第九話・乙女心《問題編》
「…なんか、賑やかだったね」
「だから反対したんだよ」
父の経営する探偵事務所の応接室で溜息をついた私、橘 愛良に、幼馴染の横溝 匠は小説を読みながらさらりとそう答えた。
先ほどまでここに、匠の友人の赤川 伊吹くんが遊びに来ていたのだ。
ミステリー好きとして探偵事務所に遊びに行ってみたい。
学校の前で待っていた伊吹くんのそんなお願いを匠は断ったが、私が伊吹くんの笑顔に押し切られた形になった。
別に謎や面白い事件が転がっているわけではないので楽しいものでもないと思ったのだが、伊吹くんは楽しそうに事務所の中を見学していた。
「マミさんまで口説いてるし…」
事務員のマミさんまで魅惑の微笑みで口説いていた、一見美少年の伊吹くん。
手慣れた様子に、女性を見ればいつもああなんだろうかと疑ってしまう。
そう思いながら、私はクッションを抱きしめながらソファに座り、向い側のソファで小説を読んでいる匠を見つめた。
そして、浮かんだ疑問を口にする。
「伊吹くんみたいなタイプと匠が仲がいいって、ちょっと意外だよね」
ミステリー好き同士だから気が合うのはわかるが、異性…まぁ、伊吹くんの場合は同姓だが、女の子に軽い態度をとる人を匠が気にいるとは思えなかった。
「そう?」
「うん。女の子口説きまくるようなタイプ、苦手じゃなかった?」
「基本的にはね」
小説から目を離さず、軽く答える匠。
だが、私はその言葉にちょっぴり不安になる。
基本的に苦手だけど、伊吹くんは大丈夫。
ということは、伊吹くんは特別ということになる。
そして、伊吹くんにとっても匠は特別な存在に見える。
一応異性同士で、互いに特別な存在……。
と、くくっと匠の笑う声が聞こえた。
「愛良って、ほんと思考がだだ漏れ…」
「なっ!?」
小説で口元を押さえながら、私を見て笑っている匠。
「べ、別に何もっ…」
「伊吹は生物学上異性だけど、そういう意識でつきあってるわけじゃないんだけどな。あいつも、俺の事をそういう意味で気に入ってるわけじゃない」
慌てた私に、匠は余裕の笑みでそう解説した。
気に入られている自覚はあるらしい。
しかし、匠が女性と思って付き合っているわけじゃないのは確かにしても、伊吹くんはどうかわからない。
「だから、伊吹も違うって」
再びくくっと笑いながら私の思考を読む匠。
私は思わず唇を尖らせた。
「そんなのわかんないし。匠がそう思ってるだけで、伊吹くんは違うかもしれないでしょ。いくら匠でも乙女心の複雑な機微まではわかんないよ、きっと」
「乙女心ねぇ…」
匠はそう言うと、ふっと笑って私を見つめた。
そして、ゆったりと口を開く。
「たとえ伊吹が俺の事を女として好きだったとしても、俺が伊吹の事を好きになった時点で、伊吹は俺を好きじゃなくなると思うけど?」
「は?」
匠のよくわからない発言に、私は顔をしかめた。
そんな私を見て、匠は再びおかしそうにくくっと笑う。
「だって、意味がわからないんだもん!」
「そうでもないと思うけどな。伊吹が気に入る条件を考えると」
「条件?」
首をかしげた私に、匠は軽くうなずいた。
「そ、伊吹が気に入る人間には共通点がある。そのうち、愛良もその中に入れてもらえると思うど?」
「何で?」
不思議がる私を見て匠は小さく笑うと、そのまま読書に戻った。
「ちょっとー!気になるんだけどっ!」
それを知ったら、伊吹くんが匠と仲良くしていても不安にならないかもしれない。
それなのに話を終わらせようとした匠にむくれる私。
匠はくくっと笑うと、再び私を見た。
「そんなに知りたい?」
「うん。気になる」
「そうだな。それじゃ…」
そこまで言うと、匠はちらりと天井を見上げて少し何かを考える。
それから、私を見つめた。
「9・3・8・9・26・21・14・1・8・9・20・15」
「何それ?」
突然数字の羅列を口にした匠に、首を傾げる私。
匠は小説に視線を戻して、口元だけに笑みを浮かべる。
「それもわからないわけ?」
「…暗号」
「正解」
本当はわかりきっていた答えを言うと、くすっと笑い、小説のページをめくる匠。
どうやら、小説を読むだけの時間があると言いたいらしい。
むっとするものの、確かに今のだけではしばらくわかりそうにない。
「っていうか、もう一回言って」
さすがに暗記できるはずもなくそうお願いすると、匠はそばにあったメモに先ほどの数字を書いてくれた。
しかし、数字を見ただけでは何のことやらさっぱりわからない。
「ヒントは?」
少々悔しいと思いながらも、そう尋ねる私。
匠は小説を見たまま、くすっと笑う。
「26、かな」
「26?」
再び出された数字に疑問の声を上げたが、匠はそれ以上何もいわずに小説に目を走らせている。
これ以上のヒントはないらしい。
私は数字の羅列を見ながら、考えはじめたのだった。




