「チェスのお見合い大作戦!」
春・・・それは気候が暖かく穏やかなせいか・・・気持ちが浮足立ってしまう季節でもある。
それはこの異世界、レムグランドでも例外ではなかった。
いつものように軍事訓練中であったチェスは、部下達に戦闘訓練を行なっている。
森の中での戦闘技術や魔物に対する対処法など、首都の軍学校では習わなかったことを教えているのだ。
そんな時、洋館の方から一人の兵士が走って来て大佐がチェスを呼んでいることを告げる。
「大佐が・・・?
今すぐ来いってか・・・、よしわかった。
おーいお前等!野外訓練は終わりだ!
今すぐ洋館の方に戻るぞーー、遅れるなーー!」
そう言うと、チェスは全員集合したのを確認すると20人程の部下を引き連れて洋館へと戻って行った。
ウィンチェスター・ヒューゴス、年齢は23歳、身長178センチ、体重72キロ、どちらかといえば筋肉質。
階級は少尉、趣味は拳銃マニア、嗜好はタバコ、飲酒は付き合い程度、見た目はチャラ男。
軍学校を首席で卒業後、オルフェからその才能を見込まれて推薦でこの第一師団に配属される。
オルフェ直属の部下、・・・ある意味幹部である。
重要な作戦には必ず参加し、上司だけではなく部下からの信頼も厚い。
その人懐っこくて人情家で兄貴肌なところが、人気の理由でもあった。
洋館に到着するや否や、チェスはタバコを携帯用の灰皿にしまいこむとすぐさまオルフェがいる執務室へと向かう。
軍服のポケットに両手を突っ込みながら歩いて行くと、地下室へ行く扉が開いて二人の少年が顔を出す。
アギトとリュートだった。
「よう、今回も来たな。」
「チェスじゃん!おっす!!」
「こんばんは、チェスさん。」
アギトとリュートが挨拶をする。
今日は金曜日、レムグランドで言うところのヴォルトデイだった。
「お前等、もうこっちの世界は慣れたか?」
気軽に話しかけて来るチェスに、アギト達はすっかり警戒心を解いていて今ではすっかりダチも同然だ。
「う〜ん・・・、まだわからないことが沢山あり過ぎて混乱してるけど・・・生活のリズムとしては、慣れた・・・かな?」
リュートが答える、その横でアギトはムスッとした顔になってリュートとは正反対な回答をした。
「あのクソメガネが肝心なことを全っ然話しやがらねぇからな、それ以外なら問題ねぇよ。」
チェスは苦笑しながら、そのまま「じゃ!」と言って別れた。
(クソメガネ・・・、あいつだから言える言葉だな。)
仮に自分達の誰かがそんな暴言を口にした日には・・・、想像しただけでも全身を業火で焼き尽くされそうな気持ちになる。
恐ろしくてそれ以上の想像が出来ない、例え酒の勢いを借りたとしても・・・口が裂けても、決して吐けない言葉であった。
オルフェの執務室に着いて、ドアをノックする。
中から「入れ」という返事が聞こえると、チェスは「失礼します」と言ってドアを開ける。
入ると、そこにはいつもオルフェの右腕として控えているミラ中尉の姿がどこにもなかった。
中尉がいないということは、任務とかそういった仕事の話ではないのか?と推察する。
オルフェはいつものオートスマイル全開で、中に入るように合図した。
「お呼びでしょうか、大佐。」
敬礼して、言葉を待つチェス。
しかし返って来た言葉は、とても意外なものだった。
「今日お前を呼んだのは他でもない、実は頼みたいことがあってな。」
「・・・はぁ。」
チェスは何気に嫌な予感がした、オルフェの頼みを聞いて無事だった記憶がない。
「お前、見合いをする気はないか?」
唐突な切り出し方に、思わずチェスは本音が出てしまった。
「それは・・・、大佐のお下がりではないですよね!?」
ふっ・・・と笑みをこぼすと、オルフェは否定した。
それだけが一番の気がかりだったチェスが、つい素直に安堵してしまう。
「いくら私でも自分が手を付けた女性を、部下に紹介するわけがないだろう。
実はさる名家の令嬢がお見合いしたいと言いだしてな、ルミナス将軍の一人娘なのだが・・・。」
最後まで聞かずとも、チェスは自分がスケープゴートにされることを見抜いて肩を落とした。
「勘弁してくださいよ大佐〜・・・、その縁談ってつまりは大佐のところに来たやつでしょ?
