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  作者: 天田ら
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sh11-seed3.bk

奈緒美が亡くなってから、部屋の片隅にある小さな木箱を、直哉はどうしても開けられずにいた。


それは彼女が使っていた裁縫箱で、彼女の匂いと一緒に、思い出まで詰まっている気がしたからだ。


だが、その日の夜、直哉はふとした衝動に駆られて箱を手に取った。


光が眠りについたあと、そっと蓋を開けると――底に、不自然な厚紙の二重底があることに気づいた。

銀色のUSBは、木箱の底にひっそりと沈んでいた。

まるで、冷たい臓器のようだった。

直哉は震える指でそれを拾い上げた。

手のひらに、じわりと汗がにじむ。


古い端末を取り出すと、差し込み口がうまく合わず、二度目でようやくカチリと音がした。

小さな光がUSBの端に灯り、古びたOSがゆっくりと読み込みを開始する。


画面に、ひとつだけファイル名が浮かび上がった。


sh11-seed3.bk


直哉はそれを見つめたまま、喉を鳴らす。

何の意味もないランダム文字列。そう見えた。

だが、そう思わせるための“隠し名”だと直感した。


彼は、カーソルを震える指で動かし、クリックする。


数秒の沈黙の後、映像が始まった。


真っ白な部屋。

その中心に、椅子に座った奈緒美がいた。


彼女の髪は少し乱れ、唇は乾いている。

それでも瞳は、真っ直ぐにカメラを見ていた。


「直哉。これを見てるってことは……私、もういないんだよね。」


その声が流れた瞬間、直哉の背中を汗が一筋伝った。

心臓が、音を立てて跳ねる。

肺の奥に詰まった空気が、うまく抜けてくれない。


「この制度が何をしているか、ようやく気づいたの。

 あの子たちは、“生まれてきた”んじゃない。

 “作られて”、そして“繰り返されてる”。

 その中に、私もいる。たぶん――この体も。」


視界が揺れる。

映像の中の奈緒美は、静かに語り続ける。

だが、直哉の耳には、心臓の鼓動が重なるように鳴り響いていた。


「光は、私の娘じゃない。

 でも、私が『光』と名づけたかった誰かを、重ねてた。」


彼は額に手を当てた。

冷や汗で濡れている。

全身が、奥底から軋むような感覚に包まれていた。


「お願い。

 この制度を壊して。

 この“育成”という名の、殺戮と洗脳を、終わらせて。

 光が“誰かの影”じゃなく、“自分自身”になれるように――」


最後に、奈緒美が微笑んだ。

それは何百回も見てきたはずの笑顔だった。

だが今は違う。

今だけは、その笑顔が、恐ろしいほどの重みを持っていた。


「私は……また戻されると思う。

 胎児に。繭に。名前のない誰かに。

 でも、私のどこかが残っていれば――

 あなたに、気づいてもらえるって……信じてる。」


画面が暗転した。


部屋に沈黙が落ちる。

直哉の呼吸は乱れ、両手は汗でじっとりと濡れていた。

USBの差込口から、かすかに発熱した熱が指を焼いている気がした。


だが彼はその手を離さなかった。

まるで、そこに奈緒美の温もりがまだ残っているかのように。


考えマッスルハッスル

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