表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋ぞつもりて  作者: 神田des
5/8

 瀬那は自分専用PCを持っている。友達には教えないが、日々チェックしているメールアドレスもある。それならスマートフォンで良さそうだが、彼女の中ではだいぶ違う。持ち歩くだけで、一気に苦痛なものに変わってしまう。

 家のPCもできれば学校と切り離していたい。

 それなのに────


「PCのメールならあるよ……」

「じゃあ、教えてくれる?」


 令司には、アドレスを伝えてしまった。







ドドドドドドドド


 激しい雨が緩急無く、ひたすら強く降り続く。そして……


ピカ バーン バリバリバリッ


 雷が雨空を切り裂き光り、どこか近くに落ちる音。どう考えても外に出るのは無理だ。そう思って瀬那は窓際の自分の席に座った。学校のガラス窓は雷を見物するにはいい。大画面で大スペクタクル。

 令司がちゃっかり彼女の机に腰掛けようとするのを、彼女は目だけで抗議する。彼はきまり悪そうに離れ、近くの椅子をギギギっと引き寄せる。彼女が「近いよ!」と言いたくなる寸前まで近づけて座る。長い足を折りたたみ膝を抱えた。


「雷、怖いの?」

「うん」


 嘘だな、と瀬那は思うが放っておく。彼も外を見ていた。


「むべ山風を嵐といふらん、だな」

「本当に。……その句、面白くて私好き」


 山と風を縦に書いたら嵐、と歌っているのを知ったとき、瀬那は笑ってしまった。微笑む彼女に、俺も、と令司が言う。


「読み手、引き受けてくれてありがとう。俺、高橋が歌を読むの、好き」


 彼の口から出た、好きの言葉にドキリとする。いや歌の話だから、と彼女は自分の心をなだめる。令司の声に熱がこもった。


「古文の授業なんて全然面白くないのに、高橋が読むと和歌に色がついていくみたいだ。こんなに綺麗なものだったのかと驚いた。それからは授業で高橋の番になるのが楽しみで。……でもそれじゃ足りなくなって誘った」


 彼はずっと彼女の方を見続けている。気づいても瀬那は外を見続ける。歌の話をしているだけなのに、そうと思えなくなって苦しい。彼女は急いで話題を変えた。


「葉山は数学が好きだと思ってたから、意外だった。誘ってくれてありがとう。おかげで楽しい。──もう数学オリンピックは出ないの?」


 令司は目を細め、どんどん不機嫌そうな顔になっていく。


「高校二年までしか出れない。それに……俺の汚点だから。それ」


 瀬那は口が開いたまま止まる。成績上位者のどこが汚点?! 彼は顔を背ける。


「中学はずっと予選落ち。ようやく高校一年で残ったけど、上位者の最下位。一緒に勉強した友達は、代表に残って国際大会に行った。俺が必死でやった結果がこれだ」


 十分凄いよ! というのは彼女の本音。でも彼にとっては違う。


「悔しかったの?」

「とても。悔しくて泣きながら家に帰ったら、父親が言うんだ。『あれだけやったんだ。もう十分だ。令司の他の才能を伸ばせ』って……」

「それで色んな部活やってるの?」

「まあな。数学以外の何かを探したい」


 必死で言う彼が、痛々しく見えた。瀬那は彼を見つめ、思い切って言う。


「数学はもう面白くない?」


 令司の顔が歪み、下を向いて黙りこくる。彼女はポツリと話し出した。


「私の父ね。もう二十年も版作りしてるのに、まだ半人前なんだって」


 彼は顔を上げる。


「印刷が好きで転職して業界に入ったけど、技術が足りない。そのくせ凝り性で、利益度外視。経営も赤字」

「え……」


 令司の顔が曇る。瀬那はにっこり笑った。


「大丈夫。家計は母が担ってるから。父は母の犠牲のもと好きなことをしてる、とも言える」

「高橋は……お父さんが好きなのか」


 彼は問うように聞く。彼女は顔をほころばせる。


「うん。父親としてはかなり問題有りだけど。仕事ぶりは好き。好きなことを仕事にしてるって、分かるもの。──私さ。自分の声がずっと嫌いだったの。でも葉山のおかげで、言葉が面白いと気づいて、歌を読むのも少しだけ好きになった。きっかけをくれて、ありがとう」


 令司は眩しそうに空を見上げた。

 真っ黒だった空が少し明るくなったように見える。雨は止まないまでも、激しさを失っていた。

 彼は空を見上げながら、椅子から立ち上がる。


「帰るか」


 瀬那は素直な気持ちで頷く。令司はロッカーに向かい、大きな紺色の傘を出す。バンっと勢いよく開いた。風圧が彼女に届き、前髪を揺らす。


「入れてやろうか?」


 彼は、にいっと彼女に笑いかける。


「うん。ありがとう」


 彼女は、鞄の中の折りたたみ傘の存在を忘れることにした。

 


 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