〜第1話〜 消えない炎
ゴーン、ゴーンと音が鳴っているのが分かる。重く低い鐘の音が。その音を頼りにノソノソとベッドから起きあがる。
昨日、井戸から汲んできた井戸水で顔を洗い、服を着替え、1階にある食堂へと降りてくる。
「おはよう。ばあちゃん」
ばあちゃんと呼ばれた初老の女性が…
「おはようサテ、よく眠れたのかい?」
と、元気よく話しかけてくる。
「おかげさまでな。ぐっすりだぜ」
「ふんっ、ウソつけ、何回か起きたんだろう?」
ニッと唇の片端をあげてばあちゃんがニヤリと笑う。
「5年もここにいるんだ。顔くらいでわかるよ」
「……そっか……もうそんなにたつのか…」
自分でもわかるほど気分が重く、深く沈んでいるのが分かる。あの日からもうすでに……
「……そんな顔してると飯が冷めるぞ。ほらさっさと食いな!」
ドンッ!と、朝食がのった皿を机に叩きつけんばかりに勢いよく置いた。その音で落ちていた意識が一気に浮上してきた。
「……ありがとう。確かにそうだな、最近何かと寒いしな、あったかいうちに食わないと」
「そうしとけそうしとけ、風邪でもひいたらたまったもんじゃない」
そうは言っているが、やはり口角が上がっていた。ついでに頬も赤くなっていた。照れているのだろう。
パンと目玉焼きとサラダ、申し訳程度のスープを飲んで朝食を終えた俺は、装備を整え、冒険者ギルドへと向かった。温かい風が頬を撫でるのが分かる。家からギルドまで歩いて約10分程度、その頃には、街並みが住宅街(家とはいっても、2〜4階建のアパート的な建物の一室が普通)から露店が飛び交う商店街へと変わっていった。
冒険者ギルドは、デカい。とにかくデカい。冒険者の依頼から、他のギルドの窓口、更には自警団の本部1号(俺が勝手に呼んでるだけ)もある。そりゃあデカくもなるよな。とか考えながら扉のとってに手をかける。
ギィィィ…と木製の扉を開けるとふわっと、少し温かい風が吹き抜ける。冒険者ギルド内は丸の内側を沿うような形で窓口が設けられている。右から解体、換金、冒険者、依頼、自警団の窓口がある。そして中央には、ちなみ依頼ギルドとは、他人からの依頼を冒険者へ正当な価格で送るギルドである。
「アイスさん。おはよう」
「おはようございます。サテさん」
この人はアイス・フォレティストさん。水色の髪を三つ編みにして、黒縁メガネをかけた冒険者ギルドの受付嬢だ。いつも穏やかでニコニコしていて、誰にでも優しくて、話していても相手を不快にさせない礼儀の正しさから他のギルドはもちろん、ほとんどの冒険者からも人気がある人だ。ただ、人1倍働いているせいで、目の下にうっすらクマを浮かべている。
「あっそうだ」
アイスさん何かを思い出したようにガサガサと紙束をあさり、1枚の紙を見せてきた。
「……何ですか?…コレ」
「新人冒険者監督官募集の紙です」
「いやそれは見れば分かるんですけど、…今年もですか?」
「いろんな人に頼んだんですけど、どうにもこうにも受けていただけなくて」
「まあ、…新人募集監督官なんていう面倒なごとをやりたい人はそうそういませんもんね」
「どうにか受けていただけませんか?」
と、上目遣いで見てくる。この人素でカワイイから、上目遣いされるとダイレクトで心が痛むんだよ。
「……分かりましたよ。やりますよ、やればいんでしょ」
「ありがとうございます」
切り替え早っ!チキショーハメられた
「狙いましたよね、絶対狙ってましたよね。俺なら絶対断れないって狙ってましたよね!」
と、捲し立てると
「いえいえ、相手の顔を見て、丁寧に"お願い"しただけです」
と、慇懃無礼に頭を下げる
「まあそれはそれとして、"例"のこと、何か分かりました?」
"例"のこと、と聞いて。顔に緊張が走るのか分かる。
「申し訳ありません。なにぶん5年前の事件となると」
「そうですか。ありがとうございます。じゃ、監督官の曜日、決まったら教えてください」
「お願いします。あと、このクエスト、承諾しておきますね」
ここでやることは終わった。あとは、クエストをこなして1日が終わるだけ。立ち去ろうとする俺の背から、まだ自分を許せてないんですねと聞こえた気がしたが、今の自分にはそれに応えるほどの余裕はなかった。