第九話・乙女心《解答編》
「えーと、数字の問題で、ヒントが26って事は、多くても26までしか数字がないっていうことかな?」
そう言いながらちらりと匠を見ると、匠は本を読みながら頷いた。
どうやら、あっているらしい。
「って事は、26個しかないものを現してる?」
再び頷く匠。
これもあっているらしい。
「暗号って事は解読したら言葉になるものでしょ。それで26個って事は…あっ!」
そこまで言ったらさすがに私でもわかった。
「26個で言葉になるものといったら、アルファベット!ようするに、数字に当てはまるアルファベットに置き換えればいいんだ!」
「ご名答」
匠はくすっと笑いながらそう言うと、パタンと小説を閉じた。
そして、目を細めて私を見つめる。
「で、お答えは?」
「えーと、ちょっと待って。最初は9だから、ABCDEFGH…Iでしょ」
一つ一つ数えながら、数字の上にアルファベットを書いていく私。
今回の暗号は簡単だったと思うが、アルファベットをさらりと数字に変換できたあたりがさすが匠だと思ったりする。
「えーっと…、I・C・H・I・Z・U・N・A・H・I・T・O。一途な人?」
「正解」
数字をアルファベットに直したものを読み上げると、匠は口元に微笑を浮かべた。
「一途な…人」
もう一度呟きながら、答えの意味を反芻する私。
この答えは伊吹くんが気に入る条件だったはず。
この理由で匠は気にいられてて、そのうち私も気にいられるらしい。
一途って色んなものに使えるとは思うけど、匠が伊吹くんを好きになったら成立しないって事は、一途の意味するものは恋っていうことで、つまりは、匠が誰かを一途に想っているって事…。
「愛良、ちょっとはポーカーフェイスとか覚えたら?」
急にぼわっと赤くなった私を見て、匠はたまりかねたように笑いながらそう言った。
「だ、だって!!」
「だって、何?」
赤面してうろたえる私とは対照的に、余裕の笑みを浮かべる匠。
絶対に、私の反応を楽しんでいる。
「た…、匠が何に一途だから気にいられてるの?」
少しは動揺してくれるかと言い返してみたが、匠はくすっと軽く笑うだけ。
そして、目を細めてじっと私を見つめる。
「そんな簡単な問題もわからないわけ?」
「え…」
「俺は、愛良が誰に一途か知ってるけど?」
「っ……」
再びぼわっと赤くなる私。
私が『何に』と聞いたのに対して、『誰に』と返してくる辺りが小憎らしい。
自信ありげなその微笑がちょっと悔しいと思いつつ、でも、それが匠に似合ってるとも思ってしまう。
「なんで…伊吹くんはそのうち私を気に入るわけ?」
これ以上同じ話題をしたらゆでだこになりそうで、ちょっとだけ話を変える私。
と、匠は軽く肩をすくめる。
「今はまだ確認中なんだよ。愛良の反応を面白がりつつ、簡単に他になびかないかとか、相手を本当に信じられるかとか、試してる」
「そうなんだ…」
言われてみれば、そう取れなくもない伊吹くんの態度。
私に迫ってみたり、匠の事を好きな風に思わせぶりなことを言ったり…。
それでもやっぱり、伊吹くんが匠を好きかもしれないという可能性は残る気がした。
それに、一途な人が好きだとしても、自分の事を一途に思ってくれるようになればいいわけで、匠が伊吹くんを好きになるなら、伊吹くんはそれでいいのではと思ってしまう。
「それはないよ、愛良」
「それ?」
何も言っていないのにと、首をかしげる私。
匠はくすっと笑う。
「俺が伊吹を好きなったら、伊吹は幻滅するだけだよ」
「でも…って、人の思考を読むなー!」
思い切り言い当てられ、思わず赤くなる私。
匠は楽しそうにくくっと笑う。
「だって、愛良ってほんと顔に出るから」
「そんなことないもん」
友達にそんな事を言われたことはない。
匠だから、わかるだけだ。
「でも、好きになったら好きじゃなくなるって、なんか矛盾してない?」
話を戻してそう尋ねると、匠は再び小説を開きながら軽く肩をすくめた。
「さあね。でも、それが複雑な乙女心なんじゃないか?」
「むぅ…」
もっと事情を知っていそうな匠だったが、友人のプライバシーをそれ以上語るつもりはないらしい。
この話は終わりというように、小説に目を通し始めた。
確かに、人の心の深い部分を勝手に色々聞きすぎるのもどうかと思う。
とりあえず、匠が暗号だとしても自分の気持ちを伝えてくれただけでよしとするしかない。
でも、もうちょっとはっきり聞きたいというのも乙女心というものである。
「ねー、匠」
そう言いながら、私は匠の隣のソファに移動した。
視線を、ちらりと私のほうに向ける匠。
「さっきの答え、やっぱりわからないから教えて?」
「さっきの答え?」
復唱した匠に、私はこくりと頷いた。
「そ。匠が一途なものって何?」
はっきり言ってほしくて、じっと見つめてみる。
「本当はわかってるだろ?」
「ううん。わかんない。だから教えて」
引き下がらずにそう言うと、匠は仕方がないなというような表情を浮かべ、小説を閉じた。
そして、目を細めて私を見る。
「じゃ、目をつぶって」
「え」
ドキッとしつつも、匠の言葉に従う私。
自分でも心臓の鼓動が聞こえそうなくらいドキドキしつつ、匠の答えを待つ。
そして、私の唇にそっと触れる温かな物…。
「…?」
なんだか違和感を感じ、私は恐る恐る目を開く。
と、目をつぶる前と同じ距離に、笑いを堪えた匠の顔があった。
そして、私の唇には匠の人差し指…。
「わからないなら、秘密って事で」
「えー!」
秘密のポーズなら自分の唇に人差し指だろー!と心の中で文句を言う私。
思いっきりだまされて赤くなった私を、匠は楽しそうに眺めている。
「だって、愛良も自分の口から教えてくれないんだろ?」
「そ、それは…」
「じゃ、おあいこって事で」
そう言うと、再び小説を読み始める匠。
いつも肝心なところではぐらかすけど、いつかちゃんとはっきり言わせてみせるんだから!




