表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋ぞつもりて  作者: 神田des
8/8

 瀬那がぼんやり画面を見ていると「新着1件」と通知が入る。プライベート用アドレスの方だ。頭が回らないまま、ポチっと押す。知らないアドレスの件名が「葉山令司です」となっている。彼女の肩から力が抜ける。


(なんで今さら)


 あれから令司から連絡はなかった。何の説明もない別れを、瀬那は苦しみながら受け入れるしかなかった。小学生の時とは違う。アドレスも教えているし、連絡を取る方法はいくらでもある。連絡がこないのは、彼にそのつもりがないから。


(私にとっては全然、昔のことじゃない)


 未だに令司が好きで、他の人が目に入らない。キーボードに水滴がポタリと落ち、慌ててPCから離れる。涙を拭きながら部屋を出ると、母に遭遇する。


「な、なに? どうしたの?」

「お母さん……。選考通過と、ずっと待ってた人の連絡がきたの」

「それ、同じ話なの?」

「そう。どっちも葉山令司だから」


 母の顔がなぜか強ばる。不思議そうな瀬那に、母は静かに言う。


「一緒にお茶しましょう」


 




 瀬那は緊張で何も喉を通らない。母は湯気が立ち上る緑茶を飲み、大きくため息をついた。


「今さら葉山くんの名前を聞くとはね」


 母は父が亡くなった時のことを話し出す。

 父は、あの大雨の翌日に心臓の大動脈が破裂してそのまま亡くなった。その場に彼女はおらず、詳細を知らないままだった。


「倒れたその場に、葉山くんいたのよ」


 大雨の翌日土曜、雨でロッカーに置きっぱなしにした瀬那の鞄を持って、令司は家を訪れた。瀬那は出ていて、対応した父が彼と揉みあううちに倒れた。


「お父さん、葉山くんのこと支店長の息子ってすぐ分かったみたい」


 父は家族に言わず信用金庫でお金を借りたが、返せず、担当と支店長は次の融資を断った。それを父は恨んでいたらしい。


「葉山くんが瀬那さんと付き合いたいって言い出したら、怒って殴りかかったらしいの」


 それは駄目だ。父が悪い。……でもそれが原因で亡くなったとしたら? どう思うんだろう。母は、私は、令司は。


「葉山くんは救急車呼んで、乗り込むところまで付き添ってくれた。でも……」


 母はそれでも令司を恨んだらしい。彼が来なければ父は亡くならなかった、そう思っていたという。

 令司の父は不祥事があり、元々東京に戻ることになっていた。でも令司が急について行くことになったのは、おそらく父の死が関係している。


「お母さん。今も令司を恨んでる?」


 瀬那の言葉に、母は顔をしかめながらも笑った。


「本音をいえば関わって欲しくないわ。でも葉山くんは小学生のときも、お父さんに怒鳴られているから、同情はしてる」

「小学生?!」

「なんかヒルに噛まれたところ、助けたんだって? 瀬那がインフルエンザでずっと学校を休んでいたとき、葉山くんがお見舞いとお礼に来たのよ」

「は? そんな話聞いてない」


 母は気まずそうな顔になる。父は彼を追い返した挙句、「瀬那にはあいつのこと言うな!」と厳しく口止めしたらしい。母は、娘の頬に優しく触れる。


「お父さんはあなたのことが何より大事だったの。本当は、あなたのために工場(こうば)を閉める決心をしてた。でも……瀬那にそんな顔させる相手なら、許してもらいましょうか」


 母は弱々しく微笑んだ。綺麗な(しずく)が頬を伝う。瀬那の頬にも同じものが、あとからあとから流れ出る。






 令司のメールには、会社として瀬那を必要としているので、前向きに検討して欲しい。ということと、自分は採用から外れるので、自分のせいで断るようなことがないよう祈る。とあった。


(令司。お祈りメールだね)


 恋も愛も感じられない。こちらは未練たっぷりなのに。


(会社の先輩としてお話を伺いたく……違うな。久しぶりにお茶でも……違う)


 瀬那は頭を掻きまわしながら、素直な気持ちを書いた。会いたいです、と。

 送信ボタンへ慎重にカーソルをあてる。マウスがカチッと音を立てる。彼女は大きくため息をついて、お茶に手を伸ばす。口を付ける前に新着通知が点滅する。慌ててメールを開いた。


『これから会いに行っていい?』


 駄目だろう。こんな時間に家に来る気か。まるで駅で別れたときに時間が戻ったみたいだ。


『会社を見に東京へ行きます。いつ行けば会えますか』


 令司から場所と時間が、瞬間的に返信される。了解のメールを送ると、またすぐに返事が来る。


『やっぱり気が変わったとか、もう駄目だから。会うまでもうメールは見ない』


 瀬那は笑いながら返す。


『うん。おやすみ』


 もう返事は来なかった。明日に備えて、穏やかな気持ちで布団に入る。






最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

私としてはいつもと違う感じで書けたので、とても楽しかったです。

またどこかでお会いできると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