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Devinette  作者: 水無月
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第七話・ラブレター《解答編》

「えーと、書き直すとなると…ローマ字にするにしても、とりあえずひらがなで書こうかな」

 そう呟いて、私は紙に手紙の文面をひらがなで書きなおす。


『あなたにであえたのも、なにかのえん。すてきなであいをたいせつにしたい。こころにあるこのおもいをぜひきいてほしくしのようにうつくしいことばはかけないから、じこまんぞくしゃなくて、あなたにうまくつたえたいから、まえにきみにあったばしょで、いつまでもきみをまつ』


「……これ、ローマ字にしたら結構長いなぁ…」

「改行されてるのも、何かの狙いなのかもな」

 眉を顰めた私に、再び独り言のようなヒントをくれる匠。

 言われてみれば、手紙は不自然なところで改行されている。

 私は匠のヒントを元に、手紙の改行通りにひらがなで書き直す。



  あなたにであえたのも、なにかのえん

  すてきなであいをたいせつにしたい。こころ

  にあるこのおもいをぜひきいてほしく

  しのようにうつくしいことばはかけないから、じ

  こまんぞくしゃなくて、あなたに

  うまくつたえたいから、ま

  えにきみにあったばしょで、いつまでもきみをまつ



 書き直したものをしばし見つめた私は、はっと息を呑んだ。

「……あー!わかった!!」

「さて、答えは?」

 私が叫ぶと、匠はパタンと小説を閉じ、それから私を見つめてそう尋ねた。

「改行どおりに文頭と文末を縦に読む!!だから、えーっと、


『あすにしこうえんろくじにまつ』。

 明日、西公園で六時に待つってことでしょ!!」


「大正解。って、俺が言うのも何か変だけど」

 匠はそう言うと、ひょいっと手紙を取り上げた。

 そして、少し呆れたような眼差しでそれを見つめる。

「それにしても、初対面の人間にこんなもん渡してどうしたかったんだろうな」

「そうだよね。暗号だってわからないかもしれないし」

 

 小首を傾げる私の前で、少し考えるような表情の匠。

 少しすると、匠は手紙から私に視線を移した。

「ところで、その男ってどんな奴?」

「え?うーんと…」

 匠の問いに答えるべく、私は手紙をくれた彼のことを思い出す。

 匠と同じくらいの身長の、細身で顔も小さくて、すらりとスタイルのよい黒髪の男の子。たぶん、年は同じくらい。からまれていたとは思えない、穏やかで優美な微笑みに、落とした本を拾ってくれたしなやかで品のある動きは、そう、まるで…。

