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雨が降る時に、学校にいるのは嫌いじゃない。
雨音が雑音を打ち消して、多少過ごしやすくなる。でも今、高橋瀬那は男子と二人きりになってしまい、雨音が響き渡る教室で窮地に立たされていた。
「高橋に連絡するには、どうすればいい?」
学校で有名なモテ男の葉山令司にそう聞かれ、瀬那は沈黙する。スマホがない高校生は、彼女の周りにも皆無だ。田舎とはいえ、いや田舎だからこそ、なんで? と言われ続ける。
「PCのメールならあるよ……」
精一杯の勇気で言ってみた。こんなことで、彼を繋ぎとめられるだろうか。ああ。こんな日が来ると分かっていたら、彼のためにスマホでも衛星通信でも銀河間通信装置でも何でも…………。悶絶寸前の彼女の耳に低い声が届く。
「じゃあ、教えてくれる?」
彼の目は、目尻が切れ上がり綺麗なカーブを描いている。瀬那はこくんと頷いた。ばくばく心臓の音がうるさい。震える手を必死に落ち着かせながら、差し出された水色の紙に自分のアドレスを書き込んだ。それを受け取った令司は、ふわっと彼女に微笑む。
「ありがとう」
彼女の恋心を加速させるには十分な笑顔だった。全くなんで、こんな事態になってしまったのか……。
◇◇◇◇◇
どうして学校では一人ずつ立たされ、教科書を声に出して読み上げなければならないのだろう。そう思いながらも瀬那は、ガガガっと椅子の音をたてながら立ち上がり、前の席の生徒に習い和歌を読み上げる。
「筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞ積もりて 淵となりぬる」
彼女は自分の声が嫌いだ。動画なんて論外。でもスマートフォンを持たない風変わりな子でいれば、わりと縁遠いものでいられる。
「ねえ、高橋さんはどうしてスマホ持たないの?」
「親が厳しくて……」
そう答えることにしている。
「ふうん。大変ね。実は、高橋さんにちょっと付き合ってもらいたいところがあるの」
だいたいこういうのは、トラブルを運んでくる。しかし瀬那は面食い。華やかな容貌の美少女には弱い。……放課後、促されるまま連れられる。
国語準備室の入り口に、『国文学研究会』と書かれていた札が下がっていた。華やかな美少女が、ガラリと戸を開けると五人ほどの男子生徒がこちらを向いた。その中にとびきり目立つ切れ長の目をした葉山令司が、微かに口元を緩ませる。瀬那は顔を引きつらせた。
(なんで学校一の人気者がこんなところに……)
華やか美少女は、令司の頼みで瀬那に声をかけてきたらしい。
「高橋。百人一首の読み手、やってくれないか」
神妙な面持ちの令司は、低姿勢だった。瀬那はだらだらと冷たい汗をかく。どう断ればいい。ここにいる生徒は地味な部活名にも関わらず、令司をはじめとした華やかな面々。非常に感じが良く、何とも断りづらい。
「自動読み上げ機とか使わないの? ……私が読むより、はるかにましだよ」
彼女は消極的とはいえ、必死に断る。なのに周りから「まあまあ、まずは遊びに来て様子見たら?」とやんわり退路を断たれた。華やか美少女に引きずられ何度か顔を出すあいだに、国文学研究会の部員になっていた。
お読みいただき感謝します。
次回は二人の出会い。