第3話 始まりの日
グローヴナー領は、ヴィーデルフェン王国の中にある。
ヴィーデルフェン王国は、隣国のアミエリウス王国、フィアールント王国と並んで大陸を形成している。
王国の大半は緑の森で覆われ、海からの風、国境沿いの山からの風が吹き抜ける。
ヴィーデルフェンを建国したのは、アミエリウス王国の祖となった勇者に組していた『賢者』とその弟子たちだった。
混沌の世界が『人間』の手で落ち着くと共に今度は『人間』の間で、考え方の違いや感情での対立が深まっていった。『賢者』は、勇者と考え方の異なる人々をつれて、ヴィーデルフェンという新しい国を誕生させた。
ヴィーデルフェンは、アミエリウスと違い、王族と領主以外は、平民である。つまり、ほぼ身分制はない。
◇◇◇
ねっとりしたものが体中にまとわりつく。拭っても引きはがしても無くならない。
萌夏は大きく手を振った。
目が覚めた。
手にまとわりついていたのは薄手の掛布だった。
窓から差し込む光は太陽のようだ。
白っぽいから朝だろうか。
部屋のしつらえは、自分の1LDKではない。昨日、通された館の一室だ。
(夢ではないのね。)
熊男が出て行ったあと、ひどく疲れて眠ってしまったのだ。
(歯磨き、忘れた…)
昨日の朝、電車が大きく揺れて、頭から転げ落ちるような衝撃を受けた。急に車内は暗くなり、悲鳴が耳を覆い、意識を失った。
気が付いたら見知らぬ森にいて、古めかしい格好をした男たちにここに連れられてきた。
マンガでもあるまいし、異世界に飛ばされたって…。
熊男は、『流生』といった。小説やマンガでいう『転生』とは違うらしい。
(なら、私は死んでないのかしら?)
(夢なら、もう一度眠ると元に戻っているかもしれない。)
寝返りを打とうとしたとき、カタンと音がした。
音のしたほうに身体を向けて起き上がった。
「何?」
目を凝らしてみる。ワン・デーのコンタクトを捨てた後で、眼鏡は手元にない。
目を細めて音の方を睨んだ。
荷物の置かれたテーブルの所だ。
寝間着の前をかき寄せて、ベッドから下りた。
少し、後ずさりする。
目の前に小学校の中学年ぐらいの男の子がノートPCを抱えて立っていた。
格好は昨日の熊男の小さい版だ。
明るい茶色の髪が肩にかかっている。
萌夏はテーブルにそっと近づいて、眼鏡を取った。分厚いレンズが環を描いている。それで、子供の顔を見た。
「黙って、入ってきたの?
あなた、泥棒?」
「…。」
男の子が固まっていた。
「それ、私のよね?」
男の子が何度も頷いて、ノートPCをテーブルの上に戻した。
「ご、ごめんなさい。」
「子供だからって、勝手していいわけないのよ。」
子供が身体ごと、半分に折れて頭を下げた。
「ごめんなさい…」
「それ、何だか知っているの?」
「いいえ。
でも、昨日、レオンと一緒に洗ってて、ちょっと触ってみたくて。
ごめんなさい!」
子供は俯いたままだ。萌夏はため息をついた。
「子供だものね…」
もう一度、息をついた。
「顔、上げなさい。」
ゆっくりと子供が顔を上げた。緑色の大きな眼をしている。
「無断で他人の部屋に入って、いいと思ってるの?」
萌夏の声が厳しい。
子供がまた頭を下げた。
「ごめんなさい。」小さな声だ。
萌夏も次の言葉がなくて黙ってしまった。
しばらく、静かなのが続いた後、ドアが叩かれた。
「モカ様、ロッテです。朝のお支度に参りました。」
その声に子供が蒼白になる。
「どうぞ。起きています。」萌夏が答える。
男の子の肩が震えている。
「怖いの?」
男の子が頷く。
「自分のやらかしたことは、自分で引き受けるのね。」
萌夏の言葉が終わると同時にロッテが入ってきた。
手には洗面器と水差しを持っている。
ロッテは子供の姿を見ると荷物をおいて、駆け寄った。
「ウィル! どうしてここに!」
「…。」
「お客様のところには、行ってはいけないって。
レオンにも言われていたでしょう!」
ロッテが大きな声で叱責し、子供の両肩を掴む。
「…。」
「ロッテさん、もういいわ。
何もされてないし。彼も謝っています。」
「でも、」
「私は気にしてない。」
「モカ様、申し訳ありませんでした。」
ロッテが子供と共に頭を下げた。
萌夏も困ってしまう。
「外に出ていなさい。」
ロッテに言われて、子供はうなだれたまま歩きだした。
「待って!