「なんていうか、王子様?」

「愛良…。考えた末にその表現はどうかと思うけど?」

 呆れたように呟いた匠だったが、一瞬後にはたまりかねたようにくくくっと笑い出した。

「ほんと、愛良っておもしれぇ」

「なによー!だって本当にそんな感じがしたんだもん!!」

「はいはい」

 軽くあしらうように返事をした匠は、手紙を置くと再び読書に戻る。

「ま、行くならお気をつけて」

「…いってもいいの?」

「愛良のご自由に」

 匠の本心を見破ろうとじっと見つめたものの、ポーカーフェイスからは何も読み取れない。

 焼きもちを焼かせてみたくて、素直じゃない事を言おうとも思ったが、せっかく暗号解読の手伝いをしてくれたのに、それもどうかと思う。

「暗号が解けなかったと思われるのも悔しいし、本当に待たせたら悪いから、一応明日行ってみる」

「どうぞ」

 平然と答える匠をちょぴり不満に思いつつ、私は明日彼に会いに行くことにしたのだった。



 そして、翌日…。



「来てくれたんだ、ありがとう」

 西公園に行くと、既に待っていた王子様のような男の子は少しハスキーな声でそう言った。

 人もまばらになった公園のベンチに座っていた彼は、読んでいた本を閉じるとゆったりと立ち上がる。

 そして柔らかな微笑を浮かべ、嬉しそうに私を見つめた。

「最初、暗号だってわからなかったんだけどね」

「でも、来てくれたって事は、見事にとけたんだよね。すごいな。勇気もあるし、頭の回転も速いんだね」

 私の瞳をじっと見つめ、実に魅惑的な笑みを浮かべる彼。

 思わずドキッとしてしまう。

「いや、そんな事ないんだけど」

 手紙を他の人に見せたともいえず、私は笑ってごまかす。

 と、急に彼の綺麗な顔がすっと近づき、私は反射的に一歩下がった。

 だが、下がった先にはベンチがあり、足を取られてすとんと座ってしまう。

「謙虚なところも、可愛いね」

「えぇっ!?」

 くすっと微笑んだ彼は、私を捕まえるかのように、ベンチの背に両手を置いた。

 両脇を腕でさえぎられ、何が起こったかよくわからない私は逃げるすべも思い浮かばず、顔が赤くなったままうろたえて彼を見つめるしかできなかった。

「わざわざ来てくれたって事は、期待してもいいのかな?」

「な、な、何をっ!?」

「君に一目ぼれしたんだ。俺と付き合ってくれない?」

 そう言うと彼は目を細め、片方の手で私の顎をついっと持ち上げた。

 あまりの事に、ぴしっと固まる私。

 その間に、黒髪をさらりと揺らしながら、彼の綺麗な顔が近づいてくる。

「ちょ…だ……た…!!」

「そこまでにしとけよ、伊吹」

 私が言葉にならない叫びをなんとか口にした時、耳慣れた声が響いた。

 その言葉に反応し、迫っていた彼の顔がゆっくりと離れる。

 そして、私の目に映ったのは、匠の姿。

「愛良、だから気をつけろっていったろ?」

「だ…た…」

 呆れ顔の匠に言葉を返そうとしたものの、動揺しすぎていて、やはり言葉にならなかった。

 それを見て、匠は小さく息をつく。

「伊吹。やりすぎ」

「リアクションが面白かったから、つい」

 匠に注意された彼は、くすくすと楽しげに笑う。

 どうやら、二人は知り合いらしい。

 伊吹と呼ばれた彼は、ゆっくりと匠に歩み寄って行った。

「お前、わかってて愛良に手紙わたしたな」

「まあね。愛良ちゃんの携帯に、前に匠が買ってたストラップがついてたから。匠も、俺からの手紙だってわかってたんだろ?」

「ミステリー好きの王子様っていったら、伊吹くらいしか思いつかないからな」

「王子様って…愛良ちゃんもなかなか面白いこと言うね」

 くすくすと笑いながら、匠の肩に親しげに手を置く伊吹くん。

 匠は、呆れ顔で彼を見ている。

 二人の会話を聞きながら、私はようやく落ち着きを取り戻した。

「匠…。その人は…」

「赤川伊吹。中学の頃、塾で一緒だったんだ」

「どうも」

 思いっきり人をからかっておいて、まったく悪びれずに笑顔を浮かべる伊吹くん。

 匠もそんな彼に呆れてはいるが、ただそれだけ。

 いくらお友達でも、たとえ冗談でも、キス寸前まで迫った相手を、もう少し怒ってくれてもいいと思う。

「匠。どうやら愛良ちゃんは俺よりも匠に不満そうだよ」

「みたいだな」

 二人とも私の考えがわかったのか、伊吹くんは楽しそうに微笑み、匠は小さくため息をついた。

「だって…」

「でも、愛良ちゃん。この場合、焼きもちをやくなら、匠じゃなくて、愛良ちゃんなんだけどな」

