第五話・告白《問題編》
「橘さんって、一年の横溝と付き合ってるの?」
放課後の教室で突然投げかけられた質問に、私、橘 愛良はぽかんと相手を見つめた。
日直の仕事で残っていたので、今教室にいるのは同じ日直の小林くんと私の二人。
どこか緊張した面持ちで真剣な眼差しでそう訊ねられ、その意図に戸惑った事もある。
だがそれよりも、その答えに即答できない事に気づいたのが衝撃だった。
「仲いいから、そうなのかと思ったんだけど…」
私のリアクションに答えを計りかねたのか、おずおずと言葉を続ける小林くん。
「あ、えーっと…」
とりあえず声を出しながら、私は考える。
私と幼馴染の横溝 匠…。
確かに学校以外はたいてい一緒にいるし、クリスマスや誕生日などのイベントも一緒に過ごす。
ひねくれてるから素直じゃないけど、優しいし大切にしてくれる。
私は匠が好きだし、匠だって私の事を好きなんだと思う。
だけど……好きって色々ある。
付き合おうなんていう話になった事はないし、キスするとか、恋人同士がするような事はもちろんない。
せいぜい、混んでいる場所に出かけた時にはぐれないように手を繋ぐくらい。
それって付き合ってるといえるのか…?
匠の『好き』だって、もしかしたらただの幼馴染としてかもしれない……。
「付き合ってるわけじゃないよ」
「そうなんだ」
自分の考えに半ば落ち込みながらそう答えると、ほっとしたように微笑む小林くん。
意を決したように私を見つめると、再び口を開く。
「だったら、俺と付き合ってください。ずっと好きだったんだ」
私はただ驚いて、目の前にいるスポーツマンで優しげな黒髪の彼をただ見つめたのだった。
「へぇ、それはよかったね、愛良」
いつもいる探偵事務所の応接室。
衝撃の報告をしたにもかかわらず、匠は推理小説に目を走らせたまま余裕の笑みでそう言った。
驚きも焦りもしないところが、悔しくて寂しい。
「よかったねって…私が小林くんと付き合ってもいいの?」
「それは愛良の自由だろ」
「………」
感心なさそうに小説を読みながら答えた匠を見て、私は何だかいたたまれなくなり、何故か溢れてきた涙を堪えながら応接室を飛び出した。
そんな私を見て匠がパタンと小説を閉じたのを視界の端に写しながら…。
昨日が金曜日でよかったと、しみじみとそう思っていた。
土日が休みだから小林くんに顔を合わせるまで時間があるし、匠にだって事務所に行かなければきっと会わなくてすむ。
心を落ち着けるにはちょうどいい期間。
それなのに、私の足は何故か探偵事務所に向かっていた。
ドアを開けこっそりと中を覗くと、事務員のマミさんと目が合う。
くすりとやわらかに目を細めて微笑むマミさん。
「匠くんとケンカでもしたの?応接室にまた何か置いていったわよ」
「ほんと?」
思わず小走りに応接室へと向かう。
昨日は突き放されたようで悲しかったのに、今はもう匠が何を用意していったのかにドキドキしている。
僅かな期待。
そっと扉を開けて中を覗くとそこに匠の姿はなく、テーブルの上にはノートパソコンに図書館から借りてきたらしい数札の本、そして花瓶に活けられた花に鉢植えが置かれていた。
いつもはないそれらに、きっと何か意味があるのだろう。
私は中に入ると、ソファに座って開かれたパソコンの画面を覗いた。
そこには意味不明な文字の羅列。
FUBSF@
暗号である事は間違いないだろう。
だが、今回はヒントも何も書いていない。
これだけじゃ、さっぱりわからない。
うーんと眉をひそめてうなっていると、きぃっと僅かに音をたてて扉が開いた。
「おや、まだ考え中?」
現れたのは、昨日の事などなかったかのように、いつもの不敵な笑みを浮かべた匠。
「今来たの!!」
ぷうっと頬を膨らませて答えた私を、楽しそうに見つめる。
「じゃ、しばらく時間がかかるかな?」
「すぐわかるわよっ!これくらいっ!!」
「そう?じゃ、お茶でもいれてこようかな。その間くらいにはわかるよね、愛良?」
「当然!!」
挑戦的な匠に、ついついむきになってそう答える。
すっかりいつものパターンだ。
「じゃ、紅茶でいいかな?」
「ミルクティーでよろしく!って、匠、ヒントはないの!?」
本当に行ってしまいそうな匠に、思わず尋ねてしまう。
文字だけでは本当に意味がわからない。
匠はふっと微笑むと、口を開いた。
「なんでわざわざパソコンだと思う?」
それだけ言うと、匠は踵を返して部屋を出ると、静かに扉を閉めたのだった。