自分が結婚する気がないからってオレに回すことないじゃないすか・・・。」
「まぁそう言うな、他に紹介したい人物がいると言ったら本人もなぜか納得してな?
適当に送った写真の中から相手が厳選な審査を行なって、お前が選出されたんだよ。
向こうが乗り気で選んだんだから一方的にフラれることもない、確かお前も彼女が欲しいって言ってただろう。
いい機会じゃないか?」
そう言われて何だか釈然としないまま、チェスは渡された相手のお見合い写真を受け取った。
「・・・だからって、人のことをまるでオーディションするみたいな扱いはどうかと思いますがね・・・。
つーかまさか履歴書にあった写真を勝手に送ったんすか!?
それこそ勘弁・・・・・・。」
そのままチェスの思考は停止した。
お見合い写真を握り締めながら・・・、フルフルと小刻みに震えている。
「どうだ、なかなかの美人だろう?
お前にはもったいない位だ、家柄も容姿も申し分ない。」
チェスは大量の涙をこぼしながら、感激で言葉もない様子だ。
がっしりとオルフェの手を掴んで固く握りしめる。
「大佐・・・っ、ものっそ好みっす!!」
「それじゃお見合いは決定、だな。」
来週、早速お見合いをすることになったチェス。
返事をすぐさま送ると、どうやら相手の方がこの洋館へ訪れるらしかった。
その間・・・、チェスは相手の女性のことで頭の中が一杯だった。
そして遂にお見合いをするノームデイ、相手はすでに到着していたが出迎えはオルフェが行なっていて・・・チェスはまだ
顔も合わせていない。
オルフェ曰く、正式な場でお互い初めて出会った方が良い・・・という趣向のせいだ。
緊張してきたチェスが駆けこんだ先は、なぜかアギト達の部屋だった。
「なんでオレ達んとこ来てんだよ・・・。」
アギトとリュートはチェスのお見合いの話をメイド達から聞いていたのだが、チェスをからかいに行くのをオルフェから禁止されていて部屋から一歩も出ることが出来ずにいたのだ。
「確か相手はもう来てるんですよね・・・、早く食堂・・・じゃない、お見合い会場に行った方がいいですよ!」
そう促すリュートに、チェスは相当緊張しているのか・・・思考回路がめちゃくちゃになっている様子だ。
懇願するようにアギト達の前に土下座をすると、とんでもないことを頼んできた。
「頼むっ!
オレが緊張で失敗しない為に、お前達も付き添ってくれないか!?
てゆうか相手のプロフィールに『子供好き』って書いてあったから、そのポイント稼ぎでもあるんだけど・・・。
お前達を連れて登場すれば、オレが子供好きだってアピール出来るし・・・第一印象としても悪くない!
