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高橋瀬那の家は、活版印刷の活字版を作っている小さな工場だ。印刷好きの父のコレクションに、古くて美しい百人一首のかるたがある。絵柄に使われている色は、赤と青と黄と黒だけ。よくこんなに表現できるものだ、と感心する。
このかるたで何度も練習をした。読むのが苦手だから克服しようと頑張った。なのに、さほど求められていないようで拍子抜けする。
葉山令司が有名になったきっかけは、数学オリンピックだ。無名の地方高校から成績上位者に入った。
(そもそも、参加しようってところがすでに凄い)
消極系女子の瀬那には遠い出来事だ。彼と重なるものなんて、本当に無い。
今日は夕方から雨になるらしい。授業が終わり、クラスメイトたちは降る前に帰ろうと足早に教室を出て行く。華やか美少女も先に帰った。瀬那の鞄には常時折りたたみ傘が入っている。少しだけ部室を覗いていくことにする。
「授業研究の準備ですか?」
部室にしている国語準備室は、道具でいっぱいだ。国語の先生は頭をぽりぽり掻いている。
「そう。悪いね。……部長に連絡しといたんだけど」
「私、携帯持ってないんです」
瀬那が答えると、なるほどね、と言いもう一度謝る。彼女は礼をして、教室に戻った。
がらんとした教室で、令司が一人、机に顔を埋めている。
(寝たふりしてる……多分)
彼が何を考えているのか分からない。荷物だけ取り、立ち去ることにした。
「高橋」
教室を出る寸前に、声がかけられ瀬那は振り向いた。令司は椅子をガガガッと引いて立ち上がると、躊躇いがちに彼女に近づく。
「今日、部活休みだから」
うん、知ってる。むしろこのタイミングがおかしい。瀬那は首を傾げる。
「わざと伝えなかった?」
「うん」
令司はそれ以上何も言わずに、切れ長の綺麗な目で彼女を見つめる。そのとき……
ガラガラガラ ドドーン
稲光とともに、凄まじい音が空高くから響き渡る。それと同時にさらさらと。そしてすぐに、ぱらぱらと窓ガラスに雨粒が当たる。
瀬那はさっと窓際に行き、端から窓ガラスを閉めていく。閉める間にもどんどん雨脚は早まり、窓から入り込む大粒の雨は、瀬那の顔と制服を濡らしていった。
令司は反対の端から閉めていく。二人が最後の窓を閉めたとき、顔を突き合わせるほどの距離になった。外はあっという間に叩きつけるような激しい雨へと変わっていた。令司は端正な顔立ちを真っ直ぐ彼女へ向けていた。
「高橋に連絡するには、どうすればいい?」