第八話・不安《問題編》
父の経営する探偵事務所の応接室の扉をそっと開け、そこに目当ての人物がいないのを確認すると、
私、橘 愛良は、我知らずため息をついた。
もうこれで一週間、幼なじみの横溝 匠はここに来ていなかった。
約束しているわけではないが、当たり前のように毎日来てはここでミステリー小説を読んでいる匠。
ケンカをするとしばらく現れない事もあるが、今回はケンカはしていない。
だから、来てくれないと不安になる。
だが、来ない訳を素直に聞けない理由があった。
本当は、心辺りがあるのだ。
この一週間、学校ではやたらいい男が毎日校門で誰かを待っていると噂になっていた。
それはたぶん、匠の友人の赤川伊吹くん。
一度だけ匠と一緒に帰っていくのを遠くからみかけたので、間違いないだろう。
今日は土曜日。学校がないので匠がここに来ているかと思ったが、いないという事は今日も伊吹くんと一緒なのかもしれない。
匠の大好きなミステリー作家の新作が先週末に発売された事を考えると、ミステリー談議のできる伊吹くんと毎日熱く語り合っているのかも…。
そう思うと、胸の中がもやもやした。
見かけは綺麗な男の子だけど、性別は女の子。
おまけに、匠に気があるらしい伊吹くん。
そんな人と匠が毎日一緒に過ごしているのは、やっぱり嫌だった。
確かに私ではミステリー小説の話はできないかもしれない。
でも、私だって少しは匠の好きな物を理解しようと努力してる。
「…負けないもん」
匠に私の方を向いてほしくて、私は携帯電話を手にとった。
そして、考えていた暗号をメールでうち始める。
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『運河 虹 弟子 ロック 昼寝 籠手 絵馬』
『千葉 穴 平ら』 より
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「これでよし!」
伊吹くんといても、匠はきっと、匠の為に暗号を考えた私の為に来てくれる。
そう信じて、私は事務所を後にしたのだった。