「は?」

 拗ねて唇を尖らせた私だったが、伊吹くんの言葉の意味がわからず、間の抜けた疑問の声をあげる。

 それから、必死に思考をめぐらせ、一つの答えにたどり着く。

「え?それって…え??まさか伊吹くんって、実はど、同性にしか興味がないとか!?」

 私の答えに、伊吹くんは匠の肩にもたれかかるようにして肩を震わせて笑いはじめ、匠も私のリアクションがおかしかったのか、笑いを堪えるように横を向いた。

「愛良ちゃん、ほんといいリアクションしてくれるね」

「え?え??」

 二人の反応にどうやら間違いだったと気づいたものの、他に答えが思い浮かばず、うろたえる私。

 すると、笑いを飲み込んだらしい匠が、私を見つめて口を開いた。

「愛良。人を見た目で判断するのは、よくないな」

「え??」

「赤川伊吹、十六歳。性別は、女だ」

「……………えぇぇぇ!!!!????」

 匠の言葉に、私は今日一番の叫び声をあげた。

 そんな私を見て、涙目になって笑う伊吹くん…もとい、伊吹さん。

 しかし、女と言われた後でも、綺麗な男の子にしか見えない。

「ご、ごめんね。ひどい勘違いしてって…ん?あれ?」

「いいよ、別に。今愛良ちゃんが疑問に思ったとおり、わざと男の振りしてるし」

 笑いすぎて出た涙を拭きながら、そう言った彼…じゃなく彼女は、柔らかに目を細めて匠の横顔を見つめた。

「一発で俺が女だって見破ったの、匠くらいだし」

「よく見ればわかるだろ、普通」

「でも、実際にみんなわからない」

「だからって、いい加減、女口説いて遊ぶのはやめた方がいいと思うけど?そのうち、刺されるぞ」

「鍛えてるから大丈夫」

「あ、遊ぶ…?」

 二人の会話に疑問の声をはさむと、匠がため息混じりに質問に答えてくれた。

「伊吹の趣味は、彼氏いる女を男のふりして口説き落とすこと。たぶん、愛良が助けた時も、彼女奪われた男が文句言いに来てたんだろ」

「さすが匠。ご名答」

 被害者はむしろからんでた人たちなのかー!と、私は心中思わず叫ぶ。

 が、驚きすぎて声にならなかった。

「あれくらいなら、喧嘩しても勝てたんだけどね。でも、助けてくれてありがとう。愛良ちゃん」

「いえ、どういたしまして…」

 なんとか言葉を返した私をみて、伊吹さんは匠から離れ、私の方に歩いてきた。

 そして、私の耳元にそっと口を寄せ、私が驚いている隙に小さな声で囁く。

「からかってごめんね。ライバルがどんな人か、知りたかったんだ」

「……え?」

 思わず固まった私を見て、くすっと微笑む伊吹さん。

 振り返って匠に別れを告げると、そのまま去っていった。

 その後姿を小さくため息をつきながら見ていた匠は、放心している私のもとにゆっくりと歩いてきた。

「た、匠と伊吹さんって仲いいの?」

「伊吹?まぁ、普通に。ミステリー談義を心行くまでできるのは、伊吹くらいだしな」

「へ、へぇ…」

 しどろもどろに答えた私を匠はじっと見つめ、それからくくくっと笑った。

「な、何よー!」

「伊吹に何を吹き込まれたかしらないけど、あいつの趣味は女を困らせて面白がることだからな。いちいち本気にするなよ」

「で、でも…」

 最後のひと言は、嘘じゃないような気もした。

 だって、匠を見つめる瞳は、なんだか澄んで見えたから。

「ま、今後は愛良にかまわないように後で言っとくけど」

「え?」

 匠を見上げると、私を見つめ、柔らかに目を細めていた。

「愛良をからかっていいのは、俺だけだから」

「!?」

 思わずかぁっと赤くなると、匠はたまりかねたようにくくくっと笑う。

「ほんと、いいリアクション」

「もー!いちいちからかわないでよ!!!」

「愛良が見知らぬ男に会いに行ったのをわざわざ迎えに来たんだ。少しは俺も楽しませてもらわないとね」

 そう言うと、ふてくされた私の手をとって歩き出す匠。

「だったら、最初から行くなって言ってくれればいいのに…」

「何か言った?」

「別にー」

 本当は最初から相手が女の子だとわかっていたから、止める気がなかったのだろう。

 でも、一応心配だから迎えに来てくれた。

「本気だったとしても、渡さないもん」

「ん?」

「なんでもなーい!」

 にっこりと微笑んだ私を怪訝そうに見つめた匠を見ながら、私は心の中でそっと誓う。

 たとえどんな子が相手でも、匠だけは譲れないと。



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