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恋ぞつもりて  作者: 神田des
6/8

 令司は紺色の大きな傘を空に向けて開き、ゆっくり瀬那に傾ける。彼女は胸の鼓動が聞こえないことを祈りながら、一歩彼に近づいた。


「……失礼します」

「どうぞ」


 彼はクスクス笑いながら距離を詰め、彼女の歩幅に合わせる。瀬那は傘にパラパラと雨がかかる音を聞きながら、すぐ側にある令司の横顔を見た。切り上がった目尻も、端正な顔立ち全てが綺麗だ。

 令司は居心地悪そうに、彼女をチラッと見る。彼女は慌てて前を向く。


「葉山は誰かに似てるって言われる?」

「……そうだな。父親にそっくりって言われる」


 彼女はへえっと目を丸くした。


「じゃあ、相当カッコいいお父さんなんだね」


 彼は、うっと呻いて顔を大きく反らした。





 雨脚は少しずつ強くなっているようだ。


「高橋に話があって国文学研究会のみんなに、協力してもらった」


 彼の息づかいを感じるほど、距離が近い。駅までの通学路にある、田んぼのあぜ道に大量の水が流れ出していた。どう歩いても靴が濡れる。二人は諦めて濡れるままに足を進めていた。


「川みたいだ。俺、『われても末に』の句が一番好きなんだ」


 映画でも有名な一句だ。川の水が岩にぶつかって二つに分かれ、再び同じ一つの流れに戻っていくことから、愛しい人と別れてもまた会いたいという恋の歌。歌い手の切ない人生ごと、瀬那も大好きだ。


「歌みたいに想ってる。高橋のこと」


 令司の言葉に、彼女は動きが止まる。彼も足を止めた。瀬那はまじまじと見返す。


「ようやく分かったか。ばーか」


 令司は苦笑いして、彼女のおでこを指で弾いた。優しさの感じられないデコピンだ。


「痛いよ」

「小学六年からの恨みがこもってる。ヒルに噛まれて大人しく足を差し出したのに、いきなり顔に水かけやがって」

「……どれだけ前の話よ。それに私をからかって笑ってたからでしょう」

「俺の手紙に返事くれなかった」

「は? 何の話」


 瀬那は首を傾げる。受け取ってないか、と彼はため息をついた。


「転校するとき担任に託したんだ。それから高校は、高橋の志望校を秘密裏に調べて受験した。同じ高校になっても同じクラスになっても、全く相手にされなかったので、国文学研究会を立ち上げて高橋を引き込んだ……。まだまだある。高橋が理解するまで俺のストーカー行為を軽い順に教えてやるよ」

「そんな素振りなかった」


 あったら分かる。こっちだって想っていたのだから。そう思い彼女は令司を見上げる。彼は目を伏せた。長いまつ毛が揺れる。


「……うん。伝えるのは本当に怖かった。高橋の読む歌が好きって、本気で言ってもスルー。でも、ダメもとで誘った傘には入ってくれた」


 彼は笑って彼女の荷物を見た。彼女は頭に血が上り、顔が熱くなる。傘持ってることを知られていた……。

 令司は切なげに目を細める。


「今度こそ、ずっと側にいたい」

「うん。私も。ずっと好きだった」


 瀬那がはにかみながら言った途端、彼に抱え込まれる。彼のシャツが頬に触れた。雨粒が紺色の傘にばらばら落ちてくる。勢いよく降り始めた雨で、視界が一気に狭まる。傘の中だけは穏やかで、温かい。




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