第七話・ラブレター《問題編》
いつものように、父の経営する探偵事務所の応接室で、私、橘愛良と、幼馴染の横溝匠は、向かい合って座っていた。
いつもと違うのは、私たちの視線が二人の間にあるテーブルの上に注がれていること。
そこには、一枚の手紙があった。
「で、これをその助けた男に貰ったわけだ」
「助けたって言うか、『おまわりさーん!』って叫んだだけなんだけどね」
事の起こりは、昨日の下校時。
一人の綺麗な男の子が数人の男たちに絡まれているのを、たまたま目撃した事からはじまった。
おまわりさんを呼ぶ振りをしたところ、男たちは慌てて逃げて行き、その男の子にお礼を言われたのだが…。
「で。これ、ねぇ…」
「今日、校門でたらその人がいて、渡されたんだ」
互いに名も名乗らず、その場を去った昨日。
だけど今日、彼は校門を出たところで待っていた。
そして、実に魅惑的な微笑と共に、この手紙を渡されたのだ。
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貴方に出会えたのも、何かの縁
素敵な出会いを大切にしたい。心
にあるこの想いをぜひ聞いてほしく
詩のように美しい言葉はかけないから、自
己満足じゃなくて、貴方に
うまく伝えたいから、ま
えに君にあった場所で、いつまでも君を待つ
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「これ…どういう意味だと思う?」
人から貰った手紙を人に見せるのはよくないと思うのだが、この何だか違和感のある手紙をどうとっていいのかわからず、私は匠に見せたのだった。
だが、匠は手紙に一通り視線を走らせた後、呆れたように小さくため息をつくと、鞄から小説を取り出し、ソファにもたれかかってそれを読み始める。
「ちょっとー!匠の意見を聞いてるんだけど!」
「愛良が貰った手紙なんだから、自分で考えたら?」
本から視線を上げもせず、興味なさそうに答える匠。
私は、ぷぅっと頬を膨らませた。
ともすれば、ラブレターにも思えるこの手紙。
もう少し、何かリアクションしてくれてもいいと思う。
「考えてるけど、わからないから匠にきいたんでしょ!前に君にあった場所とか、ずっと待つとか書かれても、会ったのは下校途中の細道か、校門の前だけだし、いつどこに行っていいのかわらないし」
「へぇ、行ってあげるんだ」
ふて腐れたように行った私に、匠はちらりと視線を向けながら、からかうような口調でそう言った。
ラブレターかもしれない物を渡した相手に会いに行くというのに、動揺のかけらもないのが小憎らしい。
「だって、本当にずっと待ってたらかわいそうだもん。それに、すごく素敵な男の子だったし!」
匠に焼きもちを焼いてほしくてそう言ったものの、匠は気にした風もなく、口元に笑みすら浮かべ、再び小説に目を通している。
余裕綽々のその態度に、私はむっと唇を尖らせた。
「もー…。いいよ、今から彼にあった二つの場所に行ってみる。もしかしたら、もう待ってるかもしれないし」
「愛良、そいつに会った時、暗号系のミステリー小説でも持ってた?」
「え?」
ふて腐れて立ち上がった私に向けた匠の言葉に、私は驚いて動きを止めた。
確かに、匠に借りた暗号が使われている小説を持っていて、それを助けた彼の前で落としたのだ。
「なんでわかったの、匠?」
いくらミステリー好きでも、見ていない限りそんなことわかるわけがない。
でも、実際にはその場に匠がいなかったのは間違いない。
私は再び腰を下ろすと、匠をじっと見つめた。
すると、匠は小説から視線をはずさないものの、ふっと口元に笑みを浮かべ、それから口を開いた。
「その手紙には、ちゃんと待ち合わせ場所も時間も書いてある」
「え?」
「相手もミステリー好きだったんだろうな。愛良も好きだと思って、そんな手紙にしたんだろ」
「え?え??」
匠の言葉に驚いて、私は再び手紙を読み直した。
だけど、場所も時間もわからない。
というか、匠の言い草からすると、この手紙は実は暗号なのだろう。
まさか、匠以外に暗号を渡してくる人間がいるなんて、思いもしなかった。
「匠…ヒントは?」
「愛良が貰ったんだから、自分で考えたら?」
手紙とにらめっこする私に、そっけなく答える匠。
しかたなく、私は一人で文面と向き合い始めた。
だが、さっぱり見えてこない。
「えーと、えーと…とりあえず、何かに変換するのかなぁ。それとも、要らない言葉を抜くとか…」
独り言のように呟きながら、ちらっと匠を見る。
と、それに気づいたのか、匠も独り言のように小さく呟いた。
「そのままでもわかるけど、書き直したほうがわかりやすいな」
まるで小説に対する独白のようだが、間違いなく私に対するヒントに違いない。
人の作った暗号でも、一瞥しただけで解読してしまった匠。
なんだかんだいって協力してくれる匠に微笑を向けてから、私は暗号解読に取り掛かったのだった。