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プロローグ 後編


「こら……っ……相馬柚月!!さっさと起きなさい」


突如として、サカセンの怒号が飛んでくる。


それと同時に、クラスメイトほぼ全員の視線が教壇の方から中央列の一番後ろにある柚月の席へと注がれる。


「ちょ……っ__ちょっと、柚月……早く起きなって!!」


「うぅん………もう、ちょっとだけ〜…………」


隣の席にいる美紀に肩を少し強めに揺さぶられ、ようやく微睡みの世界から戻ってくる。

 

目覚めたばかりで体が浮くような心地良さを抱いていたものの、その直後にサカセンの吊り上がった目と怒りのあまり教壇をダンッと勢いよく叩く姿を目の当たりにした途端に、そんな心地良さは一瞬の内に消え去っていき、柚月は顔面蒼白になってしまう。


サカセンだけは、この学校の他の教師と違って柚月をえこひいきしたり、媚びへつらうようなことはしない。思えば、この高校に入学してから村の中で権力のある柚月の両親の(特に父親)の存在を引き合いに出して過剰な対応をしたりは一切しなかった。


柚月の成績が悪ければ「もうちょっと、どうにかならんのか?こればっかりは、自分で努力するしかないぞ」とハッキリ言うし、今みたいに柚月の行動が悪いことだと判断すれば、きちんと叱ってくれる。


ただ、いくら周りの生徒達と分別なく接してくれていても怖いものは怖い。


(やっぱり……いくら星を見るのが好きとはいえ、夜更かしなんてするんじゃなかった)



____と、昨夜のことを後悔した直後のことだ。


突如として、何処かから複数人の笑い声が聞こえてきたことに気付く。すぐに辺りを見回してみるが、特に他のクラスメイトが自分に対して笑いの表情を浮かべた素振りは感じられず笑い声をあげたのが誰だか明確には判断できない。


(何よ、からかうことないじゃない…………確かに居眠りしてたのは事実だけど____)



あまりの恥ずかしさから、穴があったら入りたいと願った柚月だったが、そういう訳にもいかず素直に非を認めてサカセンへ謝る。


すると、今度は右隣にいる美紀の隣にいる窓際の席の方から視線を感じたため、そっちへと目を向ける。


うちの高校の他の二組のクラスに比べて、色々な個性を持っているクラスメイトの中でも《少し変わり者》だと評判の【古瀬日向】の席だ。


そして、柚月は彼と同じクラスになってからというもの碌に会話したことがない。せいぜい何度か挨拶したことがあるくらいだろうか。


そもそも、日向自身の性格が人見知りのようで、自分よりも遥かに男子とも砕けた感じで会話するコミュ力の高い美紀ですら、彼とは碌に関わっている場面を見たことがない。


(そんな彼が………どうして、私を見てるのよ……意味分かんないんだけど____)


不快とはいかないまでもモヤモヤした気分になった柚月は、明確な理由が分からないままそっぽを向くのが悔しくなった。


そのため、凄く短い間とはいえども、互いを見つめ合う形となった。


しかし、結局は何も分からないまま日向の方からそっぽを向くことになる。


まだ、誰かの笑い声は聞こえてきている。


訝しげな表情を浮かべている柚月をそっちのけで、世界史の授業は再開する。


「先生……さっきの授業の続きですけど、古代エジプトを生きた***ク*ーラーって………どんな人だったのでしょうか?」


「ああ、古瀬か…………すまん、よく聞こえなかった。お前、まださっきのことを言っていたのか?だから、それについては実在しているかどうかも怪しいと言っただろう?それよりも、皆もよく知っているトゥトアンクアメン王はだな、即位する前はツタンカーメンと呼ばれていて____」


「ぼ……っ___僕は真剣に聞いているんです!!」 


今度は柚月にではなく、一斉に日向の方へ皆の視線が突き刺さる。その中には明らかに侮蔑の表情を浮かべながら笑い声を必死で堪えている者もいる。 


むろん、サカセンに怒られたくないからだ。


柚月にも、日向の言葉の一部がサカセンだけでなく柚月にも聞こえてこなかった。まるで、ラジオを聞いている時に突如としてノイズが走った時のような奇妙な感覚に陥る。


「あ〜ほら、ほら。日向ってば皆が驚いてるだろ?注目集めんのは、オレだけで充分――な〜んてな……っ……」


殆どのクラスメイトが日向に対して侮蔑の表情を浮かべ、中には嘲笑する者がいる中で唯一【長谷川湊】だけは持ち前のコミュ力を駆使して日向を庇う。流石は、一部の熱狂的なファンである女子達から《お調子者のイケメン》だと持て囃されるだけのことはある。


その後、日向の幼馴染かつ親友である湊によって教室内の雰囲気は先程とはうってかわって明るくなるのだった。



       *  *  *



後日、体育の授業中のこと___。


とても暑い日で、太陽が照りつけたかと思えば雲間に隠れたりを繰り返していた。湿気が酷いとはいえ、天気予報で熱中症警戒注意報が出ていた訳ではなかったため、つい油断していたのだ。

