第五話・告白《解答編》
匠のヒントから、私はじぃっとパソコンを見つめた。
文字だけを見るなら、いつものように紙に書けばいい。
ということは、ディスプレイを見るのではなく、キーボードを見るべきだろう。
私は視線をキーボードに向け、ふと気づいた。
いつもはローマ字変換なのであまり気にしていなかったが、ひとつのキーにはアルファベットとひらがなが書かれている…。
「そっか!」
同じキーに書かれているひらがなに変えるに違いないと、私はディスプレイに書かれたアルファベットをひらがなに変換していった。
「えーっと、『F』が『は』でしょ。で、『U』が『な』。 『B』が『こ』で…」
そして出来上がった言葉は『はなことば』。
「花言葉?」
そう言えば、ものすごく不自然に花瓶に生けられた花と鉢植えがある。
よく見れば、重ねられたミステリー小説の中に植物図鑑と花言葉の本…。
私は少しドキドキしながら花言葉の本を手に取った。
花瓶に生けられた花と、鉢植えの植物の花言葉を調べろという事に間違いないはず。
そこに、匠の気持が込められているはずだ。
まずは、植物図鑑を見なくても分かる花瓶の花から探す。
「えっと…まずは白い薔薇はっと…」
パラパラと本をめくると、それはすぐに見つかった。
白薔薇=私はあなたにふさわしい
微妙に自信ありげな言葉が、匠らしいといえば匠らしい。
だけど、これだけだと匠の気持はいまいちわからなかった。
私は続けて次ぎの花言葉を探す。
「えっと、赤いチューリップは…『愛の宣告』。紫のチューリップは…『永遠の愛』!?」
今度はストレートな言葉にドキッとする。
ちょっと顔を赤くしながら、私は今度は植物図鑑を手にした。
鉢植えの植物は、それを見ただけでは名前がわからなかったのだ。
植物図鑑を用意してるあたり、匠にはそれも予想済みなのだろう。
「えーっと…」
しばらくぱらぱらと図鑑をめくると、鉢植えと同じ写真が目に入った。
名前は「イカリソウ」。
今度は花言葉の本を手にし、イカリソウを探す。
「イカリソウは…『あなたを渡さない』…」
匠の気持のこもった強気な言葉に、ぽわっと顔が赤くなる。
「何よ…気にしてるんじゃない」
思わずそう独り言ちる。
感心なさそうな顔をして、これじゃまるで宣戦布告だ。
「おや、その顔は全部わかったのかな?意外と早かったね」
顔を赤くしている私を見つめながら、紅茶とケーキを乗せたトレーを手にした匠がクスクスと笑いながら部屋に入ってきた。
「簡単だったもん」
「そう?」
匠はしれっとした顔をしながら、私の前にミルクティーとケーキを置く。
そして私の隣に座り自分の前には紅茶だけを置くと、そのまま小説を手に取って読み始めた。
まるで何事もなかったかのようだ。
花言葉にこめられたメッセージは嬉しかったものの、匠のそんな態度をちょっと不服に思いつつ、私は目の前のケーキを口に運ぶ。
でも、それが実は今一番私がはまっているケーキ屋さんの一番好きなチョコレートケーキなあたり、匠の抜け目のなさはさすがだ。
きっと、誰よりも私を見ていてくれる。
大事にしてくれるし、実は優しいのも知ってる。
でも、たまには暗号なんかじゃなくて言葉や態度で示して欲しい。
そうしたら、もうちょっと不安じゃなくなるのに……。
そう思いながらパクパクとケーキを食べていると、隣から笑いをかみ殺したような声。
「なによー」
ふてくされる私に、匠はくくくっと笑いながら小説をパタンと閉じた。
「愛良って思考がだだ漏れ」
「そんな事ないもん」
ぷうっと頬を膨らませた私に、柔らかく目を細める匠。
「そう?それに、ケーキのクリームついてるし」
「え、やだっ」
慌てて拭おうとした私の手を、匠の手が素早く掴む。
え?っと思って顔を横に向けた私の目に入ったのは、近づく匠の顔。
反射的に目をつぶった私の唇の側に、柔らかくて温かなものがそっと触れた。
「甘っ。よくこんなの一個全部食べられるよな、愛良は」
一気に茹蛸のように赤くなった私の耳に入ったのは、そんな平然とした匠の声。
ゆっくりと目を開けると、優しく微笑んだ匠と目が合った。
「だっ…な…え…」
匠の唇が触れた辺りに手を当てながら、言葉が全く出てこない私を、匠は楽しげに見つめている。
「たまには態度で示せって、心の中で言ってなかった?」
「…言ってました」
真っ赤になってそう答える私を満足げに見つめると、匠は再び小説を読み始めた。
一つ年下の癖に、どこまでも上手である。
しかも口じゃなかったとはいえ、初めてのキスに動揺の陰すら見えない。
時には突き放して不安にさせるくせに、どん底に落とす前にしっかりと幸せな気分にさせてくれる。
「ホントは…告白された時点で断ってたんだ」
ぽつりと言った私の言葉に、匠は小説から視線をそらさなかったものの、ほっとしたように口元に自然と笑みが浮かんだ。
余裕そうに見えるけど、本当はちょっとは心配してくれたのかもしれない。
だって、ただ暗号を考えるだけならともかく、わざわざ花を買いに行ったり図書館で花言葉の本を借りてくるなんて、男子高校生にはちょっと恥かしいに違いない。
それでも自分らしい方法で、気持を伝えてくれたんだ。
少々照れながら花言葉の本を借りている匠の姿を想像して、私は思わず笑みがこぼれた。
「何?愛良」
「なんでもなーい」
突然楽しそうな笑みを浮かべた私を怪訝そうに見つめる匠。
私の前ではいつも余裕のポーカーフェイスだけど、私の知らない所では私のために色々としてくれている匠。
私ももっと匠を幸せにできるよう頑張って、いつか匠の口から「好き」って言わせてみせるんだから!