表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

与えられしもの

作者: 柴いぬ


「よしできたぞ、君は私の大切な子どもだ。」




私が生まれて初めて耳にした言葉だった。




その人は私を抱きかかえると、小さな窓辺へ私を連れて行った。




窓辺から見えるその景色は、大きく立派な桜の木が


庭をうめつくしていた。




辺り一面桜の花びらが絨毯をつくり、たくさんの鳥のさえずりが心地よく奏でていた。




生まれて初めての景色に感動していると、その人が私に語りかける。




「君に名前をつけよう、髪色が茶色だからブラウニー、いや、それは単純すぎる。どこか笑顔のような表情だからスマイリー、それだと聞いたことがある名前だな。そうか君にピッタリの名前があったよ、君は僕の大切な家族だよ、キャリー」




そうして私はキャリーとして誕生した。




その人はいつも私にたくさん話しかけてくれた。




今日は寒いからと暖炉のそばで私を座らせ、夜は必ずフカフカで暖かいベッドで私を寝かせ、時には歌を聴かせてくれた。




毎日が幸せで、その人が私の名前を呼ぶたびに嬉しくて仕方がなかった。




そんなある日、見知らぬ人が私達の家に訪れた。




この家を売ってくれないかとお願いしていた。


どうやらこの家の近くに大きなゴルフ場をつくる計画なのだと話す。




「悪いが帰ってくれないかね、私はこの家がとにかく大好きでね、妻が大切にしていたあの桜の木が毎年たくさんの花を咲かせ、満開になるのを見ることが僕の生きがいなんでね」