 それは、柚月だけでなく体育教師もそのようで柚月達はグラウンドを何周も走らされていた。


ただ、他の皆は水分補給を怠らなかった。


柚月はといえば、そもそも水筒すら持ってきていなかったのだ。だから、柚月が強烈な目眩と頭痛に襲われて突然倒れてしまったのは別段おかしいことではなかったのだろう。


ここで一度、柚月の意識は途切れてしまう。


       *  *  *

 

「ん……っ…………」


柚月が目を覚ました時には、既に窓から夕日の光が差し込んできていた。そのおかげで既に授業が終わり放課後になったことを察した。

 更に、保健室の先生のメモ書きが置いてあることに気付く。

 それは両親に連絡してあるから、ここで待っていなさいというもので、これについては納得できた。


「だ……っ……大丈夫___相馬さん?」


しかし、困惑した表情を浮かべる日向だけがいて二人きりなのは、すぐには納得できない。


「どうして、古瀬くんがここにいるの?保健委員は美紀と湊くんの筈でしょ?」


日向は、それ以降黙り込んでしまい少しの間は沈黙が訪れる。教室では、あれほど此方を見つめてきた日向。


だが、今はそれもなく目が合いそうになるとすぐにそっぽを向かれてしまい、何だか無性に腹の虫の居所が悪くなった。


結局は柚月から話を切り出すことになってしまう。


「ねえ、古瀬くんさ……さっきの世界史の授業ではあんなにイキイキしてたじゃない?それなのに……今はこっちを見ようともせずに質問に答えないわけ?それ、ハッキリ言ってかなり失礼よ」


「ご………っ……ごめん。その、金守さんに言われて断りきれなくて。僕なんかが、君を運んできて……ごめん」



「あなたって、そうやって謝ってばっかりなのね。せっかく同じ趣味の人が身近にいるって分かって……嬉しかったのに____」

 

亞夜子の名前が唐突に出てきたことで、柚月の腹の虫の居所は更に悪くなる。


しかし、そんなことなどお構いなしといわんばかりに別人のように日向の顔付きが変わる。


「相馬さんも、古代エジプトについて興味があるの?」


「ええ、そうよ。明日から夏休みでしょ……お父様には勉強のためって口実で許して貰ったんだけど、一人でエジプト旅行に行くの。もちろん歴史的にも有名なピラミッドや王家の谷にも行く予定よ」


あまりの変わり様に少し引き気味になりながらも、こくりと頷いてから夏休みを利用してエジプト旅行することを目を輝かせ子どものように好奇心旺盛な日向へ告げる。  


そこから、二人は柚月の両親が迎えに来るまで古代エジプトの話題で盛り上がる。彼の従姉妹がエジプトに在住しているという然程大したこともない秘密も聞くことができた。

 


       *  *  *


(結局スマホの番号を交換し合っちゃった………まさか、古瀬くんとあんなに会話することになるなんて………)


柚月は、夜空を眺めて田舎ならではの無数に散らばる宝石のように魅惑的な星々を見つめ続ける。

 明日からエジプト旅行のため、キャリーケースに荷物を詰める作業をしていたが、あまりの星々の美しさに見惚れて休憩がてら星見をすることにしたのだ。


そんな中で、またしても不思議な現象が起こってしまう。今度は突如として、目眩と激しい耳鳴りに襲われて咄嗟に閉じた瞼の裏に不可解な映像が浮かんでくる。


世界史の教科書に出てきた古代エジプト時代の衣装を身に纏った顔は明確には見えない男が、おそらく尻もちをついた状態である《柚月》へ向かって何か武器のような長いものを手にしながら襲いかかろうとしてくる奇妙な映像だ。


すぐにそれは消え去ったけれど、途轍もない不安に襲われる。果たして、単身でエジプト旅行をしても大丈夫なのかと暫く葛藤して柚月は普段なら絶対に身に付けられない《上品かワンピースが似合うお嬢様》とは程遠いイメージの青い長袖Tシャツと黒の長ズボンをキャリーケースへと詰め込むのだった。  


      *  *  *



翌日、空港内にて____。


美紀と汐織が、見送りにきてくれる。


「あれ、美紀………それ白石のおばあちゃんがくれた赤いリボンじゃない。何処にあったの?」


「それがさぁ、散々探した後でロッカーを見てみたら普通にそこにあったんだよね。世の中不思議なこともあるもんよ、まっ……見つかったから別にいいんだけどさ。それよりも、日本と違って、治安が良いとはいえないんだから気を付けてよね?」

 


満面の笑みを浮かべる二人に見送られ、柚月は意気揚々と飛行機へ搭乗する。


日向は、その飛行機が飛び去っていくのを、待合室の窓際からひっそりと見送るのだった。



      《プロローグ 終》


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