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奈緒美が亡くなってから、部屋の片隅にある小さな木箱を、直哉はどうしても開けられずにいた。
それは彼女が使っていた裁縫箱で、彼女の匂いと一緒に、思い出まで詰まっている気がしたからだ。
だが、その日の夜、直哉はふとした衝動に駆られて箱を手に取った。
光が眠りについたあと、そっと蓋を開けると――底に、不自然な厚紙の二重底があることに気づいた。
銀色のUSBは、木箱の底にひっそりと沈んでいた。
まるで、冷たい臓器のようだった。
直哉は震える指でそれを拾い上げた。
手のひらに、じわりと汗がにじむ。
古い端末を取り出すと、差し込み口がうまく合わず、二度目でようやくカチリと音がした。
小さな光がUSBの端に灯り、古びたOSがゆっくりと読み込みを開始する。
画面に、ひとつだけファイル名が浮かび上がった。
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直哉はそれを見つめたまま、喉を鳴らす。
何の意味もないランダム文字列。そう見えた。
だが、そう思わせるための“隠し名”だと直感した。
彼は、カーソルを震える指で動かし、クリックする。
数秒の沈黙の後、映像が始まった。
真っ白な部屋。
その中心に、椅子に座った奈緒美がいた。
彼女の髪は少し乱れ、唇は乾いている。
それでも瞳は、真っ直ぐにカメラを見ていた。
「直哉。これを見てるってことは……私、もういないんだよね。」
その声が流れた瞬間、直哉の背中を汗が一筋伝った。
心臓が、音を立てて跳ねる。
肺の奥に詰まった空気が、うまく抜けてくれない。
「この制度が何をしているか、ようやく気づいたの。
あの子たちは、“生まれてきた”んじゃない。
“作られて”、そして“繰り返されてる”。
その中に、私もいる。たぶん――この体も。」
視界が揺れる。
映像の中の奈緒美は、静かに語り続ける。
だが、直哉の耳には、心臓の鼓動が重なるように鳴り響いていた。
「光は、私の娘じゃない。
でも、私が『光』と名づけたかった誰かを、重ねてた。」
彼は額に手を当てた。
冷や汗で濡れている。
全身が、奥底から軋むような感覚に包まれていた。
「お願い。
この制度を壊して。
この“育成”という名の、殺戮と洗脳を、終わらせて。
光が“誰かの影”じゃなく、“自分自身”になれるように――」
最後に、奈緒美が微笑んだ。
それは何百回も見てきたはずの笑顔だった。
だが今は違う。
今だけは、その笑顔が、恐ろしいほどの重みを持っていた。
「私は……また戻されると思う。
胎児に。繭に。名前のない誰かに。
でも、私のどこかが残っていれば――
あなたに、気づいてもらえるって……信じてる。」
画面が暗転した。
部屋に沈黙が落ちる。
直哉の呼吸は乱れ、両手は汗でじっとりと濡れていた。
USBの差込口から、かすかに発熱した熱が指を焼いている気がした。
だが彼はその手を離さなかった。
まるで、そこに奈緒美の温もりがまだ残っているかのように。
考えマッスルハッスル