だから一緒に来てくれ!大佐にはオレから後で弁解しとくから!!」
当然、自分達をダシにされるのはあまり気分の良いものではなかったが・・・他ならぬチェスの頼みとあって、アギト達は引き受けた。
余所行きの綺麗な服は持ってきていないことを告げたが、アギト達が異世界からきた戦士だという肩書きさえあれば衣装なんて
気にしなくてもいいとチェスは言う。
渋々ながらもアギト達は、一緒にお見合い会場・・・部下やメイド達が一生懸命デコレーションした食堂、新設・合コン部屋へと
向かった。
食堂の扉の前でミラが待っており、チェスの両脇にアギト達がついてきて眉根を寄せるがチェスが苦笑しながら手短に説明する。
溜め息をつきながら、粗相のないようにと・・・それだけ忠告して・・・扉が開かれる。
食堂の席に座っているのは、お見合い相手本人とその付き人一人、そしてオルフェが座っていた。
ぎくしゃくとした仕草で近寄ると、写真で見たよりも・・・もっとずっと綺麗だった相手に思わず鼻の下が伸びる。
美しい栗毛に軽くウェーブがかかっており、薄い緑色の瞳、白い肌、とても華奢で・・・ちらりとドレスの隙間から見える鎖骨に頭がクラクラしてくる。
「初めまして、メルシーと申します。」
可愛らしい声に、もはやチェスは気絶寸前だった。
しばらくオルフェ達も付き添っていたが、あとは若い二人にお任せして・・・と退室してしまった。
会話の殆どはオルフェが取り仕切っていたので、会話をリードする人物がいなくなって途端に不安が増すチェス。
それでもチェスは、テーブルの下でアギト達の手を決して離さなかった。
「あの・・・、それであなた達は仲がよろしいんですの?」
首を傾げながら、メルシーがアギト達に質問した。
「おう、オレ達親友同士なんだ!」
「チ・・・、チェスはとっても優しいし頼りになるから・・・っ!ね?アギト!?」
慌ててチェスの株が上がるように気を使うリュート。
乾いた笑いをもらしながら、チェスの緊張はすでに限界に近かった。
それを見かねたアギトが、小声で注意する。
「チェス!お前緊張しすぎだって!!
そんなんじゃ相手も気を使って疲れさせちまうだろうが、もっとこう・・・何か話題でも振れよ!」
「あ・・・あぁ。
ところでメルシーさんっ!?」
「なんですかチェスさん?」
(・・・超ド級に可愛すぎるんですけどぉーーーっ!!)
・・・と、心の中で感動の涙のガッツポーズをしながらチェスは何とか懸命に話題を振った。
なんとなく空回りしながらも、相手の笑顔からしてまず大丈夫だろうと思ったアギトは次のデート場所にクレハの滝を提案する。
「おい・・・、でも外には魔物が・・・!」
外に出るのは危険だと判断したチェスが制止するが、そんなチェスの手をそっと取ったメルシーが寄り添うように笑顔で見つめる。
「私のことは、チェスさんが守ってくださるんですよね?」
「勿論ですっ!
このウィンチェスター、命に代えましてもメルシーさんの安全を確保いたします!!」
「・・・こいつバカだな。」と、呆れ顔のアギト。
こうしてチェス達は外出許可を願い出た。
ミラに説明して協力してもらうように頼むと、メルシーに気付かれない程度に回りを警備する・・・ということで和解した。
これでお役御免・・・と思いきや、チェスは涙ながらに一緒について来るように言ってくる。
まぁ確かに回りで警備すると言っても、メルシーの目の前に魔物が大量に現れた場合チェス一人では確かに危険だった。
「でも肝心な場面ではチェスが一人で倒さないと意味ないからね?
