第6話
翌日、敢えて人通りの多い時間を選んであんじゅのスマホを回収し、四人はそれぞれに帰宅した。
見たことを知られてはいけない。そんな気がした。無かったことにしよう。誰も、何も見ていない。動画は削除され、彼らの間で昨夜の出来事はタブーとなった。
理科室に行くこともなく、授業が終われば明るいうちに、そそくさと家に帰る。そんな日が続くうちに、あの夜見たことは本当に起きた事なのか、夢ではなかったのかと思う瞬間がある。しかし、他の誰かと目を合わせ、瞳の奥に同じ記憶を見てしまうことで、淡い望みはすぐに砕け散った。
恐ろしかった。見なければよかった。
一学期が終わり、明日から夏休みが始まる。終業式を終えて教室を出た四人は、久しぶりに理科室に寄ってみることにした。
「山口先生、こんにちは~」
扉を開けると、フラスコを持った美紀が驚いたように振り返った。
「あら、久しぶりね」
窓から差し込む初夏の日差しが眩しい。変わらない笑顔にホッとした四人は、我先にと美紀のもとに駆け寄った。
そろそろヒグラシが鳴き出そうかという頃の夏の宵、鎮守の森商店街では恒例の夏祭りが催された。東筋西筋両方に神社の紋が入った提灯が吊るされ、それぞれの店が屋台を出す。ヨーヨー釣り、金魚すくい、綿飴や射的など、昔ながらの屋台は古ぼけており、今の子供達を楽しませる程の魅力はない。
あんじゅ、りり、つばさ、ひまりの四人は、喫茶ラガールにいた。店が混んでいるときは追い出されるのだが、今日はそれ程でもなく、四人はひまりの母が出してくれたジュースにありついた。
「今日は人出も多いから大丈夫だって」
早々とグラスを空にしたつばさが口を開いた。
「ここ二か月ほど、夜に出歩くことなんてなかったもんなあ。久々に祭りもいいじゃん」
あんじゅが言い、りりとひまりの顔を見る。
「お化け、出ないよね」
心細そうにりりが言う。ひまりが「大丈夫」というように、りりの背中を軽く叩いた。
「始まってるよ。さあ行こ」
賑やかな祭囃子が聞こえる。もちろん、ラジカセによるものだ。四人は店を出て、商店街を歩き始めた。
アーケードが無い商店街は夜空に提灯の灯りが映え、それなりに綺麗な眺めだった。とりあえず姫りんごの飴を買い、そぞろ歩くうちに少しずつ気分が高揚する。
「何だか楽しくなって来ちゃった」
りりが言う。
「子供だましも、まあ悪くないかもな」
自分が褒められたように、つばさが照れた。
金魚すくいに射的、ヨーヨー釣り。商店街なので代金は安い。子供向けの祭りを楽しむ間に、時間は過ぎていった。
「福引やってるよ。行こ!」
カランカランと鳴る鐘の音を聞いて、ひまりが先を指さす。四人は音の鳴る方に向かって駆け出した。
人だかりが見えた。隙間を縫って前に出た四人の足が止まる。鐘を振っているのは時計屋のおやじだった。そこに福引のガラガラは無く、代わりに見たことのない黒い箱が置かれていた。
おやじの頭に着けられている狐の面を見て、ひまりがヒッと声を立てた。後ずさる四人の背中が何かにぶつかる。両手を広げて彼らを留める者があった。
「山口先生」
狐の面を頭に載せた山口美紀が、少し緊張した笑顔を見せる。
「始まるわよ」
時計屋のおやじが鐘を振る。
「さあ、本日のメインイベント。とくとご覧あれ」