君、名前は?」
子供が少し顔を上げた。でも、萌夏の顔は見ない。
「ウィ、ウィルシャー・グローヴナーです。」
小さな声で答える。
「私は、最上萌夏。」
ウィルが萌夏を見た。
「サイショウ様?」
「萌夏、モカでいいわよ。」
子供にやっと笑顔が浮かんだ。だが、すぐ申し訳ない顔をして部屋を出て行った。
ロッテの顔は青くなっている。
「申し訳ありませんでした、モカ様。
息子がとんでもないことを。」
「息子さん、あなたの?」
「はい。」
ロッテは、洗面器に水をはった。
「どうぞ、お顔を。」
洗面器の横に手ぬぐいが置かれた。
「歯ブラシは無いんですか?」
「歯ブラシ?」
「歯磨きの道具です。」
ロッテが不思議そうに考え込んだ。
「ないのならいいわ。」
萌夏は、顔だけを洗った。
「お子さんがいるってことは、ご結婚を?
でも、ここにいるって…?」
「主人は亡くなりました。それで、ウィルを連れて兄のもとに。」
「立ち入ったことを聞いてしまいました。すみません。」
「いえ、」
ロッテが顔を下に向けている。
「お着替えはいかがしましょう?
モカ様の着てらしたものは綻びがあるので、繕いが必要です。
かわりのものをご用意いたしました。」
ロッテが裾の長いドレスを椅子の背に拡げた。萌夏の身長を見定めているようだ。その衣装を見た萌夏は少し考えこんで言った。
「…できれば、さっきの男の子みたいな服、ありますか?」
「え? 男服ですよ。」
「動きやすそうじゃないですか。」
「…。」
「お願いします。」
すこし笑顔で萌夏が頼むとロッテが頷いた。
「かしこまりました。」
◇◇◇
ロッテが用意してくれた服は、萌夏の身長に合わせた丈で、袖のないチュニック型の上着は膝が隠れるほどあった。中のシャツは、襟の詰まったもので、白ではなく黄土色だった。上着の脇から中が透けないように濃い目の色を選んでくれたのだろう。ズボンはワイドパンツに似ていて丈のあるブーツに入れておかないと踏んでしまいそうだ。スキニージーンズのような細身のものがよかったが、それを言うのは贅沢だろう。
ただ、萌夏の髪が短くて、後ろから見ると痩せた男にしか見えない。
ロッテには、これでいいのかと何度もきかれてしまった。
いつものコンタクトがなくて眼鏡をかける。随分と顔が重く感じた。
着替えた後、朝食に出されたのは、固めの大麦パンで一センチほどの厚さに切られている。それとハチミツの甘さのある紅茶だ。コーヒーでないのが残念だ。
固めのパンを紅茶に浸して、平らげた。食事がおいしいのが救いだ。
(さて、何をすれば。)
いろいろ考えてみるものの、することもなく、部屋から出るわけにもいかず、座っていても退屈がしのげるわけもなく。何となく、部屋の中をぐるぐる歩き回っていた。
部屋の扉が叩かれる。
「はい。」
萌夏が返事をする。
「失礼する。」
男の声で扉が開いた。着ている物は昨夜の熊男と同じだったが、顔が違う。
背の高さも熊男と同じように大きい。しかし、目の前に立った男には顔を覆っている前髪がない。口ひげも無精ひげもない。背が高くがっしりした体躯なのに、ほっそりとした顎が似合わない。肌は白く、唇は薄く、鼻筋は真っすぐの面長顔だ。瞳は緑柱石の緑。三つ編みの髪は背中に垂らしている。まあ総じて、イケメンの類だろう。
「あなた、誰?」
「え?」
萌夏は、男に近づいて見上げた。
男も萌夏のビン底眼鏡を見下ろす。
