07-パン屋になりました。
エミリーがギルドを去った後、白紙スキル持ちの彼女は、ギルドで散々な目にあって疲れたろうと、その日はそのままギルド上の宿で一泊してもらい、明けた今日は外出して街案内ついでに私服等の日用品をそろえる事となった。
そう、今日はタイミングよくソーヴが勝ち取った代休の日。
彼女の街案内を「休日ついでに」と退社間際に打診され、当然ふて腐れるソーヴ。
「悪意ある陰謀の匂いを感じます!」
これじゃあ実質出社しているのと変わらないじゃないかと、この理不尽さをミリアに訴え出たが、
「そんな事ある分けないだろ。偶然だよ偶然。ほら、これ予算。たのんだぞ」
と、けんもほろろにあしらわれただけだった。
当日の昼過ぎ。
「何だかんだいっても、久々に女の子と二人きりの休日かー」
と考えを改め、若干ウキウキしながら待ち合わせ場所であるギルドの入り口へ向かったが、そこには町の地図を持ったカイルが立っていた。
「え?カイル君どうしたの?」
予期していなかった人物の登場に、困惑を隠せずつい声が震えてしまう。
「エミリーさんが抜けて手が回らないからと、一緒に仕事で関係ある店を案内してもらえと言われました」
歩きながらでも地図が見えるよう、小さくたたんでいた手を止め、「宜しくお願いします」と礼儀正しく挨拶をするカイル。
「あはは、こちらこそ宜しくー」
表面上必死に笑顔を張り付かせながら、ギルド内で働いているだろうミリアを今すぐにでも殴りにいきたい衝動にかられた。
一人を案内するのも二人を案内するのも同じと感じるかもしれないが、気まずさは2倍。女の子と二人きりという空想を楽しんだ後でのイレギュラーな存在に、ガッカリ度もひとしお。
それでも何とか表に出さないよう取り繕いながら、
「そうするとカイル君も何か買い物とかする感じ?ほら、寄りたい店とかあるなら先に聞いといた方が案内しやすいからさ」
と何気ない会話を試みた。
「いえ、自分はギルド関係の案内だけで大丈夫です。あ、レイさんもきましたね。いきましょうか。」
「え、レイ?」
「あ、はい、私です。思い出すまでですが、ミリアさんに名付けてもらいました。今日は宜しくお願いします」
「あ、そうなんだー…。うん。それじゃいきますかー」
ヘラヘラとした笑顔を張り付かせながら、何となく仲良くなっている二人を従えて、若干気まずい街の案内がはじまった。
どうやら二人は、ギルド上の宿泊施設にいる為、オーマからの保護ついでにかなり仲良くなったらしい。明らかにレイの打ち解け度がソーヴに対するそれとは違っており、何だかデートを楽しむ二人を案内する邪魔者のような錯覚に陥ってしまう。
とは言っても、仕事に関係のある鑑定士等の挨拶周りには、自分が立ち会わないとどうのもならない訳で。仕方ない事とはいえ、2人一緒の案内には悪意を感じずにはおれなかった。
ソーヴ達が町の東側にある、商人達が店を連ねる地域に差し掛かったとき、ふと店先で一番魔石等を他町で取引していくれている店主が、従業員と話し込んでいたのを遠目で発見した。
丁度その前にある女性向け服屋に寄ろうとしていただけに、挨拶をせずに通り過ぎるのも失礼になるので、店主の視線にソーヴ達が入るか入らないかのあたりで、軽くお辞儀をして通り過ぎる事にしたのだが、
「ああ、丁度良いところに。ソーヴ君は貴族のまどろっこしい文章のやり取りとかって分かるかい?」
と、唐突に話しかけられてしまった。
「へあ?」
難しそうに話し込んでいただけに、声をかけられるとは全く予想しておらず、つい変な声が出てしまう。
「いやあ、隣町から出るときに領主様から伝令をもらったんだが、遠回しな含みの多い文章になっていてね、いまいち自分じゃあ理解ができないんだよ。こういうのは自分の兄が得意なんだが、今遠出して留守なんだ。対応が遅れると厄介な事になりかねないし、こういうのに得意な口の固い人を紹介してもらうとかでもありがたいんだが…」
何だか含みのある、藁にも縋る思いなのが使わってきたので、
「あ、だったらカイル君が適任ですよ」
と、後ろに控えていたカイルを前に押し出した。
「えっ」
極力目立たないように振る舞ってるフシのあるカイルを、わざと表に差し出した事で、今度はカイルが驚きのために目を見開く。
「ほう…」
ギルド職員の制服を着ながらも、初めてみる顔なだけに、店主も不思議そうにカイルを見つめた。
「最近隣国からきてギルド職員になった新人です。そういうやり取りは、農村出の僕よりも都会出の彼の方が断然経験豊富だと思いますし、今はきたばかりで知人も少ないなので秘密厳守は大丈夫ですよ!」
「ああ、じゃあ彼が噂の新人ってわけかい…」
「あはは、その噂をもう聞き及んでいるとは、流石商会を急成長させた敏腕の持ち主ですね」
ソーヴの露骨なヨイショに店主がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、何かを理解しきった様子を見せる。
多分この店主なら、ギルドが必死に隠している元王子という身分の事も、うすうす感付いている事だろう。もしかしたら自分に声をかけてきたのも、遠回しにカイルを紹介してほしかったからかもしれない。
「じゃあちょっと頼もうかね。分からないなりに意見を聞かせてくれるだけでもありがたい状況だから、気楽に読んでくれて大丈夫さ。
あ、でも内容は他言無用だよ」
「わかりました」
不適な店主の様子で全てを悟ったのか、カイルが渋々ながら店主の差し出す書類を受け取った。
よっしゃ!ラブラブコンビ分裂に成功!
