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鬱展開となります
駅にたどり着くと、令司は瀬那を家まで送ると言い出した。
「家、反対方向でしょう?」
「家に行ってご挨拶する」
「は?」
呆気にとられた瀬那に、彼は真剣な表情を向けた。
「お父さんにOKをもらって、次の段階に進みたい」
「は?」
彼女はあんぐり口を開けた。次の段階って何?! 頭を抱えながら訴えた。
「とにかく、今日はやめよう。遊びに来るくらいなら、今度来て」
「今度っていつ?」
彼はどうしてこんなに前のめりなのだろう。日頃の落ち着いた雰囲気は欠片もない。首を傾げて彼女は聞く。
「何かあるの?」
令司は切なそうに彼女を見る。瀬那は頬を赤くしながら目を逸らす。
「分かった。次の月曜はどう?」
令司は彼女の手を取り、ぎゅっと力を込めた。不安そうに瞳を揺らしながら、ゆっくりと頷く。
彼女の手は帰りの電車が来るまで、ずっと繋がれたままだった。電車のドアが開いても、発車のベルが鳴り終わる寸前まで、彼は手を放そうとしなかった。
次の月曜、瀬那は学校を休んだ。父が急死したのだ。
工場から音が消える。静けさが父の不在そのものようで心が軋む。母は葬式や雑用に追われ、瀬那は必死に手伝う。悲しみに囚われてしまったら、動けなくなるような気がして必死に働いた。
こじんまりした葬式が終わる頃、雨の中外で立ち尽くす人影が見えた。しとしとと止まない雨の粒が紺色の傘に落ちる。令司だ。
彼女は慌てて外へと向かう。黒靴を足に引っかけ、傘も持たずに外へ────でも、人影はなかった。
瀬那が学校に行ったのは一週間後。
華やか美少女は、ぶーたれた様子で彼女を国文学研究会へ誘う。どうやら、かなり心配していたらしい。美少女台無しの顔の彼女に、瀬那は小さく微笑んで見せる。
秋に入り受験のため休む生徒が出てきている。令司はずっと学校に来なかった。信用金庫の支店長を務めていた彼の父は東京に移動になり、令司も受験のためついていったそうだ。
瀬那は思い切って、にこやか部長に令司のことを聞く。
「令司とは連絡とってないよ」
そんなはずはない、と彼女は思う。でも嘘を重ねられるのが怖くて、二度と聞くことはなかった。日々は彼がいなくても過ぎていく。瀬那は理系にも関わらず、国文学を専門に学べる地元の大学を受験する。にこやか部長と華やか美少女は、付き合ったり別れたりしながら、東京の大学に一緒に進学した。
瀬那は一人、地元で研究に没頭する。
うっかり大学院にまで進み、研究を進めてしまった瀬那は、逆風の中、恐ろしい強敵と戦っていた。就職活動をすると、喉元に突きつけられる気がする。その研究お金になりますか?
(お祈りお祈りお祈り申し上げます……。今日も凄まじいなあ)
彼女はPCを前にパタリと床に倒れる。定番の断り文句をもらい過ぎて、心はズタズタだ。
(そんなに祈られても、神様じゃないし)
本当に祈ってるんだったら、採用通知ください!! と、不採用通知に返信するわけにもいかない。しぶしぶ机に向かいお祈りメールの確認を続ける。すると一件、毛色の違うメールがあった。
(容量が重い。添付あり)
いやいや、まだ喜ぶのは早い。就職活動してアドレスが拡散しているのか、迷惑メールもたまに来る。慎重に開封する。読み進めるほどに、ホクホクした顔になっていく。
(本当に最終面接のご案内だ)
その会社は人工知能を活用したビジネスを行う企業。日本語を処理するための深い知識の人材を求め、彼女も募集要件を満たしていた。やっていることの新しさと技術の高さが注目されている会社だった。
(メールも丁寧。定番の文章じゃなくて、ちゃんと一人一人に書いてる感じ……。お役に立てるよう、努力いたしますよ)
すでに採用通知をもらった気分になる。が、スクロールする手がぱたりと止まった。
『採用担当 葉山令司』
画面を見つめたまま瀬那の思考は止まった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。次回完結です。本日中に更新します。