「お、俺だ。レオン・グローヴナーだが。」
レオンが後ずさり気味に答えた。
「そんな顔しているのね。」
「し、しつ!」
「若いの?」
「大人をからかうな。俺は三十八だ。」
「なんだ、二つ下なの。」
「はぁ?」
「私は四十よ。」
「!?」
レオンが目を丸くする。
「なに?」萌夏が大男を睨む。
「い、いや、もっとお若い方かと。」
レオンがしどろもどろになる。
「悪かったわね、年寄りで。」
「そ、そんなことは…」
レオンが困った顔をした。
(昨日からこういうのばかりだ。)
彼を見上げる萌夏は、青年用の男服を着ている。
(なぜ男服だ? 女性だというのに? 顔のは何だ? 昨日はそんなものつけてなかった…)
「で、私に用ですか?」
萌夏が眼鏡を直しながら言った。
「あ、知らせておくことがあります。
今日の夕刻、ヴィーデルフェンの国王陛下が当屋敷にお見えになります。」
急にレオンの口調が丁寧になる。
「?」
「貴女に会いに来られます。」
「私に…?」
「この国は、『流生人』から『知恵を授かる』と言われています。
それゆえ、国王陛下は『流生人』と直接、お会いされるのです。」
「…。」
萌夏がひとつ息をついた。
「で、どうなるの?」
「そ、それは陛下がお決めになります。」
「ふーん。
私のほかにも『流生人』がいるっていっていたわね。
その人たちも『陛下』と会っているの?」
「…確かに貴女より以前に『流生』してきた人はいますが、陛下とお話しできるような『流生人』はここ十年、現われておりません。」
「!?」
「ほとんどの『流生人』は、正気を失っているので。」
(そういえば、パニくるのよね。)
「今、ここにいる『流生人』と会うことはできないの?」
「…会って、どうされるのです?」
「どうやって来たのか聞いてみるわ。」
レオンが驚いた顔をする。
「話しができるかどうか…、わかりませんよ。」
「でも、会ってみないとわからないでしょ。」
「…。」
「それに、この世界でどう生きているか、聞いてみたいわ。
元の所に、簡単に帰れるところでもなさそうだし、だったら、どう生きていくか考える方が現実的でしょ。」
レオンが溜息をついた。
「貴女のような方は…。」
◇◇◇
酷く困った顔をしたレオン・グローヴナーは、小さな荷馬車を走らせながら、横の萌夏をみた。
他の『流生人』に会いたいという萌夏の要望をかなえるのに館から少し離れた保管庫、『蔵』に向かっている。土を叩いて固めて、道にしているが荷馬車の乗り心地はよくないだろう。
「自動車は、『流生』してないの?」
景色を見回していた萌夏が唐突に言った。
「な、何です? じ、じどう?」
「自動車、自家用車、簡単に言えば、クルマ。」
「なんですか、それは?」
「馬車みたいな乗り物よ。四角い箱にタイヤが四つ付いて、ガソリンで動く。」
レオンが沈黙する。やがて、彼が口を開いた。
「『流生』物で、そんなものは知らない。クロードからも聞いたことがない。」
レオンは腹ただしそうだった。
「『流生』も、なんでもっていうことは無い。」
萌夏が穏やかな顔をレオンに見せた。
「普通に話してくれてよかったわ。」
「…。」
「丁寧に話されると聞く方も疲れるのよ。
最初の時のようにしゃべってくれるほうが、気が楽。」
荷馬車が石組みの建物の前で止まった。
「着いた。」
レオンが荷馬車を飛び降りた。
(私も飛び降りろってこと?)
