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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
序章 六畳間の戦場
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第一話:ノイズ


 月詠朔つきよみ さくの世界は、正確には彼女の住むマンション703号室、その中でも主に自室の六畳間で完結していた。カーテンは一年を通じて閉め切られ、唯一の光源は大型モニターが放つ青白い光と、天井のLEDシーリングライトの最も暗い設定。空気清浄機が立てる静かな駆動音だけが、部屋の沈黙を破る常連だった。


 中学一年生。籍だけは置いている通信制中学の授業も、このモニター越しに行われる。といっても、朔が積極的に参加することは皆無に近い。課題は最低限こなし、送られてくる動画教材はBGM代わりに流しておくだけ。教師や他の生徒の顔など、ここ一年以上まともに見た記憶はなかった。


 両親は、彼女が小学五年の時に空の上で消えた。遺された莫大な遺産と、それを運用するための最低限の知識は、元々出来の良すぎた彼女にとって、大人を介さずとも生きる術を与えてくれた。そして、その直後に起きた家政婦による裏切りと、それを自力で解決した経験は、彼女から人間への信頼という感情を綺麗さっぱり消し去った。以来、食事も生活用品も全てネットスーパー。配達員とはインターホン越しに数言交わすだけ。それすら億劫な時は、置き配を指定する徹底ぶりだ。


 その日も、さくはいつものようにベッドの上、背中にクッションをいくつも重ねて身を起こし、膝に乗せたノートパソコンで意味もなくネットの海を漂っていた。流れてくる膨大な情報。真偽も定かでないゴシップ、誰かの悪意、虚しい自己顕示。どれもこれも、朔にとっては遠い世界の出来事で、クリック一つで消せるノイズでしかなかった。


 不意に、キーン、という鋭い耳鳴りがした。

(またか…)

 最近時々ある、原因不明の耳鳴り。すぐに治まるだろうと、朔は特に気にも留めず、マウスを操作しようとした。


 その瞬間だった。


『――警告』


 声ではない。直接、脳の奥に響くような、冷たく無機質な「感覚」。

 朔は思わず動きを止めた。キーボードを叩いていた指が、カタン、と虚しい音を立てる。

 幻聴? いや、違う。これはもっと……直接的な何かだ。

 心臓が嫌な音を立て始める。なんだ、これは。


『対象座標、まもなく到達。脅威レベル、低。推奨対処人員、一名』


 立て続けに流れ込んでくる情報。意味は理解できる。しかし、その非現実的な内容に、朔の思考は追いつかない。パニックになりそうな自分を、彼女の奥深くで培われた冷静さが無理やり押さえつける。

(落ち着け。ただの疲労だ。最近、睡眠不足だったから)

 そう自分に言い聞かせようとした、その時。


 目の前に、ふわりと半透明のパネルのようなものが浮かび上がった。いや、実際に浮かんでいるわけではない。これもまた、脳内に直接投影されているイメージなのだろう。

 そこには、いくつかのシルエットが並んでいた。細長いライフルのようなもの。体にぴったりとフィットしそうな、暗色のスーツ。ゴーグルやブーツらしきものも見える。


『装備を選択。推奨:長距離射撃兵装、隠密行動支援スーツ』


 再び、あの冷たい「感覚」が響く。

 選択? 私が? 何を?

 訳が分からなかった。これは夢だ。悪い夢に違いない。そう思おうとしても、全身の毛が逆立つような、生々しい現実感がそれを許さない。

 脳裏に浮かぶシルエット。本能的に、彼女の視線はライフルと、動きやすそうでありながらも体のラインを隠せそうなスーツに引き寄せられた。もし、万が一、これが現実で、何かを選ばなければならないのなら――見つからずに、遠くから。それが最善だ。


 そう思考した瞬間、だった。


 部屋の隅、普段は段ボールが積み重ねられているだけの空間に、微かな光が集まったかと思うと、音もなく、黒いアタッシュケースと、折り畳まれたスーツのようなものが現れた。

 幻ではない。確かにそこにある。


 朔は息をのんだ。ベッドからゆっくりと足を下ろし、まるで猛獣に近づくかのように、一歩、また一歩と、その物体へとにじり寄る。

 冷たいフローリングの感触が、やけにリアルだった。



「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」

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