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鏡の先の時

作者: 結城れんげ

都会の喧騒から逃れるかのように、佐々木みかは祖母の家へと足を運んでいた。この田舎の空気は透明で、深呼吸をするだけで心が浄化されるようだった。都会の車の騒音や人々の声が遠く、遠く過去の記憶になっていく。


駅から祖母の家までの道のりも、みかには新鮮で心地良かった。古びた家々、田んぼの緑、野原に咲く小さな花々。そして、遠くに見える山々が美しい風景を作り出していた。


やがて、大きな日本家屋が姿を現した。それは、みかの祖母の家だった。赤い瓦屋根、白壁の土蔵、そして緑溢れる庭。それら全てが、懐かしい時間と空間を彼女に思い出させてくれた。


「おかえり、みか。」祖母の暖かい声が響き、二人は抱きしめ合った。家の中には、みかが小さい頃に触れていた道具や家具がそのまま置かれていた。しかし、家の裏手にある物置だけは、彼女の記憶にはなかった。


祖母の家の周囲には、深い森が広がっていた。風が木々を通り抜ける音や小鳥たちのさえずりが、この地の静寂をより一層深めていた。みかはこの森の中を冒険して遊んでいたことを鮮明に覚えているが、物置の存在だけは記憶の中で霞んでいた。


学校の初日。新しい環境にも関わらず、彼女はすぐにクラスメートたちと打ち解けることができた。ランチタイム、純子という女の子がみかの隣に座ってきた。「ねえ、佐々木さん、あなたの家の裏にある古びた物置のこと、知ってる?」純子の目は輝きながらみかを見ていた。「伝説とか都市伝説みたいなので、あの物置の中には昔の人が使っていたという鏡があって、その鏡を見ると自分の未来が映るっていう話、聞いたことある?」


みかは驚きで答えることができなかった。祖母からは特に物置に関する話を聞いたことがない。ただ、子供の頃の記憶に、あの物置の扉の前で立ち尽くしていた自分の姿が思い浮かんでいた。


放課後、彼女は物置を訪れることを決意した。祖母の家の裏へと足を運ぶと、古びた木製の扉が彼女を迎えていた。扉の古い鍵をゆっくりと開けてみると、中には数々の古道具や家具が散らばっていた。そして、部屋の奥、微かに光る大きな鏡がそこには存在していた。


鏡の前に立つと、普通の鏡と変わらず自分の姿が映っていた。しかし、しばらく見つめているうちに、その姿が徐々に変わっていった。みかの顔が老化し、しわしわになり、髪の色も白く変わっていった。その姿を見たみかは恐怖に震えながらも、鏡から目を逸らすことができなかった。


彼女は鏡から少し後ずさると、背後から誰かの手が自分の肩に触れるのを感じた。驚き、振り返ると、そこには祖母が立っていた。祖母の表情は深い憂いを帯びており、みかはその視線の中に何かを感じ取った。


「みか、この鏡は特別なものよ。だから、無闇に触るのは止めなさい。」祖母の声は優しさに満ちていたが、その中には明確な警告も含まれていた。


次の日、学校での授業中もみかはその鏡のことを考えていた。友人の純子に話したこと、そしてその後の出来事。彼女は鏡の中に映る自分の未来について深く考え込んでしまった。


放課後、純子と一緒に物置へ行くことになった。純子もまた、その鏡に興味を持っていたのだ。しかし、二人が物置に到着すると、鏡はそこにはなかった。代わりに、古びた手紙が置かれていた。手紙には、かすれた文字で何かが書かれていた。


純子と一緒に手紙を読むと、その中には鏡の起源や伝説、そしてそれにまつわる古い話が綴られていた。鏡は昔の人々が使っていたものであり、その鏡を通して未来を予知することができるとされていた。しかし、それには大きなリスクが伴うとも書かれていた。


手紙の最後には、鏡を使う際の注意事項や、それを無闇に使用しないようにとの警告が綴られていた。純子は手紙を読み終えると、みかに向かって「これは本当に怖いね。こんな鏡、触るのは止めた方がいいよ」と話しかけてきた。


みかは純子の言葉に頷きながら、その場を後にした。夜、布団に入りながらも、彼女の心の中は鏡のことでいっぱいだった。そして、夢の中で、あの鏡の前に立っている自分の姿を見ることになった。夢の中の鏡には、彼女の未来が鮮明に映っていた。


その映像の中で、みかは自分が成長し、老いていく様子を見ていた。そして、その映像の最後には、彼女自身が物置の鏡の前で立ちすくんでいる姿が映し出されていた。


目を覚ましたとき、彼女は汗だくで、心臓が激しく打ち付けるのを感じた。夢の中で見た光景は、彼女にとってあまりにもリアルで、まるで未来の出来事を先取りして見てしまったような感覚に襲われた。