苦笑いを浮かべながら萌夏は立ち上がった。手すりに摑まる。勢いをつけて飛ぼうと構えた前に大きな手が差し出された。
「ケガ、していた。無理はするな。」
「どうも。」
レオンの手を借りて、ゆっくりと荷馬車をおりた。
「ここが、『蔵』だ。」
横浜の赤レンガ倉庫のような建物だ。レオンの後について、門のような通路をくぐる。その先にも建物がある。
「これ、全部、『流生』物の蔵?」
「そうだ。」
あたりを見回しながら萌夏が歩いていく。中庭では、袖をまくった男女が井戸水で泥を洗い流している。
(屍泥…)
「ご領主さま!」
どこからともなく、働き手がレオンを呼び、笑顔を見せる。レオンも労いの笑みを見せている。
(ご領主?
ああ、そうだ、この人『ご領主様』だっけ。)
レオンが正面の大きな扉を押し開けた。
中の広間には、大きな棚が並び、また大きな机の上には見覚えのある品物が積まれている。私の世界の品だ。
一日ほどしかたっていないというのに、ひどく懐かしく思ってしまう。
「『流生』で流れ込んできたものを、綺麗に洗って、乾かしてここに置いている。クロードがそれを見て、何かを教えてくれるんだ。」
レオンが棚の間に入り込んだ。
「クロード!」
「ご領主、どうかされましたか?」
レオンが呼びかけた相手が棚の奥から出てきた。木のきしむ音を立てている。椅子に座った中年の男性が姿を現した。萌夏と同じ日本人。黒髪に白髪が混じっている。髪は長く、ポニーテールのように紐で結ばれている。彼は両手で椅子の車輪を回していた。レオンが彼の後ろに回って椅子を押す。木製の車いすだ。
レオンと同じような服を着た男性は萌夏を見て微笑んだ。
「クロード、こちらが昨日『流生』されてきたモカ殿だ。」
「最上萌夏と申します。」
「天野誠一と申します。」
「…『クロード』さんって?」
「蔵の管理をしているから『蔵人』。で、ご領主に『クロード』と呼ばれています。
ここの人達には、私たちの言葉は発音しにくいようです。」
クロードこと天野が微笑んだ。
「あなたは『流生人』なんですね。」
萌夏も穏やかに尋ねた。
「はい。」天野が返事をする。
クロードの車いすを押していたレオンが二人のそばを離れた。棚の奥に入っていく。
「貴女は、どこか、具合の悪い所は無いんですか?」
「具合の悪いところ?」
「『流生』してきた人間は、その途中で身体の部分を無くすことが多いのです。」
「…。」
「私は、片足がありませんでした。」
(あ、車椅子…)
「最上さんは、どこも?」
「私は、少し、足を痛めましたけど、ほとんど怪我はありませんでした。」
「…良かったです、『流生人』では珍しいことです。」
「でも、ここの事は何もわかりません。正直、パニックになりました。」
「そうかもしれません。でも、最上さんは馴染んでいらっしゃる。
大半の『流生』してきた人は、ここを受け入れることが出来ずに正気を保てないことが多くて。残念なことに自ら命を絶った方もいます。」
「そんな…。」
「言葉はどうですか。最上さんは不自由なさっていないようですが。」
「…そうですね、始めっから困っていませんでした。」
「それも不思議な話です。
初めから言葉のわかる人は、最上さんが初めてです。」
「でも、貴方もご領主と話を?」
「ここの言葉がわかるまで、五年、かかりました。」
「!」
萌夏が息を飲んだ。
「いつ、『流生』されてきたんですか?」
「十一年前です。
大きな津波に飲まれて、気がついたらここの森にいて、左足が無くなっていました。」
萌夏に声がない。
「皆、言葉が通じないのが一番の苦痛です。」
「…。」
