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ランカスト家の双子②

よろしくお願いします。

 ドゴン。ゴン。ゴリッ。

 今日も鈍い音が部屋に響き、セラフォーネは無言で眉を寄せた。


「いってぇな! いきなり殴るなよ!」

「痛くない暴力があるか! 馬鹿が! 断りを入れる暴力もあるか! 間抜け!」

「顔は止めろよ! 傷がつくだろう!」

「軍人の傷は勲章だ。お前の場合は、クソだけどな!」

「父上みたいな筋肉バカと一緒にするな!」

「筋肉バカでも何でもいい! お前みたいな性根の腐りきった奴と同じじゃなくて嬉しいよ!」

「俺のどこが腐ってるっていうんだよ!」

「それが分からないのなら、脳みそも腐ってるな!」

「……」

「この七年はセラに化けないから、反省したとばかり思っていたのに! どうしてまたセラの振りをした!」


 いつの間にかゼロ距離になった二人が床に転がり、取っ組み合いが始まった。

 止めるなんてばかばかしいことは、誰もしない。この二人の喧嘩に巻き込まれ、大怪我をした者は両手両足でも足りないのだ……。

 脳筋だけでなく猛将とも呼ばれる人類最強の男と一歩も引けを取らない戦いをして、未だに「俺と父上は違う!」と言い張るイオニスがある意味すごいなとセラフォーネは思う。


「反省? 何を言っているんだ? そんなものはしていない」

 全く悪びれない態度に呆気にとられたのは、父親だけではない。部屋にいる全員が固まった。


「……セラの名誉を傷つけたことに気づいて反省したのではないのか……?」

 誰もが考える当たり前の疑問に、今度はイオニスが呆気にとられていた。

 この噛み合わない状況下では、殴り合う気持ちも失せてしまう。


「俺がセラを傷つけた? そんな訳ないだろう。今回だってクソみたいな王命を出した国王(クズ)に、これ以上セラに手を出したら許さないと分からせに行ったまでだ」

 自信満々に反り返ったイオニスの胸に、父親の拳がめり込んだ。

「馬鹿か! それならサクッと国王を殺せば済む話だろう! それをわざわざセラのふりなんかしやがって! お前のせいで可愛い妹は毒薔薇なんて不名誉な呼称で呼ばれているんだぞ! これ以上評判を下げて何が楽しいんだ!」

「……それは……、セラが嫁にいかないために……」

「セラを手放したくなくて、それを容認した私にも罪がある。だが、今までと状況が変わったことぐらい気が付け! それが分からないなら死ね! 一度死んで、心を入れ替えろ!」


 サクッと国王を殺すのはどうかと思うが、セラフォーネに成りすますことはなかった。それにはセラフォーネも同感だ。イオニスも今更気づいたようで、歯をむき出しにして言葉に詰まっている。


 王命によって、セラフォーネはヘルムート家に嫁ぐ。毒薔薇を再登場させれば、悪評を蒸し返すことになる。それによってヘルムート家の対応がどうなるかなんて考えるまでもない。やっと理解し始めたイオニスに、冷え冷えと恐ろしい声が追い打ちをかける。


「理由なんかないわよね? 久しぶりにドレスを作って、セラになって注目を浴びたかっただけだもの」

 辛辣な嫌味は的を得ている。イオニスの目が泳いだ。


 部屋にはいなかったはずの発言者は、笑っているのに全く笑っていない。床にへばりつくイオニスに、強烈な軽蔑の目を向けて言い放った。


「うっきうきでドレスを作っていたって、店のマダムから聞いたわよ?」


 そう吐き捨てたのは、双子の乳兄妹でもあるシェイラだ。

 双子にとって本物の兄妹同然のシェイラは、ランカスト親子の喧嘩を止められる数少ない存在だ。この場を収めるために、家令が大急ぎで呼んできた最強の助っ人だ。

 そのシェイラの言葉にイオニス気がまずそうに視線を逸らすから、父親がまたキレた。


「お前、ふざけんなよ! そんな理由で、これから嫁にいくセラの未来を滅茶苦茶にしたのか!」

「うるさい! そもそも、王命なんて拒否すればよかったんだ! セラはずっとランカスト家にいるはずだった!」

 それを言われてしまうと家族どころか領民だってみんなが共犯者だ。誰も何も言えなくなる……。


 貴族至上主義であるカイリッジ国の貴族としては異色で、ランカス家は代々領民との距離が近い。領民から尊敬され愛される家だ。

 その中でもセラフォーネが特に愛されているのは、本人の献身的な努力の賜物だ。それを本人が全く自覚していないからこそ、余計に手放せなくなるのが人の性というもの。ランカスト領をあげてセラフォーネの縁談を断固阻止してきた理由だ。


 ランカスト家は強いだけではない。大きな貿易港をいくつも持ち、別大陸の国ともつながりが深い。深いどころか、王家なんて足元に及ばないくらいの影響力を持っている。

 そんな旨味がある家の娘が放っておかれるはずがない。

 国内外の貴族なら、辺境伯の一睨みで拒否できる。だがそれが他国の王族となると面倒なことになる。


 他国の王族がセラフォーネに求婚する場合、まず最初にカイリッジ国王に断りを入れる。これが厄介の素だ。相手国に恩を売りたい国王によって外交材料にされるのは目に見えていた。


