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ランカスト家の双子①

よろしくお願いします。

 カイリッジ国は大きくも小さくもない国だが、立地状況はちょっと特殊だ。丸い小島が大きな大陸に流れ着いてしまったというか、陸地の一番に端っこに引っ付いていている様子は「大陸の尻尾」とも呼ばれている。それ以外は、どこにでもある平凡な国だ。 


 ランカスト辺境伯家があるのは、カイリッジ国の北の外れだ。丸い尻尾のように大陸にくっついている部分で、唯一国境を有している場所になる。

 国境を挟むのは、スールキロン国とナリル国。スールキロン国とは友好条約を結んでいて、国境の侵略はない。ここ三十年ほど飽くことなく国境に攻め込んでくるのが、好戦的すぎるナリル国だ。

 ランカスト家にとって争いの場となるのは、地つなぎの領土だけではない。海だって戦場だ。


 国のほぼすべてが海に面しているだけあって、カイリッジ国には港が多い。その中でも特に発展した港をもっているのが、ランカスト家だ。

 複数の大陸との交易が盛んで、港は「海の宝石箱」と呼ばれるほど美しい街並みだ。世界中の品で溢れていて、観光都市でもある。

 おかげで船の積み荷やらを狙う海賊が後を絶たない。


 とにかく自領を守るのに忙しいランカスト家は、非常事態に備えて滅多に領地から出ない。出られない。

 今回のようにランカスト辺境伯家当主であるルーベンスと二人の子供が揃って王都のタウンハウスに滞在しているのは異例だ。

 どうしてこんな状態になったかと言えば、やっぱり王命が影響している。

 双子の片割れ、セラフォーネの結婚。これはランカスト家にも大きな混乱をもたらした。



 長い夜が終わり、いつの間にか厚い雲がきれていた。まだ暗い山々の間から、黄金色の光が幾筋も伸びてくる。

 この朝日が昇れば、ランカスト一家は領地に戻る。帰り支度も済んでおり、後は出発するだけ。誰もがその時を待ちわびていた。


 ランカスト領を愛する者たちにとって、王都は気分を害する場所でしかない。

 お気楽貴族の見え透いた言葉や、自分たちが守られている自覚なくランカスト家を貶める態度。それはもう、言い出したらキリがない。辺境伯が剣を抜かずに耐え抜いたのは奇跡だ。

 とにかくもう、不快でしかない王都からさっさと離れたい。あと数時間でみんなの総意が叶うというのに、長年仕えている冷静な家令が体当たり同然で当主の部屋に転がり込んだ。

「ルーベンスさまぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 完全な異常事態だ……。


 半泣き状態の家令から事情を聞いた当主は、頭を抱えたままベッドから床に落ちた。

 常に危険と隣り合わせの男でさえ、我を失う話だ。だが呆然としている時間はないと自らの頬を張り、すぐに正気を取り戻す。


「今すぐに二人を執務室に呼べ!」


 黄金色が眩しさを増す空を叩き割るようなルーベンス・ランカスト辺境伯の声で、地響きのように屋敷が揺れた。

 二メートルを超える大男の腹からの怒鳴り声だ。家令が呼びに行くことなく、二人にもしっかり伝わった。



 飴色に磨き上げられた家具と傷だらけの鎧と剣が並ぶ執務室なんて、普通は息苦しさしか感じない。これを普通と思えるのは、争いに慣れてしまっている証拠だ。

 呼び出された二人は、もちろん何も感じていない。多分、なぜ呼ばれたかも分かっていない……。

 並んで立つ二人は、双子らしく身長も体形もそう変わらない。顔に至っては目も髪も同じ色で、見分けがつかないほど似ているのは男女としては珍しい。

 ……同じなのに色んな意味で真逆の二人を見て、父は苦し気に目を閉じた。


「セラ……」

 早朝だというのに薄汚れた軍服を着て、瑠璃色の目を血走らせているセラフォーネ。赤いストレートの髪は妙にごわついているし、家令が執務室の窓を開けて走るほど臭う。

「どうして、そんなにも油臭い……?」

「昨晩、油をかけられたせいですね」

 よどみない答えは、疑問しか生まない。


 言葉が足りていないせいで意味は分からないが、よく見れば軍服は煤で汚れているだけでなく焦げてところどころ穴が空いているし、前髪も焦げて縮れている……。

 命の危険があったことは一目瞭然だ。毎度のことながら、ルーベンスは自分を呪った。こうなったのは、全部自分のせいだ。と……。


「無事でよかった。だが…………風呂に入っていないのか? 着替えていないのか? 寝ていないのか? ずっと仕事をしていたのか?」

 次々と飛んでくる質問に簡潔に答えるため、セラフォーネは「早く父上に報告書を提出する必要がありましたので」と昨日の顛末を書いた書類を机にドンと積み上げ説明を始める。

「薬を仕入れようとしていたのは、ソラド侯爵家でした。先日薬の過剰摂取で発狂したコロネド伯爵から紹介されたと言っています」

 ソラド侯爵は騎士団の幹部だ。そんな人物が薬物に手を染めているだけでも恐ろしいのに、国の機密事項まで漏らしていた。

「こちらの情報は根こそぎ取られて、相手のことはほぼ何も知らないという。馬鹿すぎて言葉を失う事態です」

「……そうか……。あ、ありがとう……」


 危険な薬物の取引を阻止し、密売組織をあと一歩まで追い詰めた。加えて捕まえた者たちの事情聴取も一晩で終わらせている。指揮官としては立派な仕事だが、父が聞きたかったことではない……。

