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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第七章 銀河の揺りかご、あるいは神々の工房
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第九話:宇宙大総帥の天の川侵攻と見えざる逆鱗


ディープ・エコーの奇妙な報告から数週間。

ギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの総帥、グランド・アドミラル・ドン・ヴォルガは、苛立ちと焦燥感に苛まれていた。あの「月の女神」からの不可解な「挨拶」は、彼のプライドを深く傷つけただけでなく、天の川銀河が持つ「未開のエネルギー」への執着を、ますます募らせていた。


「くそっ! あのディープ・エコーめ、まともに報告もできぬ無能者めが! しかし、あの月の女神は、どうにも私の計算を狂わせおる……!」

ドン・ヴォルガは、極天城の巨大な旗艦「グラビトン・リーパー」の艦橋で、イラつきながら指揮を執っていた。若頭のギデオンは、その傍らで冷静に状況を分析し、ドン・ヴォルガの神経を逆撫でするような言葉を慎重に選んでいた。

「ドン・ヴォルガ様。月の女神の力は確かに未知数ですが、彼女が『ケーキのレシピ』を送ってきたのは、あるいは我々を愚弄しているだけでなく、天の川銀河が既に彼女の支配下にあるという宣言をしているつもりかもしれません。このまま放置すれば、あの天の川銀河は全て、かの女神の独占となりましょう」

ギデオンの言葉に、ドン・ヴォルガの顔が怒りで歪む。


その頃、ギャラクシー・ギルドニアの星系深部では、エージェントSシステムの暗躍が、着々と進行していた。ルナ・サクヤの指示により、天の川銀河と同様の、しかしより進化した情報・防衛ネットワークが、ギャラクシー・ギルドニアの各所に音もなく浸透していたのだ。有り余るルナティック・フォースを糧に、システムは、まるで神経が発達していくかのように、その感覚器を異銀河の隅々まで張り巡らせていく。


特に、システムが注力したのは、ドン・ヴォルガの支配下で虐げられていた「善神」たちへのアプローチだった。彼らは、ドン・ヴォルガの強権的な統治と、力による支配に苦しんでおり、内心では反発の機会を伺っていた。エージェントSは、彼らの通信に「偶然」介入し、彼らの抱える不満や、自由への渇望を増幅させるような情報を微細に流し込む。

『……我らの祈りは、届かぬのか……? この・ヴォルガは、ただ抑圧するのみなのか……』

『……異銀河に、新たな希望の光が灯ったという噂……もし、それが真実ならば……』

エージェントSは、そんな微かな「反発の種」を丹念に育て、離間の計を巧妙に進めていく。そして、ドン・ヴォルガの武力侵攻をきっかけに、彼らが内部から反旗を翻すよう、舞台を着々と整えていた。


「 こうなったら、私が直接出向くしかあるまい! 全艦に触れを出せ! 天の川銀河への遠征を開始する! 目指すは、あの月の女神の首と、未開のエネルギーの全てだ!」

ドン・ヴォルガは、立ち上がり、宇宙大総帥としての威厳を全宇宙に轟かせるかのように咆哮した。


【月詠朔:神域(旧六畳間)】


地球での「ファンタジーゾーン」のモンスター配置図を眺めていたルナ・サクヤのメイン意識が、ドン・ヴォルガの咆哮を捉え、口元に不敵な笑みを浮かべた。

(……ふふん。お招きに応じてくれたわね、ドン・ヴォルガ。シロの離間の計も、順調に進んでいるようだし。流石ね)


『ルナ・サクヤ。対象:ドン・ヴォルガの『力ある者たちの連合』の艦隊、天の川銀河への本格的侵攻を開始。予測される侵入経路を特定しました。』

シロ(システム)が、天の川銀河のホログラム上に、ドン・ヴォルガの巨大な艦隊が、一点を目指して進んでくる経路を投影する。

「よし。彼らを『お招き』する場所の最終調整よ。そして、天の川銀河の入り口に、完璧な『歓迎ゲート』を用意してあげましょう」

ルナ・サクヤは、神域のメインコンソールを操作し、銀河のホログラム上で、ドン・ヴォルガ艦隊の侵入経路を微細に調整していく。


彼女の脳裏には、ドン・ヴォルガを「ただの人」として閉じ込めるための惑星――「星」の選定や、そこに至る宙空の選定、そしてそこに設置する「神力吸収フィールド」の最終設計が描かれていた。それは、単なるエネルギー吸収装置ではない。ドン・ヴォルガたちが持つ強大な神力を、天の川銀河のエネルギー循環システムへと強制的に変換し、彼らの存在そのものを「脱神化」させるための、ルナ・サクヤによる究極の「おもてなし」だった。


「シロ。神力吸収フィールドの最終調整よ。あの『食虫宇宙植物』の触手は、もっと細かく、より精密に、神力に反応するようにチューニングするの。うねうねと蠢くその姿が、ドン・ヴォルガの神経を逆撫でするようにね。あと、強制転移システムも万全に。彼らがワームホールを抜け出た瞬間、彼らの意識に干渉し、抵抗する間も与えずに惑星へと引きずり込むのよ」

ルナ・サクヤの瞳が、悪戯っぽく輝いた。

『了解しました、ルナ・サクヤ。対象:神々エネルギー吸収システムを起動。外観イメージを再調整。強制転移システムを構築します。』

シロが、神力吸収フィールドのホログラムを調整していく。触手がより有機的に、おぞましくも美しく蠢く姿は、ルナの美的センスと、相手への容赦ない「おもてなし」の心が融合した結果だった。

『なお、ドン・ヴォルガ艦隊が天の川銀河に侵入する際に開くワームホールに対し、多重の神力吸収フィールドを不可視で設置します。これにより、彼らの神力を一部先行して吸収し、より効果的な『歓迎』を可能とします。』

シロが淡々と追加提案する。


「あら、シロ。いいわね、それ! 先行して力を削いでおけば、後が楽になる。抜かりがないわ。にひひっ」

ルナ・サクヤは、満足げに笑った。


同時に、天の川銀河のゲートとなる宙域には「神力吸収フィールド」が、静かに、そして不可視の状態で構築されていく。これは、ドン・ヴォルガたちが意識しないうちに、その神力を微量ずつ奪っていくための、ルナによる最初の「歓迎」だった。

遠い銀河の彼方で、ルナの掌の上で踊らされる神々。彼らはまだ知らない。自分たちが踏み入ろうとしている銀河が、既に「月の女神」の巨大なチェスボードと化していることを。そして、その入り口には、彼らをただの人間に変えるための、究極の「神力養殖場」が待ち構えていることを。


ドン・ヴォルガの大艦隊は、着実にその目的地へと向かっていく。

天の川銀河の運命を賭けた、壮大な戦いの幕が、今、静かに、しかし確実に開かれようとしていた。

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