 他国の王族の花嫁リストから名前を消すために役に立ったのが、腹立たしいことに毒薔薇だった。

 令嬢どころか人として問題しかなく災厄でしかない上にランカスト家の厄介者となれば、嫁にもらっても実家の援助は見込めない。そんな奴を嫁にしようなんて考えるはずもなく、セラフォーネへの求婚は潮が引くように消えた。


「……王命だぞ?」

 ピクリと眉を動かした父に向かって、イオニスは言い返した。

「国王なんて殺せばいいんだろう? その場で首でも落としてやればよかったんだ! 父上なら簡単だろう!」

「殺したら、ひ弱な国軍が攻めくる。あんなのは鼻毛を抜くより簡単に殲滅できる。そのせいで、うっかり俺が王にされたらどうする? そうなればセラは王女だぞ? 今まで以上に外国の王族から狙われる!」

「じゃぁ、何で殺せって言ったんだよ!」

「馬鹿か! 夜会みたいな目立つ場所で殺せなんて言っていない! 場所を選んで、効果的にやれと言っているんだ!」

「それだった……!」

 呆然と呟いたイオニスは、悔しさ全開で唇が引きちぎれそうなほど強く噛んだ。


「考えなし」

 凍り付くほど冷たい声でそう言い捨てたシェイラのおかげで、暑苦しい喧嘩で熱気のこもった部屋が見事に凍り付いた。


 当事者二人が黙り込んだところで、ずっと黙っていたセラフォーネが一歩前に出た。

「父上」

 これだけ自分のことで揉めているのに怒っても悲しんでもいない、いつも通りの淡々とした声だ。

 一番の被害者なのに、まるで他人事のようにも見える。それがまた、父親の胸を抉る。


「……セラ。すまない。このバカを……、こんなバカを野放しにした父を許してくれ!」

 父は今にも泣き出しそうに声を絞り出した。


 ガックリと床に手をついた父と兄を前に、セラフォーネは一度肩をすくませ息を吐き出した。

「私も一応は、貴族の娘であると認識しています。王命に関わらず、任務とあらば、どこにだって嫁ぎます」

「任務……」と呟いて、父は絶句した。


 いつだって娘の幸せを願っていたはずなのに、結婚までが任務だと思われている現実。親子どころか、主従関係……。

 さすがに亡き妻に申し訳が立たなくて、目の前が真っ暗だ。

 だが、セラフォーネの言葉はそれでは終わらずに「ただ……」と続いた。

「父上がこの王命を受けた理由を知りたいのです」

 父親のショックなど眼中にないセラフォーネは、どこか期待に満ちた顔をしている。


 セラフォーネが嫁ぐことを阻止したいランカストの人間の中で、誰よりも娘を手放す気のないのが父親だ。

 不名誉な称号で娘の未来が汚されることを、見ない振りまでしたのだ。王命だろうが絶対に断ると誰もが思っていた。それが、あっさりと受け入れた。

 父親が王命を受けたのには、何か理由があると思うのはセラフォーネだけではない。


「ヘルムート家を、私に探らせるためですね」


 飴色の床に座り込んで自分を見上げる父を前に、セラフォーネはよろけて一歩後ろに下がった。


(何だ? 何なんだ? この親からはぐれた子供みたいな目は……。悲しすぎるだろう? 失望しすぎだろう? どうしたというんだ? 私は何か、間違えたか? 父上は私の気持ちを汲んでくれたのではない? えぇぇぇっ!)


 セラフォーネはランカスト辺境伯軍の兵士だが、軍お抱えの薬師でもある。

 軍人としての鍛錬や努力を欠かしたことも手を抜いたこともないが、薬に対する探究心はまた別物だ。

 そのセラフォーネがずっと追い続けているのが、隣国ナリル国で作られている麻薬だ。

 国が、しかも軍が中心となって薬を作っていることは分かっている。ただの麻薬で終わらせる気がないことも。だが、そのことを証明する証拠を、セラフォーネはまだ見つけられていない。


 麻薬に関わる全てを根絶やしにしたいセラフォーネにとって、今回の王命は希望の光だった。

 麻薬がヘルムート家を経由してカイリッジ国に密輸されている疑惑があったからだ。

 真偽については様々あるが、まずは調べないことには始まらない。ただ……問題は、どうやってヘルムート家に入り込むかということだった。


 ヘルムート家は特殊な家で、国内の社交は断っている。そんな閉ざされた家を探るには、妻という立場以上にもってこいなものはない。

 ヘルムート家に入り込む手段に頭を悩ませていたセラフォーネにとって、父親の王命了承は「好きなだけやってこいや!」というゴーサインなのだと今の今まで思っていたのだが……。


 父親はガックリと床に手をついたまま、声にならない呻きのようなものを吐き出している。なぜか滅茶苦茶悔いていて、セラフォーネだけでなく誰も声をかけることができない。


 部屋に苦々しい何かが充満した頃、ようやく立ち上がった父親がセラフォーネの前に立った。

 百八十センチと女性としては大きいセラフォーネでも、二メートルを超える巨体は見上げるしかない。

 見上げた先にある父の顔は、いつもセラフォーネに向けられる穏やかな表情だ。

 傷だらけの大きくて固くて強い手がセラフォーネの頭に置かれ、じんわりと温かさが広がる。


「王命を承諾したのは……ジェネストとなら、セラが幸せになれるからだ」


読んでいただき、ありがとうございました

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