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第6話、いきなり料理当番


 グニーヴ城の調理場に行った私は、その微妙な汚れ具合に絶句した。


 レクレス王子の女性嫌いの結果、この城に女性はひとりもいない。そして人員不足が拍車をかけ、日々の調理活動も騎士たちが持ち回りでやっているという。


 こういう状況でなければ、料理とか清掃とかしていない男たちしかないとなれば、そりゃあもう、悲惨な状況になるのはやむを得ないのかもしれない。


 正直、どこから手をつけていいかわからないわ。スープで使った皿とかスプーンとか、これちゃんと洗った? 


『こんな状況で料理などできますかぁーっ!』


 ブチキレたのは、私ではなくメイアだった。


『我慢なりません。こんなところで私のアンジェロが料理など……』


 黒子装備で姿が見えないメイアだが、指を鳴らした音がして、途端に調理場の汚れが消えた。


 クリーンの魔法を使ったのだろう。私専属のメイドにして、偉大なる魔法の師である彼女には、この程度朝飯前だろう。


「ありがとう、メイア。これで少しはやる気が出た」


 やはり料理をするなら綺麗な場所で作りたいわよね。黒ずみや汚れが消えて、ピカピカになった調理器具は見ていて気持ちいい。


『人員不足は深刻です』

「そうね」

『裏方がいない城など前代未聞です。こちらで人員を手配します』


 メイアが提案した。


 呼びましょう、ではなく、手配しますときた。これは私以外のことに関心の薄いメイアでさえヤバいと感じたのだろう。


「えーと、食材は――」

『右手の奥の扉の向こうです』

「わかるの?」

『クリーンをかけた時に、把握しました。調理器具などはこちらに』


 助かる。私はさっそく食料庫に入って物色。肉に、魚に、野菜に……。そこそこあるように見えるけど、うちのお屋敷と比べると何か少なくない?


「それにしても、調理場に人がいないなんて、ひとりで作れって言うことかな?」


 誰かしらいて、その人からある程度説明を聞けると思ったのだけど、聞ける人がいないってどういうこと? 人手不足どころじゃないわね。


『お手伝いいたします、アンジェロ』

「ありがと。ひとりじゃ多分無理ね。そもそも、このお城、何人いるのかしら?」

『調べます。とりあえず現在、城内には20名いますが――』

「王子様と何人か外だものね。他にもいるみたいだし、とりあえず、いまの倍の人数想定すればいいかしら」

『運びます』


 メイアの姿は見えないが、食材を入れた木箱や、食材が浮かんで調理場へと移動する。魔法って便利だわ。大人数の食材を動かすだけでも、重労働なんだからね。


 とりあえず、人数がはっきりしないからある物で作ろう。カボチャにニンジン、タマネギなどで野菜スープを作り、あとは適当に肉を焼いておくか。正直、人数を考えるとしんどいところだけど、何か今日は忙しそうだったし、多少奮発したほうがご褒美になるだろう。練兵などで体を動かしたり男どもの食欲は凄まじいと聞くし。


 あとは、ふふ、王都から持ち込んだ調味料で、労ってあげようじゃない!



  ・  ・  ・



 そんなわけで、ディナーをメイアのヘルプで作っていたら、第一陣のお客様が来た。


「今日は、やたらいい匂いがするなァ!」


 大きな声でやってきたのは、大柄の騎士。灰色の短髪に角張った顎、見るからに筋肉自慢そうな体躯の男だった。


「肉を焼いているようだが……」

「ええ、いま出します!」


 しかし、私は用意されたディナーを渡す前に、大柄の男ほか、やってきた騎士数名を見上げた。


「今日の料理当番を仰せつかったアンジェロです。よろしくお願いします」

「おお、新人か! どうりで見ない顔だと思った。俺はクリストフだ」


 大柄の男、クリストフはそう名乗った。体は大きいが、大らかそうな顔をしている。笑うと意外と可愛いタイプかもしれない。……しかし、汚い。


「クリストフさん。料理を出しますが、まず、手を洗っていただけませんか?」

「ん?」


 後ろの騎士たちも含めて、顔を見合わせた。


「手を洗う?」

「あなた方は、外から戻ってきたと見受けますが、汚れた手で食事は、お腹を痛くする原因にもなります。だから、まず手を洗ってください!」


 なにを――後ろの男たちがイラッとした顔になる。が、先頭のクリストフはパチパチと瞬きした。


「そうなのか!? 食事の後の腹痛は、手を洗わないことが原因なのか!?」

「はい」


 お貴族様も含めて、いまだにテーブルクロスでふけばいいなんて悪しき風習が残っていたりする。……まあ、私もメイアからそう教わった口ではあるのだけれど。私も学んでからは、世間の公衆衛生の低さにショックを受けたものだ。


 食べて腹を壊すのが、清潔にしていなかったのなら自業自得だが、作った私の料理が悪いと言われるのは我慢ならない。この手の問題でまず疑われるのは、料理人のほうなのだ。


「貴様、新入りの癖に――」

「待て待て、お前ら! 手を洗うことで腹痛になりにくいというなら、洗うしかないではないか!」


 クリストフは真顔で後ろの騎士たちを叱った。単純というか、人の話を聞いてくれる人なのか。とりあえず、私は床が石造りで、血抜き用の排水口があるのを幸いと、手から水魔法で水を出した。


「はい、ここで洗えますから。ひとりずつ並んでください。その後、食べていいですからね」

「おお、すまんなぁ。さっきから匂いが良すぎて、早く食べたくてたまらんのだ」


 クリストフが、私の前にきて両手を水に当てた。ゴシゴシゴシ――汚れがよく落ちる。


「それにしても、魔法をそんなふうに使うとは……。もういいかな?」

「……いいでしょう。そちらに並んでいるのを持っていってください」


 私の言葉を聞いて、クリストフは用意されていた厚手の布で手をふくと、配膳台の上の肉とスープをトレイごと運ぶ。


「スプーンや皿も綺麗だな!」

「当たり前です! お腹壊されたらたまりません!」


 クリストフは、調理場に隣接する食堂の席についた。


 先にクリストフが素直に手を洗ったおかげか、続く騎士たちもひとりずつ手を洗う。……本当にこの人たち、作業した手のまま食べようとしていたわね。そりゃスプーンの持ち手も汚れるわ。


「美味い! 美味いぞ!」


 クリストフが食堂で叫んだ。それを聞いて、手洗い待ちの騎士たちも、自分の分の食事が気になったようだ。


 そしてひとりずつ私とメイアが料理を食堂に運び、そして食べた。


「何これ、うまっ!」

「これ、味付けに高い香辛料とか使ってね?」

「美味けりゃいいんだ。くそっ、このスープ、具がたくさん入ってる!」


 騎士たちが勢いよく、私たちの料理を口に運ぶ。この侯爵令嬢たる私が作ったのだから、美味しいのは当然よ!


『普通、侯爵令嬢は料理しませんよ』


 メイアの声が念話で聞こえた。知るものですか。他の令嬢がどうとかなんて。


 騎士たちからは好評なのは何よりだけれど、私の料理、王子様は食べるのかしら?

ブクマ、評価などよろしくお願いします。

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