 炎というトラウマに苦しんだことを心配していても、それを言葉にできない溝が親子には存在する。それを今、解決することはできない。

 とりあえずは、まずはこっちをどうにかしなければ……。父はあられもない姿をした、もう一人の双子の片割れを見た。


「イオニス……」

「顔を洗って今から寝ようと思ってたのに、何だよ」


 何だよ? この状況で出てくる言葉が、何だよ?  いつも通りと言えばそうなのかもしれないが、父親として今日という今日はイオニスを許す気はない。


 不機嫌に細められたイオニスの瑠璃色の目には、キラキラのけばい化粧が施されたままだ。むせ返る香水の香り、赤い真っ直ぐで艶やかな髪、唇も紅くテラテラと光っている。そして……、薄ピンク色のネグリジェ……。

 もう、どこから怒ればいいのか分からない。どのカードを引いても怒りなのに、怒りすぎてどのカードから選べばいいのか分からないのだ。


 父親の気持ちを察した? セラフォーネが先に「イオニス……、ネグリジェ姿で屋敷内をうろつくのは止めておけ」と呆れた顔をした。

 言われたイオニスは「別に見られて減るものじゃない」と言い返す。

 父が頑丈な執務机を割れんばかりに殴りつけたせいで、セラフォーネの報告書が床に散らばった。

「馬鹿者! お前のその軽率な行動のせいで、セラの何かが減るんだ!」


 大陸中どころか別大陸でも知らない者がいないほどの強さを誇る父親は、戦となれば軍神が憑りついたように暴れ回り、今まで一度たりとも負けたことがない。

 だが……、双子の話になると、その威厳は消えてなくなる。今も傷だらけの右手で目頭を押さえ、項垂れそうな頭を何とか支えている状態だ。


「こうなったのは全部私のせいだから言いたくはないが……」

 弱弱しい父親の声には、ありとあらゆる後悔と反省がにじみ出ている。

 ため息を吐き出して目頭を押さえていた手をどければ、自分の命より大事な双子がいる。本来とは変わり果てた姿で……。


「お前ら、逆だろう!」

 そう言うと、父親は二人を交互に指さす。

「もうすぐ嫁入りする妹が軍服を着て寝る間も惜しんで仕事をして、兄のお前がどうして朝帰りのネグリジェ姿で家の中をうろついているんだ!」

「それは、父上が好きに生きろって言ったからだろう?」

 イオニスの言葉に、セラフォーネもうなずいている。

「あぁ、言った。言ったよ……。でも、ここまでおかしくなるなんて、普通は思わないだろう!」

 父は叫んだ。絶望の叫びだ。


 汚れた軍服姿で油臭い妹と、ネグリジェ姿で香水臭い兄。二人は同じ顔を見合わせると、納得いかない様子で首をかしげた。

 自分の叫びは届かなかったことに父は気づいたが、今日こそはこのまま項垂れているわけにはいかない。


「あぁ、後悔しているよ! 私は間違えた! 最愛の妻が死んで、私は思った。こんなにかわいい双子の成長が見られないなんて、エレーヌはさぞ悔しかっただろうと。だから、彼女の分も私が愛すと決めたんだ!」



 双子の母は産後に体調を崩してしまい、二人が六歳を迎える前に亡くなった。

 かわいい子供の成長を見られない妻のために、自分たちのせいで母が死んだなんて双子に露程思わせないために、父親は愛情をこれでもかと注いだ。

 元々が愛情深い男だ。愛情に底がなかった。

 元々が楽観的な男だ。物事を先まで考えなかった。

 自分や妻がそうだったように、思うように自由に生きることが幸せになれる一番の方法だと信じていた。

 そうやって気づけば、双子の役割が逆転していた……。


 身体と心の性別が逆だったわけではない。イオニスはセラフォーネに、セラフォーネはイオニスにと、双子はお互いの立場を入れ替えたのだ。

 この異常事態の原因は、母親が亡くなったことが一番だった。まぁ、理由も理由だし、家の中だけならよしとしたのがいけなかったと今なら分かる……。

 セラフォーネはともかく、手をつけられないほどイオニスは暴走していった。


 カイリッジ国では貴族令嬢が十歳になると、子供同士のお茶会が始まる。

 その頃のセラフォーネには、「美しいけれど……」という前置きがつくようになっていた。その後に続くのは「わがまま、高飛車、傲慢」等の諸々の悪評。もちろんセラフォーネになりすましたイオニスの仕業だ。

 とはいってもセラフォーネ(イオニス)が飛びぬけて美しいやっかみが多分に含まれていたし、高位貴族の令嬢には同じような評判の者が数名はいたこともあり、まだ許容範囲だと思ってしまった。

 だがそれも、年齢が上がるほどにセラフォーネの評判が独走して無双状態になっていった……。

 女? であることを利用した奔放さと悪女ぶりが世間の噂を席巻したのだ。その結果が、悪女の中の最高峰『毒薔薇』の称号だ。

 いくらなんでもさすがにまずい。セラフォーネの未来を考えれば、一秒でも早く手を打って名誉を回復させるべきだ。

 父だってそう考えたが、様々な思惑が絡まって実行できなかった……。

 それでも父は、イオニスがやらかす度に何度も言い聞かせてきた。拳で。


読んでいただき、ありがとうございました。

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