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第5話、王子様は猛獣にあらず?


「癒しの光、ヒール」


 私は、怪我人たちに治癒魔法を掛けていった。メイア仕込みの魔法で、重傷者も休めば大丈夫なレベルにまで回復する。


「ありがとう、お嬢さん……」

「いえ、ボクは男ですけど」


 意識がボンヤリしていた人に、女と言われてしまって私は苦笑する。これでも男装しているんですけど……とは、さすがに王子様の前では言えないよね。


 重傷者に治癒魔法を掛け終わり、続いて比較的軽い負傷者の番。


「おお、あんがとよ。坊主」

「はい」


 男装しているから、男として見られるのは正解なんだけど、面と向かって言われると複雑なこの心。


 さすがに人数がいたから、少し疲れた。メイアに感謝ね。魔力の使い過ぎは意識を失うこともあるけれど、数回使って倒れるような柔な教育は受けていない。


 大方の治療が終わったところで、騎士たちに指示を出し終わったレクレス王子が言った。


「よくやってくれた。お前、名前は?」

「アンジェ……アンジェロです」


 つい、アンジェラと反射で出そうになって言い直した。王子は首を傾げる。


「……どこかで会ったか?」

「い、いえ! 初めてです、たぶん」


 幼い頃に、王城でもしかしたら顔を会わせているかも、と思ったが、いまはただの冒険者なので初対面を通す。……もしかして、王子は私の顔をはっきり覚えていたり?


 ドキリと心臓が高鳴る。もし王子が私の男装に気づいたら……。女嫌いで知られる王子のこと、手荒く追い出されてしまうのではないか――


「そうか。オレはレクレス・ディエス。青狼騎士団の団長だ」


 王子とは名乗らないのか。私は背筋を伸ばした。


「冒険者のアンジェロです。こちらで人手を募集していたので来ました」

「そうだったか。人もだが、ここは今いろいろなものが足りない。治癒魔法が使える人材は特に助かる。騎士たちを治療したこと、感謝する」

「い、いえ。お役に立てて、よかったです」


 私は戸惑ってしまった。これが音に聞こえた猛獣王子か。ちゃんとお礼が言える人ではないか。元々素敵な顔立ちをしているし、私の胸の奥が疼いた。ドキドキが止まらないのは、男装がバレないかの恐れのせいだと思う。


「……」


 何故、私をマジマジと見つめているの? ひょっとして、女だってバレた? レクレス王子は私を見つめている。視線から逃れたいが、ここで逸らしたら不自然に思われる! 心臓の鼓動がさらに高くなる。


「……あの、何か?」

「――いや、何でもない」


 王子は表情すくなく、踵を返した。その一歩の踏み出しを見て、違和感を覚えた。ひょっとして、レクレス王子は怪我をしてる?


 おそらく軽傷なのだろう。しかし歩くたびに痛みを感じているとしたら――


「レクレス様」

「何だ」

「癒しの光――」


 私は小声で王子に治癒魔法を掛けた。レクレス王子は、小さく眉をひそめた。


「お前……」

「余計だったかもしれませんが、お身体を大事にしてくださいませ、殿下」


 一瞬キョトンとされたレクレス王子だったが、すぐに微笑を浮かべた。


「ああ、ありがとう」


 王子は騎士たちのもとに戻り、再び前線に戻られるようだった。


 しかし、私は頬の火照りを抑えられずにいた。ありがとうって言った! あの女嫌いで有名な王子様が、私に、ありがとうって!


『アンジェラ様、いまは「ただのアンジェロ」です。間違いなく』


 メイアの声――念話が聞こえた。相変わらず姿は見えないがそばにいるようだ。


「わかってるよ」


 えっと、確かアルフレドって人のところに行けって言われたんだっけ。……で、そのアルフレドって誰? どんな人?


「アルフレド!」


 レクレス王子が声を張り上げた。


「団長!」


 と返事をして駆けてきたのは、長身で黒髪の騎士だった。一部の貴族や大商人しか持っていない眼鏡をかけた青年である。……この人がアルフレドか。


「これから小隊を率いて前線の様子を見てくる。お前に城を任せる」

「承知しました」

「それと、そいつ――」


 王子が私を指さした。


「新人だ。部屋を用意してやれ」

「かしこまりました、団長」


 レクレス王子が城を後にした。鎧の汚れが比較的新しいから、たぶん一度戦場に行って、また戻るのだろう。負傷者がいっぱいだったから、きっと魔の森の魔獣と戦っているんだろうな。……いいのかな。私もお手伝いしたほうがいいのでは。


「えっと新人君?」


 背の高い青年騎士――アルフレドがやってきた。


「だいぶ華奢ですね」


 むっ、しょうがないじゃん、男装してるけど中身は女の子なんだからさ! 大人になったらがっちりする男の人とは違うの!


「アンジェロです。冒険者です」


 冒険者票をちらつかせれば、アルフレドは小さく頷いた。


「これは失礼。まったくの素人じゃなくて安心しました。ここは最前線の城ですからね」


 口調こそ丁寧だけど、どこか嫌味に聞こえるのは気のせいかしら。


「何もかも不足している状況で、来てくれただけでもありがたい。無い物ねだりはいけませんね」


 自嘲だろうか。歩き出すアルフレドに、私はついていく。


「部屋はいくらでも……とは言いませんが空きはあります。今言った通り、足りないもののリストには人手も含まれますからね」


 城内に入る。頑丈な石造りの城は、まさに前線に揉まれた感が強い。王都にあるような、豪華な飾りや内装はなく、ただ戦うためのそっけなさも感じさせた。……私が冒険者などやらず、ただの侯爵令嬢だったら、、ちょっと耐えられなかったかもしれない。


「アルフレド殿、よろしいでしょうか?」


 兵士のひとりがやってきた。手に包帯を巻いている。


「どうしました?」

「それが、料理当番が不在でして……食事が作れません」

「ひょっとして、怪我か、あるいは今朝の出撃からまだ前線にいるとか……?」


 アルフレドは額に手を当てて、渋い顔になった。傍目で見ると、この人もイケメンだよね。


「明日の料理当番と交代は――」

「怪我の治療で、安静にするようにと」

「駄目ですか。……ええと、アンジェロ。君は料理はできますか?」

「え? あ、はい」


 料理なら一応は。メイアに教えてもらった。アルフレドは言った。


「ここでは料理は皆で持ち回りでやっています。あなたもここに加わるなら遅かれ早かれ番がきます。早速ですが、今日の料理当番をお願いします」

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