そう話すと、その人は静かに扉を閉めた。





だが、その訪問者は毎日のように訪れ、なかなか帰らなくなっていた。




その人はだんだんと強い口調で追い払っていたが少し疲れたのだろう、幾度となく溜息をつくようになっていた。




そして突然、私達の幸せは奪われた。




その人が出かけた少し後にいつもの訪問者がやってきて、窓から家に火を放った。




あっという間に火は燃えひろがり、家中を燃やし、そしてあの桜の木も燃えて真っ黒に枯れてしまった。




椅子に座ったままの私をあの人が助けようと駆け寄った時、大きな柱が二本あの人の背中を覆った。




そこから私の記憶は消えてしまった。




あの人はどうなったんだろう、私は今何処にいるんだろう。




ガタガタと揺れる何かに乗せられて私は山に捨てられた。




たくさんの燃えてガラクタになってしまった物達と一緒に何日もそこに私はいた。




雪が降り積もり私の身体はどんどん見えなくなっていった。




あの人がいれば、きっと私を優しく抱き上げ、暖炉のそばで暖めてくれただろう。




空を見上げながらずっとあの人のことを考えていた。




あの人は私を家族だと言った。




だけど私はあの人に何もしてあげられなかった。




だって、私はあの人が作った人形なのだから。




あの人が私に命を吹き込み、私に感情を与えた。




そのおかげで私は毎日幸せな日々を送ることができた。




だけど、その人はもういない。




そんな事を考えていると、ふと目にたまった雪が溶けて私の頬を伝った。





すると遠くから誰かの声がした。




「ねぇ、あれ人形じゃない?」




雪に埋もれた私を引っ張り出したのは小さな子どもだった。




どうやらその子は私を気に入ったようで、手で雪を払いリュックに入れた。




それから毎日その子は私と一緒に遊んだ。




遊んだといってもその子はまだ幼い子ども、私の髪を無理やり引っ張ってはご飯だよ、と口に砂を押しつけた。




しばらくはそんな日々が続いたが、新しいおもちゃを手に入れてからは私の存在など忘れたように部屋の片隅へ追いやられていた。




そんなある日、私のことがすっかり飽きたその子が私を連れて出かけた。




「このお人形もう遊ばないからあげる」




そう言って私はまた別の誰かの人形になった。




新しい家でも私は同じような扱いで、しばらくは遊んでみるが、気がつけば部屋の片隅に追いやられた。




あの窓辺から見えた桜の木を思い出していた。




もう一度あの桜が見れたら幸せなんだろうな、ふとそんな事を考えていた。




すると辺り一面煙がモクモクと部屋を覆っていた。




この景色、似ていた、あの時に。




みんなが慌てて火を消そうとするが火の勢いは全く衰えることがないままどんどん家を焼き尽くしていく。




私はなんとか助け出されたが、あの時のように家は火に包まれそしてすべてを燃やし尽くした。




悲しむ家族を見ていたら心が傷んだ。




すると私を見つけたお母さんが泣き叫び私にこう言った。




「この人形笑ってる!この人形のせいだわ!呪われた人形なのよ!」






そうして私は誰のものでもない人形になった。








雨が降り、私の身体は水溜りに沈んでいた。






私は呪われた人形。




これから先また誰かを不幸にしてしまうかもしれない。




終わらせたい。




だけどどんな状況になっても私は自分でこの人生を終わらすことができない。




あの人に命を吹き込んでもらったこの命を、今はこんなにも捨てたいと願っている。






すると一匹の犬が私に近づいてきた。




私に気づいて何度もクンクンと匂いを嗅いでは何とも悲しそうな声で鳴いた。




私はその犬に話しかけた。




「どうかお願い。私の身体を噛んでバラバラにして。」




しかし犬はクーンクーンと鳴いたまま私の周りをウロウロと歩くのだった。




そこへ一台の車がやってきて私はその車に載せられた。




車はたくさんのゴミを載せて焼却場へと向かう。




焼却場へ着くと私はゴミと一緒に流され身体をバラバラにされた。




頭だけ残ってしまったせいか、私の感情は消えないままでいた。




もう誰も不幸にしたくない。私は呪われた人形なのだから…どうか終わらせて下さい…




願っても願っても、誰も私の気持ちには気づいてくれない。




私は何故、人形としてこの世に生まれたのか、何故感情を持ってしまったのか、自分の生きる意味に答えを見出せないでいた。




あの人の哀しい感情から私が生まれたのだろうか。




ならばやはり私は呪われた人形でしかない。






すると突然先程の犬が現れた。






「ワンッ」






気づけば犬が私の頭をくわえて走っていた。




犬は慣れた様子で小さな庭に入って行った。


庭にいるお爺さんの膝元に私を下ろすと、何かエサをもらっていた。




お爺さんは私の頭を手に取ると優しく話しかけた。




「君、可哀想な姿をしているね」




若い女性がお爺さんの車椅子を押しながら




「かなり汚れてますね、頭しかないからさっきの子(犬)がおもちゃにしてたんですかね?」




そう言うとお爺さんにタオルを渡した。




お爺さんはタオルで人形の顔を拭きながら




「君、可哀想な姿をしているね」




女性は慣れたように




「頭しかないからさっきの子がおもちゃにしてたんでしょう」そう返した。




お爺さんはもう一度同じセリフを言って人形の顔をキレイにした。




私を部屋へ連れて行き、お爺さんは慣れた手付きで布を切り、綿を詰め私の身体を作った。




それを見た人々は驚いてお爺さんに尋ねてみた。




「お人形作ったことあるんですか?」






「わからない」






「だけど手が覚えているみたいで何だか不思議だよ。」






そう話すとお爺さんは私を優しく抱きしめ、暖かい毛布でそっと包んでくれた。






私は呪われた人形、誰かを不幸にしてしまう。




だけど私はこの温もりを何より一番覚えている。




あぁ、私を生き返らせてくれて本当にありがとう。




私はお爺さんにそう話すと、お爺さんは私にこう言った。




「君に名前をつけよう。どこか笑顔のような表情をしているからスマイリーがいいかな。いや、違う。君にピッタリの名前があったよ、キャリー」




「carry happiness、幸せを運ぶものという意味だよ」




お爺さんの部屋の窓から見えた景色は、たくさんの花をつけた桜が満開に咲いていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