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第8話、王子様、アンジェロの料理を食べる


「あ、アルフレド副団長」


 私は、入ってきた副団長と、その隣にいるレクレス王子に頭を下げた。


 基本的に、王族から話すまで声をかけてはいけない、というのが王城でのルールがある。ここは王城ではないが、レクレス王子の城なのでそれにならい、王子が声を掛けてくるまでは口を閉ざした。


「アンジェロ」


 アルフレドが口を開いた。


「団長に、食事をお出ししてください」

「承知しました」


 新人だもんね。侯爵令嬢に、食事を運んでもらうなんて贅沢、そうそうないんだからね!


「おや、水桶は持ってこないのですか?」

「あ、はい、ただいま!」


 そうなのだ。騎士たちに手洗いを強要した結果、アルフレドが食事を取る際、先に食べていたクリストフが『手を洗ってから食べるのですよ、副団長』と言ったのだ。


 王子殿下に清めの水を。レクレス王子はしきりに首をかしげていたが、アルフレドが強く勧めたので、従っていた。


 腹痛除けです、と言ったら「そうか」と王子は答えた。


 王子の食事は皆と同じでいい、とはアルフレドから聞いている。王族なのに、部下と同じものを食べるんですね、と私が言ったら、眼鏡の副団長は『毒見も兼ねてます』と答えた。……なるほどね。


 お手洗いの後、恐れ多くもレクレス王子に、私が作った料理をお出しする。


 さすがに王子様相手だと緊張してしまう。そもそも私は専門の料理人ではない。もし、料理で失敗したら、最悪死罪では……?


 見た目はハンサムだけれど、猛獣などと言われているような人だ。怒らせたら、かなり気性が荒いのかもしれない。


 騎士たちが美味しいを連呼してくれたのは、どこか当然と上から目線だったけど、調子に乗りました。ごめんなさい。


 震えそうになる体を抑え、何とか真っ直ぐ立っていられるのは、淑女としての教育の賜物だろう。どんな時でも、侯爵令嬢たる者、背筋を伸ばし、胸を張れ!


 分厚いステーキ肉をナイフで切り分け、フォークで口に運ぶ。その所作はさすが王子様。凜とした振る舞いに、無駄のない動作は見事という他なく、誰の目にも優雅の映ることだろう。……誰よ、猛獣なんて言ったの!


「……美味い」


 小さく、レクレス王子の唇が動くのを私は見逃さなかった。それだけで私の胸の奥がパッと温かくなり、血液に乗って全身に熱を運んだ。頬が熱い。


 スープに手を伸ばす。あああ、私の作った野菜スープをレクレス王子が……王子が。


「甘いな……」


 またもボソリと、端には聞き取れないような小声を漏らされた。しかしその手はスープのみならず、トロトロに溶けた野菜に伸び、あっという間に平らげた。


「うん、久しぶりに食事をした気分になれた」


 食後の感想だろう。レクレス王子は、私を見た。


「アンジェロ。お前が今日の料理番だと聞いた。美味い食事だった。また食べたいものだ」

「あ、ありがとうございます!」


 私は自然と頭を下げていた。お辞儀のマナーを通り越した角度だと意識したが遅かった。だって、顔を上げられなかったんだもの!


 あの女嫌いで有名なレクレス王子が、プロではない私の料理を食べて、美味しいって言ってくれたの! 体が震えてくる。口にされるまでは恐怖だったけれど、いまは違う。嬉しい! 嬉しすぎて、体が震えるの。


『アンジェロの料理です。美味しくて当然です』


 メイアの念話が私の頭の中に飛び込んできた。


『しかし、アンジェロ。今のあなたは一応、男子であることをお忘れなく』


 そうだった。別に女嫌いの王子が、『女』が作った料理を褒めたのではなく、男装した私、つまり『男』が作ったものとして食べたのだ。


 普通に女として振る舞ったなら、彼はたとえ美味だったとしても、一口も食べなかったかもしれない。


 そう考えたら、嬉しさが少ししぼんだ。婚約者になったとはいえ、素の私が作ったなら、彼は食べてくれなかったかもしれないのだ。


「しかし、残念ですね」


 アルフレドが口を開いた。王子が食事を終えるまで口を挟まず待っていたようだ。


「料理は騎士で持ち回りですから、明日には、またいつもの味気ないものに戻ってしまいます」

「それは辛いな」


 レクレス王子は天井を仰ぎ見た。


「おそらく団員たちも皆、そう思うであろうな」


 何と恐れ多い。遠巻きに見守っていた騎士たちも、うんうんと頷いている。


「しかし、アンジェロは治癒魔法が使える。ぜひ前線にも欲しいが……両立は難しい」


 王子様が私の扱いで悩まれている。ただの冒険者、傭兵風情に。


「どう思う、アルフレド」

「当面、料理番をやってもらいつつ、当番になる者たちに料理の指導をしてもらいましょう。皆、少しずつでも料理の腕が上がれば、アンジェロを他の仕事にも当てられます」

「そうだな。ここでは何が起こるかわからないからな。いつ誰が倒れても、その不足を補えるようにせねば」


 つまり、私が料理を作れないことになっても、他の者たちが私と同じくらい料理が作れるようになれば、味の問題も解決するということだ。


 それはひとりの人間に依存しないことを意味する。それだけこの城の勤務というのは過酷なのかもしれない。人手不足も、その裏返しなのかも。


「アンジェロ、騎士団に来て料理専属は不本意かもしれんが、当分の間、騎士たちへの料理指導を頼む」

「は、はい。仰せのままに」


 私はあなたを知るために来たので、別に前線勤務でなくても全然平気ですよ! むしろ、城にいるほうがホッとしているところがあるくらい。


 だって、私は冒険者をかじっているとはいえ、本当は貴族の娘なんですからね。前線で他の騎士たちの足を引っ張るようなことはしたくない。


 当初の予定とは違うが、料理番なら、城でじっくり王子のことを観察できるだろう。さっきのように美味しいと言って食べてくれるなら、そう悪くない。



  ・  ・  ・



 その後、ディナーを私ひとりでやっていたことが発覚し、後片付けは他の騎士がやってくれることになった。


 副団長にも関わらず、アルフレドが私が寝泊まりする部屋へ案内してくれた。こういうのは部下の騎士にやらせるものだと思うのだけれど。


「ここが貴方の個室です。制服も用意してあります」

「はい、ありがとうございます!」


 体を測られていないが、制服のサイズ合うのかしら? まあ軍隊は雑兵のサイズなんていちいち気にしないから、そんなものかもしれない。装備を貸し与えるだけありたがいと思え、というやつだ。


 いや、体を測られなかったのは幸いだ。もし計測されたら、下手したり性別バレしていたかもしれない! 危ない、危ない……。


 中はお世辞にも広くない。しかし、個室なら同僚を気にしなくて済むし、着替えもしやすいからありがたい。相部屋だったらそうもいかなかっただろうから、狭い部屋とか文句はいえない。


「それにしても……冒険者にも騎士団の制服なんだ」


 違和感を覚えたが、ここではそういうものなのかもしれない。

 かくて、私の一日目は終わった。

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