その日の朝、みかは家を出て、学校へ向かった。しかし、その途中で、純子に出会った。純子はみかの顔色の悪さを察して、「大丈夫?」と尋ねてきた。みかは夢の中で見たこと、そして鏡の伝説について純子に話した。


純子は真剣な表情で聞いていたが、最後には「夢は夢よ。それに、あの鏡の話もただの町の伝説に過ぎないわ」とみかを励ました。


しかし、みかの心の中には不安が募っていた。夢の中で見た未来の自分の姿と、物置の鏡の伝説が重なり合い、彼女の中で一つの恐怖の結晶となっていたのだ。


その後、みかは変わってしまった。学校でも集中できず、友人たちとも上手くコミュニケーションがとれなくなってしまった。そして、ある晩、再び物置に足を運んだみかは、鏡の前で何かに取り憑かれたかのように立ちすくんでしまった。


夜が更ける中、鏡の中の老いたみかがゆっくりと手を伸ばし、現実のみかの手を掴んだ。その瞬間、彼女の意識は鏡の中に吸い込まれ、二度と現実に戻ることはなかった。


翌日、みかが姿を消したことを知った友人たちは、彼女を探しに家を訪れた。しかし、家の中にはみかの姿はなく、唯一残されていたのは、物置の鏡の前で地面に落ちていた彼女のリボンだけだった。


そのリボンを手にした純子は、涙を流しながら「私たちが鏡の伝説を信じなかったせいで…」と呟いた。


町の人々はこの事件を耳にし、恐ろしい都市伝説として語り継がれることとなった。その後、物置は取り壊され、鏡も姿を消すこととなったが、町の人々の中には、みかが鏡の中の世界で新たな生活を始めているのではないかと囁かれていた。


年月が流れ、新しい世代がこの町に住むようになり、みかの事件も次第に忘れ去られていった。しかし、ある夜、町の子供たちが遊んでいた公園の片隅で、古びた鏡が発見された。鏡を覗き込んだ一人の少年は、みかの笑顔を映し出しているのを見つけた。彼女は老けている様子もなく、幸せそうな表情で鏡の中を歩いていた。


少年は驚きながらも、他の友人たちにその鏡を見せた。しかし、彼らには何も映らなかった。少年だけがみかの姿を確認できたのだ。彼はその鏡を家に持ち帰り、秘密の場所に保管した。そして、夜な夜なその鏡の前に座り、みかの姿を見ては、彼女の元気な様子に安堵していた。


ある日いつも通り少年が再び鏡の前に座ってみかの姿を探すと、彼女は前とは違い、鏡の中の深い森の中に立っていた。彼女の周りには奇妙な生き物たちが集まり、彼女に何かを語りかけているようだった。


少年は毎晩、その光景を追い続けた。時には彼女が生き物たちと踊ったり、笑い声をあげて遊んでいる様子が見えた。しかし、ある夜、みかの顔には不安げな表情が浮かび上がった。彼女は鏡の表面に手を当て、まるで実際の世界に戻りたいと願っているかのように見えた。


彼が鏡の表面に手を当てると、突然、その手が鏡を突き破り、現実の世界に伸びてきた。少年は驚きつつも、迷わずその手を掴んだ。しかし、その瞬間、両者の位置が入れ替わった。少年は鏡の中の森に取り残され、みかは現実の世界へと戻ってきた。


鏡の中の世界は、一変して暗く不気味なものとなっていた。奇妙な生き物たちも、先ほどまでの愛らしい姿から、恐ろしい化け物に変貌していた。少年は恐怖で固まってしまったが、その化け物たちの中心には、みかの姿があった。


現実の世界で、みかは鏡の前に立ち、不敵な笑みを浮かべていた。鏡の中から聞こえる少年の悲鳴に、彼女はさらに笑顔を広げた。


彼は鏡の外の彼女に向かって叫んだ。「君は本当のみかじゃない。君を取り戻す!」と。彼の叫びが鏡の中の空間に響き渡ると、みかの姿が一瞬霞んだ。


現実の世界で、みかは悶え苦しみながら手を伸ばし、鏡の表面に手を当てた。

それに合わせて少年も勢いよく手を伸ばした。


すると彼女の意識が少年のものとぶつかり合った。強烈な光が鏡から放たれ、その後、静寂が広がった。


少年が気付くと、彼は再び現実の世界に戻っていた。鏡の中には、本当のみかの姿が映っていた。彼女は涙を流しながら少年に微笑んだ。鏡は割れ、二度と鏡の中の世界と繋がることはなかった。

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