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恋ぞつもりて  作者: 神田des
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ヒルが出ます!

「やめて! 消してってば!!」

「えー。面白いのに。ノリ悪っ──」


 クラスメイトは、きゃはっと楽しそうに笑い、赤いスマートフォンを頭上高く持ち上げる。高橋瀬那(せな)は必死で奪おうとするが、同じ小学六年生でも体格差は歴然だ。

 先週、体育の着替え中に下着のまま友達とふざけていたところをこの子に撮られていたのだ。瀬那に動画を見せ、これ他の人に見てもらうよ、と意地悪そうにニヤニヤして言う。


「それ、俺にも見せて」


 運の悪いことに、隣のクラスの男子が通りがかった。この切れ長の目で整った造作の少年は、転校当初から女の子たちの話題だ。スマートフォンの彼女は、急にしおらしくなって言う。


「いくら葉山くんでも、これは女子の秘密だから……」


 意味ありげな上目遣いを彼に向ける。悪化した状況に、瀬那は顔が引きつった。スマートフォンを奪いたくとも、警戒されて触れることすらできない。手をこねまく前で、葉山令司(れいじ)がひょいっと獲物を取り上げた。だが掴んだ途端、手からぽーんと飛んでいった。


ジャボッ


 異音とともに、スマートフォンは姿を消した。「あああ!!!」とスマートフォンの彼女は泣き叫ぶ。ここは田舎の田んぼ道。田んぼの泥の中にダイブしたのだ。瀬那は助かったような困ったような気持ちで、水面を見る。水が濁ってどこにあるか分からない。水が治まるのを待てば見えるだろうが、スマートフォンは防水か?


 頭を悩ます瀬那を尻目に、令司は勢いよく泥の中に手を突っ込む。腕まくりしていても、あっという間に泥だらけだ。それにもかまわず手の感覚だけで探す。スマートフォンの彼女は泣き止み、固唾を飲んで見守っていた。

 しばらくして、彼は手を引き上げる。


「あった」


 手には泥まみれの塊が握られていた。令司は泥の塊を手で落とす。赤い金属の塗装が垣間見える。瀬那は水路に案内した。彼は水路の透明な水でスマートフォンと自分の手をすすいだ。スマートフォンの彼女をすまなそうに見た。


「ごめんね」


 彼女は、ポッと顔を赤らめながら受け取る。瀬那は令司の足を見て、目を見開く。彼の靴下が赤く濡れていた。むき出しの足の(すね)に何匹もヒルが取りつき、血を吸っていた。彼は足を覗きこみ、げっと気持ち悪そうに見ている。

 瀬那は彼の足元に座り込み、躊躇(ちゅうちょ)なく足からヒルを剝がした。次々と剥がす。あっという間に、彼の右足は血だらけになる。


「全然痛くない……」


 呆然と自分の足を眺め、彼は呟く。


「ヒルの唾液で痛みを感じなくなってるの」


 瀬那は周りを見渡しながら言う。水道は近くにない。


「破傷風が心配」

「破傷風?! 本当にあるんだ。教科書の中の病気だと思ってた」


 令司はポカンと口を開けている。どこの都会人だ。そうか、都会人か。東京から引っ越してきたそうだから。スマートフォンの彼女は、家に二人を連れて行った。


 玄関の外にある水道を借りると、瀬那は令司の足にジャバジャバと水をかけ、傷口を揉み血を出していく。彼はうっと呻く。


「何やってんの?! 痛くはないけどさ」

「ヒルの唾液を揉みだしてるの。痛くないなら、まだ体に残ってる証拠。また出血してくると思う」

「え──!!」


 彼は盛大に驚く。そしてクスクス笑い出した。真面目に処置している瀬那は、ムッとした顔になる。


「なんか俺。大変なことになってるんだな」


 彼はそう言い、ケタケタと大笑いする。何か腹立たしい。瀬那は傷口に掛けていた水を、彼の顔に向けて勢いを強める。





 事態を把握したスマートフォンの彼女の母親は、念のため医者に診せに行くという。令司は車に乗せられる寸前、彼女の母親に頭を下げた。


「スマホ落としてしまって、すみませんでした」


 再び血が流れだした彼の足を見ていたスマートフォンの彼女とその母親が、顔を上げた。


「えっちなの見たくて、俺が取り上げて、落としてしまったんです。本当にすみませんでした」


 母親は真剣に謝る彼から、自分の娘に目を移す。


「スマホで何やってたの?」


 娘は身をすくめて、怖い顔に変わった母親を見上げる。瀬那は二人が揉めている様子を、感心しながら見ていた。もう瀬那の動画が広まることはないだろう。スマートフォンは電源が入らなくなったらしい。このまま永遠に目覚めないでもらいたい。

 そして、この男子。何者?!


「狙ってやってるの?」


 親子に聞こえないように、こっそり言う。令司は瀬那の方を見ず、素知らぬ顔で呟く。


「他に、動画ある?」

「ないよ!」


 怒って答えた瀬那に、令司はにいっと一瞬だけ笑った。彼の切れ長の目が楽し気に細められる。

 女性たちが自分に甘いのを分かってやっている。謝っておいて、叱られるつもりは毛頭ない。そして結果的には彼女の窮地を救ってくれている。カッコいい。素直にそう思った。


 縁ができたかに思えたが、彼はこのあとすぐに引っ越してしまった。瀬那の「カッコいい」は誰にも更新されないまま、高校で再会する。学校一のモテ男と、風変わり系女子として。





マダニは剥がしたらダメです。ヒルの対処は素人知識。令司の血を吸ったヒルたちは、滅しておきました。殖えるので…

次回は国文学研究会。

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