第52話
「何をしている!」
誰何する声と共に複数の足音が押し寄せ、鋭い目つきの男達が日下部の前に立ちはだかった。
「仕方ねえ。悪く思うなよ」
飛び掛かってくる男の首に手刀を叩きこむ。一人、また一人。騒ぎが大きくなるにつれて足音が増えてくる。早くしろと扉に目をやった時だった。人波が二つに割れた。
遠くに白い影が見えた。
「あいつ」
暗がりに一本の線を引くように、姿勢を低くした一色が廊下を駆け抜け、日下部に迫る。
「引っ込んでな」
首根っこを捕まえようとした手がするりと躱された。壁を蹴った白装束が宙を舞う。次の瞬間、鳩尾に強烈な蹴りが入った。床に崩れた日下部がげえげえとえずくのを、一色が能面のような顔で見下ろした。拳が握られ、まさに振り上げられようとしたとき、後ろの扉が開く音がした。
「逃げろナンブツ」
こいつ、マジでやばいぞ。
再び白装束が跳ぶ。振り向く間もなく、日下部は伊佐坂が倒れる音を聞いた。
「サーシャやめて!」
悲鳴のような声がした。ようやく体の向きを変えると、倒れている伊佐坂を庇う様に膝をつく後藤美咲の姿があった。
「母が病気なの。お願い、家に帰して」
懇願する美咲の前に立つ一色の肩から力が抜け、握った拳が開かれる。呆然とした表情で立ちすくむ一色を押しのけ、信者たちが美咲の両腕を掴み引き立てた。一色が手を伸ばす。
「離せ」
掠れた声だった。伸ばされた手を、暗い目をした男が撥ね退ける。
「引っ込んでろ!」
先程の日下部と同じセリフだった。信者の一人が一色に殴りかかろうとした途端、白い影が翻り、男たちがバタバタと倒れた。
「凄え」
追い切れなかった。
「自分が何をしたのか分かっているのか」
低い声が響き、大勢の男たちが華奢な体を取り囲む。中には棒状の武器を手にしている者もいた。
すうーっと息を吐き、一色が体勢を整える。