女ってのは、自分を守ってくれる強い男の人に惹かれるものなんだから・・・。」
同じ女の立場として、ザナハがアドバイスした。
素直に受けるチェスに対して、またアギトが余計なことを口走る。
「お前の場合は、男が守らなくても平気そうだな・・・。」
キッと睨まれたが、メルシーが来たのでアギトはアッカンベーをしながら逃げていく。
メルシーの歩幅に合わせて歩いて行くチェス達。
この調子だと日が暮れそうだ・・・と思いつつ、そんなことは死んでも言えないと思った。
二人の前を歩いて行くアギト達を見て、メルシーが羨ましそうに呟いた。
「チェスさん・・・、本当にあの子達と仲がよろしいんですね。
羨ましいです、あたしの回りには普段メイドしかいないので・・・小さな子供達と触れあう機会がないのです。
子供って・・・本当に可愛いですよね、元気があって。」
「・・・そう、っすね。」
子供が可愛い?面倒を見るのはものすごくしんどいことだぞ・・・と、チェスは心の中で本音を叫んだ。
決して嫌いなわけではないが、幼い頃に子供の面倒をよく見ていたこともあって・・・その時の悪夢が蘇るようだった。
そんな時、目の前でアギトが張り切り過ぎて転んでしまう。
急いで駆け寄ったリュートは、アギトの膝を見て少しすりむいているだけだと安心していた。
「おい、怪我でもしたのか!?」
慌ててアギトに駆け寄った時、後ろの方で何か聞こえた気がした。
振り向くが、メルシーに特に異変がなかったので・・・気のせいかと、チェスはアギトの傷口に・・・万が一の為に持ってきていた携帯用の医療パックを取り出して簡易的な手当てを施す。
すると・・・。
「きゃあっ!!」
メルシーの悲鳴にチェスは心臓がひっくり返りそうになって、慌てて立ち上がる。
目の前にちっさいスライムが威嚇していたのだ。
「魔物かっ!」
スライム程度だったら造作もない、チェスはピストルでスライムを撃つと元々HPの低かったスライムはすぐに消滅した。
だが・・・、草陰から次々スライムが出てきて回りを取り囲む!
チェスはメルシーをかばいながら銃を構えた、アギト達は遂に自分達の出番だと戦闘開始する。
自分を守る為に男性が一生懸命かばって戦ってくれている・・・、メルシーは頬を赤らめながらじっと見つめていた。
(やった!これはかなり好感度アップしてるぞ!!)
戦いながらチェスは心の中でガッツポーズを決めていた。
次々現れるスライムを次々倒していった時、突然・・・メルシーに異変が起きた。
魔物と戦っているチェスはそのことに気付かなかったが、全ての魔物を倒し終えた時・・・異変に気付く、イヤでも。
「ち・・・、超・萌えーーーっ!!」
突然の奇声に、アギト達は呆然とする。
見るとメルシーは両手を胸の前に組むと、瞳をハートマークにさせて・・・チェスではなくアギト達を見つめていた。
「男の子同士の友情・・・、いえ・・・愛っ!
萌える・・・萌えるわっっ!!
やっぱり男の子同士の危険な愛は、萌えの対象よねっ!!」
石のように固まったチェスは・・・、目が点になりながら今自分が見ている光景に自問自答している。
アギト達に駆け寄ると、メルシーは色々と卑猥な質問を繰り返していた。
「もう我慢出来ないわ、あなた達・・・寝る時も一緒なの!?
その時はどっちが攻めで、どっちが受け!?
やっぱり回りには、二人の関係を秘密にしているのよね!?」
一人できゃーきゃー騒ぐメルシーに、誰一人としてついて行けず・・・呆然と立ち尽くす。
ひくひくとうっとうしそうな顔になりながら、アギトは一言・・・メルシーの本性を言い当てた。
「・・・こいつ、俗に言う腐女子かよ。」
その後、傷心のチェスの方から縁談を『お断り』したのは言うまでもない。
追加報告。
オルフェがお見合いを断わった時、数名の部下のプロフィールを送った。
ルミナス家の執事と本人とで厳選な審査を行なう際、メルシーからある条件を言い渡されていたのだ。
それは、特殊な趣味を持っていること。
最初オルフェの方に縁談の話がいったのも、自他共に認める特殊な趣味のせいであった。
メルシーは特殊な趣味を持つ相手ならば、きっと自分の趣味も理解してくれるに違いないと思ったのである。
チェスは趣味の欄に、「拳銃マニア」と書いていた。
きっとメルシーは、「マニア」という単語しか目に入らなかったのだろうと・・・そう推察するしかなかった。