「あ、じゃあ俺達は向かいの店に彼女案内して服選びしてるから。後で合流しよう」
店主に連れられて店の中へ入っていくカイルを見送り、いそいそと向かいの服屋へレイを案内したものの、女性服の良し悪しがサッパリ分からず、店員に誘導されるがまま盛り上がる二人を眺めながら、結局店先で途方にくれるしかないソーヴであった。
「おや、ソーヴ君じゃない。女性物の服屋前にいるなんて珍しいね、どうしたんだい」
そんな不甲斐なさに落ち込むソーヴに話しかけてきたのは、服屋から道挟んで3軒離れた所でパン屋を営む初老のラテさんだ。
「迷子でギルドにきた彼女の付き添いです。っていっても、女性服が全く分からなくって困ってたところなんですよ。よかったら一緒に見て上げてくれません?」
「んー?」
とソーヴに頼まれるまま、不思議そうにラテさんが店の中を覗き込む。
「彼女、記憶喪失になっているので好みが曖昧らしくって。記憶戻った時に着られない服じゃあ困るし、かと言って適当に綺麗な服じゃあ娼婦と間違われるかもですし。
僕じゃあ女性の流行りは分からなくて店員さんに押し切られちゃうけど、彼女自身の借金として精算されるので、経験豊富な人の意見をもっと聞いて決めたいというか…」
「なるほどね。店主もギルドの金だからふんだくろうとしてるわっるい顔してるから、余計決められなくなってるんだろうさ」
「えっ!」
言われて改めて二人のやり取りを見ると、確かに高そうな服を勧めすぎている気がする。
「普段は気さくでいい子なんだけど、ぶんだくれるところからはぶんだくろうとする商売気質出ちゃうからしょうがないね。どれ、私が、間にはいってくるよ」
「お願いします!」
そう、気合を入れて店内へ入っていったラテさんは、「おやおや、この地域には珍しい雰囲気のお嬢さんだこと」と、少しわざとらしくレイに声をかけ、店主との間に入っていってくれた。
伊達に年を重ねていない経験豊富なラテさんが会話の主導権を掴むようになると、店員はぼったくれないと察したらしく、一歩二人から距離を取るようになり、服選びはあっという間に終了してしまった。
「本当にありがとうございました」
会計を済ませて店先に出てきた彼女が深々とラテさんに礼をのべ、安堵の表情をもらす。
そんな彼女の態度を見ても、本当に困っていた所だったらしく、お目付け役として付いていくよう言われていたのに、壁になりきれなかった自分の不甲斐なさを痛感してしまう。
「ラテさん、本当に助かりました。僕だけだったら店員の態度まで全然気づけなかったです。時間があるならお茶でも奢らせてくれませんか?」
流石に二人の女性に迷惑をかけてしまった罪悪感からの謝罪提案に、ラテさんは目を白黒させ、
「おや、ソーヴ君が奢るだなんて珍しい。ここは素直にご馳走になろうかね」
と、にこやかに快諾してくれた。
商店の店主に気に入られ、世間話に捕まっていたカイルとも合流し、喫茶店なんて小洒落た店がまだない町なので、近くの屋台で飲み物を買い、広場に有志が作成した椅子に座って一服する事に。
レイとラテさんは意気投合したらしく、ソーヴが何を頼もうかと悩んでる間もずっと、目をキラキラさせて何か話し込んでいる。
「ラテさんって、どんな方なんですか?」
商品が出てくるのを一緒に待っているカイルが、先に席についている二人を眺めながら、ソーヴに訪ねてくる。
「あそこのパン屋の女将さん。子供の頃この辺にあった村に住んでたんだって。魔王城がなくなったから、前の店を子供に任せて、危険を承知で夫婦で故郷に戻ってきたんじゃなかったかな。身体が動かなくなるまでの娯楽みたいなもんだって言ってた気がするから、相当この地が好きなんだと思うよ」
うろ覚えの記憶をたどりながらラテさんについて説明すると「ラテさんはいい人だよ!」と、完成した商品を差し出しながら屋台の店主が話に割って入ってきた。
「この辺に住んでる娼婦からはお母さんって呼ばれて、あそこの商会同様にこの辺の治安維持に一役かってくれてる人さ。自分も何度か揉め事から救ってもらった事があってね、言葉でラテさんに勝てる人はこの辺じゃあいないね」
と、高笑いしてみせた。
「へー…いい人紹介しましたね」
「ん?何それどういう…」
お茶を持って二人の元へ移動すると、
「ソーヴさん、私ラテさんの元で修行して、パン屋になります」
そうキラキラした笑顔の二人に迎えられ、ソーヴの思考は遥か彼方へ飛んでいった。
「はい?」
「うん、凄くいいと思うよ、応援する」
ソーヴの驚きとは対象的に、スマートにほほえみ、レイヘ飲み物を差し出し爽やかにほほえみあっている
「え!?何で?」
急展開にパニックになるソーヴを残し、「僕もこの辺に住もうかな…」と盛り上がる3人。
「いや、大丈夫だとは思うけど、急に何で?」
と最後まで状況が理解できずパニックになるソーヴだった。