「感情を共有できない…。」
「…。」
「生きては、いけません…。」
「…。」
「でも、ご領主のレオン殿はよくしてくださいますよ。ほかの領地では、『流生人』を殺すところもあるとか。」
「案外、野蛮な世界ね。」萌夏が呟く。
クロードが車いすを動かした。萌夏が後ろに回り、車いすを押す。
「申し訳ありません。」クロードが恐縮する。
「いえ、」
「中を回りますか。」
「はい。」
クロードが棚の間を進んでいく。
「手前から、最近流れてきたものです。
私も長くここにいるようになったので、わからないものもあります。」
クロードは、机の上の黒い小さな箱を取り上げた。
「なんでしょう?」
萌夏が手に取り、眺める。
「モバイル・バッテリーかしら。」
「モ?」
「充電器。乾電池みたいな感じ。」
「ああ。」クロードは合点が行ったようだ。
「水洗いされてるわね。」
「使えなくなっていますか。」クロードが残念そうに続けた。
「たぶん。」萌夏が残念そうに答えた。
「不思議なことに、電気で動くもの、この世界では見当のつかないような技術のもの、そういうものが『流生』してくると、壊れて使えないのです。修理も出来ません。
まあ、電気を作れないこと、環境を害するエネルギーを、この世界は嫌っているのかもしれませんね。」
「『救難発煙筒』を使っていましたが?」
「人の役に立つものは使えるんです。でも、作ることはできません。」
「…。
あら、熊男は?」
「熊男?」
「今朝は顔が見えたけど、昨日は顔中、髭だらけで熊に見えたのよ。」
クロードが笑った。
「ずっと、貴女を探しておられていたから。館にも戻っておられなかったのでしょう。」
「私を探す…?」
萌夏が首を傾げた。
「ご領主は、その棚の奥におられませんか?」
クロードの指さす棚の奥に萌夏が入っていった。
棚の奥に大きな背中がかがんでいる。萌夏は、その肩越しに先を見た。
ピンクのランドセルを必死に抱えている女の子がいた。ランドセルには黄色のカバーが付いている。髪の毛は、ブラシを入れてないのか、のびて絡まって乱れている。顔もあまりきれいになっていない。怯えた、震えている顔。
レオンが何かを話しかけているようだが、子供にはわかっていないようだ。
「…今日も、ダメか。」レオンが呟く。
「でかい図体で圧をかけたら、誰でも脅えるわよ。」
「え、」レオンが振り返った。
萌夏がレオンの横をすり抜けて子供の側にしゃがみ込んだ。
子供は怯えたままだ。
「名前は?」
「ミク、だ。それしかわからない。」
レオンが答える。萌夏はそれを無視してランドセルの側面を見た。何か札が見える。汚れた中に文字が見える。「森山 美久」。
「美久ちゃん?」
子供がおそるおそる顔を上げた。表情は怯えたままだ。
「言葉、わかる?」
美久の目に涙が浮かんだ。大きな涙の塊が、目よりも大きくなって弾けた。同時に大きな泣き声が建物に響く。ランドセルを離した手が萌夏にしがみついた。萌夏も美久を抱きとめる。
「この子も『流生人』?」
「…ああ。見つけてから一年経つ。世話はさせてくれるが、一日のほとんどをここに座っているだけなんだ。どうすればいいのかわからない。」
「一年って、地獄じゃない…。」
「…おうちに帰りたい。おかあさんのところに帰りたい。」
萌夏の胸の中で、泣きながら美久が何度も繰り返す。
「なんて言っているんだ?」
「『おかあさんのところにかえりたい』って。」
「…。」
レオンは立ち上がると二人に背を向けて、俯いた。
ふと、萌夏は彼女の服を掴んでいる美久の手を見た。不自然に指が開いている。
左手薬指の第一関節がなかった…。