・ヴォルガの注意、貴殿に集中。惑星地球への追加干渉、一時的に停止。』

シロ(システム)の報告が、ルナの脳内に響く。その声には、焦燥の色が混じっていた。


ドン・ヴォルガが次の言葉を紡ごうとした、その刹那。

周囲の空間が、虹色の光を放ちながら、奇妙なほどに『軋み』始めた。まるで、目に見えない巨大な手が、彼らの周囲を『丸めて』いるかのようだ。ドン・ヴォルガの顔に、微かな驚愕の色が浮かんだ。

『ジュピター・ライトへの転移、実行。』

シロの無機質な報告が、ルナの脳内に響いた。

(シロ!ナイスね!これは、後でご褒美をあげましょう!)


ドン・ヴォルガはその瞬間、周囲の空間が歪むのを感じた。

「なっ……!?」

彼の言葉は途切れ、ルナ・サクヤと共に、光の粒子となって消失した。


世界に、再び静寂が戻る。地球の人々は、空が乱れ、大地が震えたことに気づき、怯えながらも、その原因を知る事はなかった。

ルナ・サクヤとドン・ヴォルガの、真の神々の戦いは、今、天の川銀河の片隅、誰も知らない小惑星で、改めて幕を開ける事となる。

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